第067話 寂しいと思ったことがないわ


 風呂から上がり、ヘレンと部屋でゆっくりしていると、アデーレが呼びにきたのでエーリカの部屋に向かう。

 エーリカの部屋では鼻歌を歌いながら料理をするエーリカとテーブルについている帽子を被っていないレオノーラがいた。


「あ、ジーク君、あのドライヤーすごかったよ。私の髪でも10分ちょっとで乾いた」

「へー……」


 レオノーラの髪の長さでもそんなものなのか。


「あなたの髪が10分で乾くってすごくない?」


 アデーレが驚く。


「すごいよ。さらっさらだよ」


 レオノーラが両手で自分の髪を広げた。


「ふーん、ジークさんはすごいものを作るのね」


 アデーレが感心したように見てくる。


「いや、火曜石で熱を出して、風魔石で風を送ってるだけだぞ。欲しけりゃいくらでも作ってやるわ」


 数十分で作れる。


「いいの?」

「ジーク君は優しいなー」


 こんなんで好感度が上がるの?

 物を贈るのが効果的とナンパ本に書いてあったけど、本当なんだな。

 そりゃ賄賂がこの世からなくならないわけだわ。


「本当にたいしたものじゃないからなー……エーリカもいるかー?」


 キッチンで料理をしているエーリカに聞く。


「ありがとうございまーす。欲しいでーす」


 皆、欲しいのか。

 髪の長い女は大変だな……


 俺達はその後も便利グッズの話をしていると、エーリカがアクアパッツァを持ってきてくれたので皆で食べる。

 もちろん、美味しかったし、復活したヘレンも美味しそうに食べていて可愛かった。

 今日一日は釣りも楽しかったし、ヘレンも大満足なようなので良い休日だったと思う。


 そして翌日、今週も仕事を頑張ろうと思いながら扉を開け、外に出ると、アパートの前で3人娘が集まっていた。

 まあ、今日も青空錬金術だからだ。

 しかし、ちょっと気になるのはエーリカが新聞を広げ、それをレオノーラとアデーレが両サイドから見ていることだ。


「何してんだ?」


 さすがに気になったので聞いてみる。


「あ、おはようございます。ほら、この前の記事ですよ。役所でインタビューしたやつです」


 あー、あれか。

 もう記事になったんだな。


「新聞取ってんのか?」

「いえ、朝一でお母さんが持ってきてくれました。見ます?」


 エーリカにそう言われてチラッと覗いてみると、俺と町長、さらにヘレンを頭に乗せたエーリカが写った写真が見えた。


「お母さん、新聞を保存すると思うぞ」


 朝一番にわざわざ訪ねてくるくらいだし。


「でしょうね。インタビューもちゃんと載っていますし、かなり良いことが書いてありますよ」

「何て?」

「【王都の天才錬金術師がこの町に!】とか【あっという間に火事を消し止めた国一番の魔法使い!】とかです。あとはインタビューの内容ですね。ジークさんがとても良いことを言っています」


 ふーん……

 まあ、そんなものか。


「国家錬金術師というのは国王陛下より認められた資格であり、国家のために尽くす職業です。そして、国家は国民の生活や文化を守るためにあります。我々は国王陛下の名のもとに国民の生活や文化を守っていく所存です……すごく良いことを言ってるね。ジーク君がこんなことを思っていたなんて感動だよ」

「ええ。とても素晴らしいわね」


 レオノーラとアデーレが称賛してくる。

 もっとも、にやついているところを見ると、嘘八百なことはわかっているようだ。


「それは昔、本部長が大臣相手に言ってたセリフだな」


 完コピした。


「へー……師匠の想いを弟子も継いだのかい?」

「そうだな。本部長も棒読みで言ってたし」

「なるほど……その弟子の私達も棒読みでいいかい?」

「いいぞ。国家のためとか、人のためとかはどうでもいい。自分のために働いて金を得ろ。結果的にはそれが国や人のためになるだけだ」


 俺達には俺達の人生があるのだ。


「わかったー」

「まあ、当然と言えば当然よね。私も貴族だから国のためにとは思うけど、無料奉仕はごめんよ」


 誰だってそうだよ。


「まあ、仕事に誇りを持つのは良いことだぞ。俺達が作るものは誰かの役に立っているのは事実だからな」

「それもそうだね」

「そうね。今日も頑張りましょう」


 レオノーラとアデーレが頷いた。


「ジークさん、ちょっといいですか?」


 新聞を畳んだエーリカが確認してくる。


「どうした?」

「今朝、お母さんに聞いたんですけど、また火事があったらしいんですよ」


 は?


「火事? どこだ?」

「港にある倉庫だそうです。この前の商会とは別の商会が所持している倉庫です。もしかしたらまた依頼が来るかもしれません」


 マジかよ……


「ジークさん、それよりも水曜石を急いだ方が良くないかしら?」

「確かにそうだね。火事が2件も続いたら水曜石を急いで納品しろって要請が来るかもしれない」


 かもしれないじゃなくて、来るな……


「水曜石って何個できてるんだ?」


 エーリカを見る。


「えーっと、ジークさんがオッケーと言ったEランクが10個です。あとDランクが5個」


 ん? Dランク?


「Dランクなんてあったか?」

「あ、私達が昨日一昨日の夜にお風呂に入りながら作ったんです」


 あー、言ってたやつか。

 本当に風呂で作ったんだ。


「レオノーラ、本当にDランクか?」


 鑑定したのはレオノーラだろう。


「本当だよ。確認するかい?」

「いや、お前がDランクと判断したならDランクだろう」


 レオノーラの鑑定は確かだ。


「嬉しい信頼だね」

「俺はできない奴にできないことを頼まん。いいからさっさと鑑定士の資格を取れ」

「次の試験は申し込んでおくよ」


 そうしろ。


「となると、水曜石は15個できているわけか。午前中に5個作って、先行してキリのいい20個を納品できるようにしよう。お前らはEランクでいいから1個ずつ作ってくれ。俺は残りの2個を作る」


 そう言うと、3人が顔を見合わせる。


「どうしましょう? 午前中ならDランクも作れますよね?」

「その場合、失敗して濡れたくないし、風呂場になるね」

「でも、ジークさんを一人で残すわけにはいかないでしょう?」


 いや、一人でいいぞ。

 何ならヘレンもいるし、一人じゃない。


「私が残りましょうか?」

「そうだね。エーリカが残ってよ。私達がDランクを作ろう」

「そうね。ルーベルトさんや軍の方が来るかもしれないし、エーリカさんが残った方が良いわ」


 別にEランクでいいって言ってるのに……


「わかりました。では、私は残ります」

「お願い」

「じゃあ、私達はDランクの水曜石に挑戦してくるわ」


 レオノーラとアデーレがアパートに戻っていく。


「ジークさん、頑張りましょう」

「お前ら、俺のことを子供と思ってないか?」

「思ってませんよ。一人は寂しいじゃないですか」


 いや、風呂場で水曜石を作るあいつらこそ一人だろ。

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