第076話 犯人


 クリスの使い魔であるカラスのドロテーは放火犯を見たらしい。


「本当に見たのか?」

「私は嘘をつきません」

「見てたなら止めろよ」


 何してんだよ。


「カラスにそんなものを期待しないでください。焼き鳥になっちゃうじゃないですか」


 まあ、こいつも戦闘用の使い魔じゃないしな。


「それで誰だ?」

「知りませんよ。私はこの町の人を知りませんし」

「焼き鳥にするぞ……」


 この無能鳥……


「怖いぃー! 知らないだけでどこにいるかはわかりますよー!」

「どういうことだ?」

「火を点けた人がいたんですけど、その後に車に乗って逃げたんです。当然、追いましたんで居場所はわかっています」


 そういうことね。


「案内できるか?」

「もちろんです」


 よしよし。


「大佐、このカラスは私の兄弟子であるクリストフ3級国家錬金術師の使い魔です。犯人を見たらしいので行きましょう」

「わかった。車に乗りたまえ」


 ドロテーが飛び上がったので俺達は車に乗り込み、軍の人達と飛んでいるドロテーを追う。


「どこに行くんだろ?」

「この方角は港の方だな」


 大佐が教えてくれる。


「港……」


 レオノーラと釣りに行った時の光景を思い出す。

 アドルフが抽出機を降ろしていた時だ。


「どう思う?」


 同じことを思っていたであろう後部座席にいるレオノーラが聞いてくる。


「お前と一緒」

「だよねー」


 その後もドロテーを追っていくと、港に出た。

 すでに辺りは明るくなっており、漁船から木箱を降ろしている漁師の姿がチラホラ見える。

 そのまま港を走っていると、ドロテーがとある街灯の上にとまったので停車した。

 

「やっぱりここか……」


 そう言いながら車から降りると、すぐ近くに漁船ではない商船がおり、出航しようとしていた。


「逃げる気か?」


 大佐がつぶやいたのですぐに商船に手を向ける。


「ディスペル」


 商船に向かって魔法を使うと、商船から感じる魔力が消えた。


「ひゅー! さすがはジークさんです! 性格は最悪ですけど、魔法の腕だけは一級品です!」


 街灯の上にいるドロテーが余計な一言を付けて褒めてくる。


「ジーク様は素晴らしい御方ですよ!」

「やーい、やーい。お前の主は社会不適合者ー!」

「降りてこい! 食い殺してやるー!」


 なんか使い魔同士がケンカしだしたぞ……


「ヘレン、鳥頭なんか相手にするな。ドロテー、あの船でいいんだな?」

「あの船の前で荷造りをしていたので間違いないです」


 こんな朝からか。

 いや、荷造りとやらをしていた時はもっと前だから暗い時だ。


「大佐、船は止めました」


 あの船は魔力で動いている魔導船と呼ばれているものだ。

 魔力を消したからもう動かない。


「おい!」

「「「はっ!」」」


 兵士達が船に向かって走っていく。


「その船、止まれー!」


 兵士達が船の前に行くと、中からアドルフが姿を見せた。


「船を故障させたのはお前達か!? こちらはこれから交易のために出航予定だったのだぞ! いくら軍とはいえ、やって良いことと悪いことがある! このような横暴は許されない!」


 アドルフが大きな声で怒鳴った。


「本当にわかりやすいな。演技でしか怒れない男だわ」

「ハァ……仕方がない……私が行こう」


 大佐はため息をつき、前に出ていったのでついていく。


「こちらは軍の調査隊だ。貴殿は今回の放火の重要参考人となっている。話を聞きたいので下船せよ」

「放火? 何を言うか。私は忙しいし、そんなものは知らん。どうせそいつらの不始末だろう」


 バカが俺を指差しながら鼻で笑う。


「大佐、この者は支部が燃えたことを知っているようですよ」


 大佐は今回の放火の件と言った。

 放火なら他にもあったし、何なら自分のところの倉庫が燃えているのだから普通はそっちを思うだろう。

 だが、こいつは俺達の不始末と言った。

 それはつまり支部が燃えたことを知っていることになる。

 ここで出航しようとしている者がどうして支部が燃えたことを知っているのか。


「そのようだな」

「ひ、人伝に聞いただけだ!」


 はいはい。


「とにかく下船せよ! 話を聞くまでは出航の許可は出せない!」


 まあ、許可も何も完全に動力が死んでいるから動かせないんだけどな。


「す、すぐに降りる!」


 兵士達の空気が変わったことに勘づいたアドルフは下がっていく。

 すると、すぐに船から梯子が降ろされ、アドルフが2人の屈強の男と共に降りてきた。


「貴殿がアドルフだな? 私はカールハインツ・ヴェーデルである」

「た、大佐!? 大佐が何用ですか?」


 名前は知っているらしい。


「先程も言ったが、貴殿は今回の放火事件の重要参考人となった。話を聞きたい」

「そう言われても知らないものは知らないです。何よりも私は被害者ですよ」

「ふぅ……今回の数々の放火の犯人はお前だな?」


 大佐は1つ息を吐くと、アドルフを犯人と断定した。


「何を言いますか!? ありえません! いくらなんでも横暴が過ぎますぞ! 証拠でもあるのですか!?」

「目撃者がいる」

「は? 何を言いますか。もしかして、そいつらですか?」


 アドルフが俺達を見る。


「いや、この者達は寝ていたらしい」

「では、誰ですか?」

「そいつだ」


 大佐が街灯の上にとまっているカラスを指差した。


「はい? カラスじゃないですか? 申し訳ありませんが、くだらない冗談に付き合っている暇はありません」


 アドルフが鼻で笑う。


「ドロテー、こいつか?」


 ドロテーに聞く。

 すると、ドロテーが羽ばたき、レオノーラの肩にとまった。


「支部に火を点けたのは右の男ですね。その後、左の男の運転する車に乗り、逃亡しました。ちなみに、真ん中のそいつは後部座席でニヤニヤと笑っていました」


 安易に想像がつくな。


「なっ!? 何だそいつは!?」

「使い魔だ。ずっと支部の前の建物の屋根にいたそうだぞ」

「ふ、ふざけるな! そんな鳥が証人になるものか! 信用できん!」


 お前が信用できないとかはどうでもいいんだよ。


「ジークさん、何ですか、この愚か者は? このドロテー様を侮辱しているんですか?」

「してんじゃないの?」


 見た目はただのカラスだし。


「おー……この高貴なるドロテー様を魔力の欠片もないゴミが侮辱するとは……目の玉をくり抜いてやろうか!」


 ドロテーが怒って、魔力を放出する。

 正直、微妙な魔力だが、アドルフには効果があったようで後ずさった。


「大佐、こいつは3級国家錬金術師であるクリストフ・フォン・プレヒトの使い魔です。使い魔は嘘をつきませんし、信用できる証言でしょう」

「私もそう思う。それに車で移動したということはタイヤ痕もあるだろうし、ドロテーに詳細を聞けば、どの車かもわかるだろう」

「ははは、何を言いますか――っ!」


 アドルフは笑っていたが、急に踵を返して、船に向かって走り出した。

 すると、両脇にいた男達も走り出す。


「捕らえよ!」


 大佐が指示を出すと、周りにいた兵士が3人を取り囲み、あっという間に地面に押さえつけた。


「わ、私じゃない! こいつらがやったんだ! 私は何も知らない!」

「俺は運転してただけだ!」

「こいつがやれと命令してきたから仕方がなくやったんだ! 俺は悪くない!」


 3人は醜く、言い訳をし始めた。


「詰所に連れていけ! それとこの船とこいつの商会を調査しろ!」

「「「はっ!」」」


 大佐が指示を出すと、兵士達が慌ただしく、動き出し、3人を車に乗せて連行していく。


「議員とやらの繋がりが見つかると良いですね」

「絶対にある。商人は自己保身のためにそういう証拠を残しておくものだ。どこかに隠しているだろうが、必ず見つけ出す」


 軍がやると言ったらやるわな。

 最悪はアドルフから聞きだせばいい。

 どんなことをしても……


「死罪ですかね?」

「3件の放火に1件の放火未遂。これで死罪じゃなかったら何が死罪になるというのだ?」


 普通は1件でも死罪になる。

 放火はそれだけ罪が重いのだ。


「ドロテー、お前は少し残れ」

「え? なんでです?」

「証人だからだ。少しの間でいいからその辺でミミズでも食ってろ」

「私、グルメなんですけど?」


 使い魔はグルメばっかりだな。


「鳥のから揚げでも食わしてやるよ」

「共食いじゃないですかー。社会不適合者なうえにサイコパスも入ってます?」


 冗談に決まっているだろ。


「またジーク様を侮辱したな、この死体漁り鳥!」

「おい、泣き虫! 何を言うか!」


 ヘレンとドロテーがケンカを始めた。


「帰るか」

「そうですね」

「どこにって感じだけど、とりあえずは戻ろうか」

「これからどうしましょうかね」


 ホントだわ。


「では、大佐、私達はこれで失礼します」

「ああ……また話を聞くことになるだろう」

「はい。こちらも本部から人が来ると思います」


 支部の建て直しもあるし、その資金がどこから出るのかも話し合わないといけない。


「わかった。ユリアーナ、送っていけ」

「はっ! 皆さん、どうぞお車に」


 俺達はユリアーナの運転で支部に戻ることにした。

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