第065話 釣り


 俺達が歩いていくと、海に出た。

 そこは港のようで多くの商船や漁船が並んでおり、人も忙しなく働いていた。


「海の匂いだな」

「そうだねぇ……本当に懐かしいよ。ジーク君、あっちの防波堤に行こう。ここは邪魔になる」


 レオノーラが灯台がある防波堤を指差す。


「それもそうだな」


 俺達は邪魔にならないように防波堤を歩いていき、端まで来ると、椅子を取り出して腰かけた。

 そして、自作の釣竿を取り出す。


「おー、なんかすごそう」


 正直、自信はない。

 何しろ、釣りの経験がないから。


「この針に特製の餌をつけるわけだ」


 そう言って練りものが入ったバケツを取り出した。


「特製? ミミズじゃないの?」

「ミミズは触りたくない」


 うねうねしてるし。


「女の子みたいなことを言うね」

「レオノーラは触れるのか?」

「女の子だもの」


 触れないわけね。


「この練りものを針につけて……投げれば釣れるだろ」


 海に向かって、釣竿を振った。


「釣れるかねー? ところで、ジーク君は毒がある魚とかわかるの?」


 魚には毒がある種もいる。

 前世で言えば、フグなんかがそうだ。


「知らん。でも、薬はあるから大丈夫だ」

「ご安心ください。このヘレンが毒味を致しましょう。私は毒なんて効きませんから」


 毒味(完食)だろうに……


「ジーク君、釣りたまえよ。ヘレンちゃんがにゃーにゃー、ゴロゴロ言ってるよ」

「ああ……なあ、竿からビンビンと振動が来るんだが、釣れてるのか?」


 竿もしなっている。


「釣れてるんじゃない?」

「ジーク様、上げてみましょう!」


 よくわからないが、上げてみる。

 すると、30センチくらいの魚がついていた。


「あ、釣れた」

「おー! 釣れたねー!」

「さすがはジーク様です!」


 魚を釣り上げると、防波堤の上でぴちぴちと跳ねているので針を外した。


「活きが良いなー……ヘレン、食べて良いぞ」

「わーい!」


 ヘレンはジャンプして着地すると同時に前足で魚を抑える。

 そして、食べ始めた。


「むむむ! これは人間にはよくない毒があるかもしれませんね!」

「別にとらんぞ。全部食え」

「美味しいですー!」


 可愛いやっちゃ。


「ふむふむ……釣れそうだね。よし、準備をしよう」


 レオノーラはそう言うと、カバンからレンガを取り出し、積んでいく。


「何してんだ?」

「釣った魚を焼こうと思って」


 レオノーラは三方を囲むようにレンガを積み、練炭を置いた。


「こんなところでか?」

「風情、風情。昼食にちょうどいいでしょ」


 確かに今日は弁当を持ってきてないが……


「そんなに釣れるかね? エーリカがアクアパッツァを作ってくれるんだぞ」


 夕食の分も釣って帰らないといけない。


「簡単に釣れてたし、大丈夫でしょ。ジーク君、火魔法をお願い」


 レオノーラが練炭を指差した。


「お前も火魔法くらい覚えろ。生活魔法レベルでいいから」


 そう言いながらも火魔法を使って練炭に火を点ける。


「練習中だけど、練炭を燃やすくらいの火力はまだ無理」


 一応、練習しているのか……


「勉強熱心だな」

「火曜石を作るのに必要だからね。じゃんじゃん釣ってよ。ヘレンちゃんが待ってるよ」


 最後に網を乗せたレオノーラがヘレンを見る。

 ヘレンはすでに魚を食べ終えており、骨すら残っていなかった。


「釣るかー」


 エサを付けて、竿を振る。

 すると、またもや竿がしなり、手に振動が伝わってきた。


「また? さすがに早くないか?」


 ちょっとびっくりしながらも上げると、先程と同様に30センチくらいの魚がかかっていた。


「おー! ジーク様は釣りの天才ですね!」


 そうか?

 いくらなんでも早すぎるだろ。


「ジーク君の作った特製のエサが良いんじゃない?」

「うーん、レオノーラもやってみるか?」

「やるやるー」


 針から魚を取り、竿をレオノーラに渡した。

 すると、レオノーラが針にエサを付け出したので釣った魚の処理をする。


「針で指を刺すなよ」

「私にドジっ子属性はないよー。こんなもんかな?」


 レオノーラが針に付けた丸い餌を見せてきた。


「多分、いいんじゃないか? 正直、俺もよくわからん」


 とりあえず、針が見えなかったら大丈夫な気がする。


「よーし……えーい!」


 レオノーラが竿を振った。


「ヘレン、ちょっと待ってろよー。次は焼き魚だからなー」

「わーい」


 レオノーラが釣りをしている間に処理をした魚を網に置く。


「ジークくーん、竿がググってきてるんだけどー?」


 レオノーラを見ると、しなった竿を両手で持っていた。


「落ちるなよ」


 俺も泳げないから助けてあげることはできない。


「さすがに落ちないよー。これ、上げていいのー?」

「多分、釣れているから上げていいぞ」

「こーお?」


 レオノーラが竿を上げる。

 すると、俺がさっき釣った2匹よりもちょっと大きい魚が釣れた。


「わー! 大きいですー!」


 ヘレンが喜ぶ。


「おー、すごい。本当に素人でも釣れるもんだね。やっぱり餌が良いのかな?」


 そんな気がする。

 いくらなんでも俺達が短時間でこんなに釣れるわけがないし。


「じゃんじゃん釣れよー」

「わかったー。いやー、釣りって楽しいねー」


 そりゃこんなに簡単に釣れたらな。


 その後もレオノーラが魚を釣っていき、俺が魚を調理していく。

 それをヘレンがどこに入るんだろうというくらいの量を食べていった


「ジーク様ー……もう食べられませーん」


 ヘレンが仰向けに転がり、ぽっこりお腹を晒す。

 もふもふチャンスだが、なんか吐きそうだからやめておこう。


「レオノーラ、もう昼食分と持って帰る分だけでいいぞ」

「そうだね。さすがに釣れすぎだよ。このエサを漁師さんに売ったら儲かるよ?」


 俺達でこの釣果なんだからプロがやったらすごいかもな。


「俺はそういう商売をする気がないんだ。客商売をしたくないんでな」

「そう言ってたね……自分達で楽しむ分だけあればいいのか」

「そういうことだ。何度でも言ってやる。俺はバカが嫌いなんだ。アドルフみたいなのとしゃべっても時間の無駄だろ」


 商売をするということはあんな奴らと延々に接しなければならない。

 多分、ストレスで早死にする。


「バカというかクレーマーの類が嫌いなんだね」

「まあ、そうだな」

「ふむふむ……なんとなくわかってきたね。君は頭が良いがゆえに論理的にものを考える。だから非効率的な言動をする者が嫌いなんだ。特にそれで自分が迷惑を被ったら最悪」

「そんな感じ」


 多分。


「ジーク君、それは直さなくてもいいよ。そんな奴は誰だって嫌いだからね。君はそれがちょっと強いだけだよ。でも、一つアドバイスをすると、君が非効率と考えることでも皆が皆、非効率と思っているわけではないということもあることを忘れないで」

「どういうことだ?」

「うーん……魚なんか買えばいいじゃないか。時間の無駄じゃない? せっかくの休みを潰してまですること?」


 何を言う?


「ヘレンに新鮮な魚を食べさせてやりたいんだよ…………いや……ああ、そうか。人によったらどうでもいいな」


 多分、別の人間が同じようなことをしていたら買えよって思う。


「そういうことだよ。私は楽しそうだったし、実際、楽しいからここにいる。でも、そう思わない人もいるわけだよ。例えば、魚を触れないビビりなアデーレとかね」

「だろうなー……」


 アデーレは釣りなんか絶対にしないだろう。


「まあ、安易に人の考えを否定しないことだよ。誰にだって好きなことはある。私は読書が好きだし、エーリカは料理だね」


 確かにそうだな。


「アデーレは何が好きなんだ?」

「それは昨日のディナーで聞くべきことだったね。アデーレは音楽が好きなんだよ」


 音楽?


「楽器でも弾くのか?」

「高いヴァイオリンを持っているね。上手だよ」


 お嬢様だなー……


「まったく理解できん趣味だな」

「ジーク様、音痴ですもんね」


 お前もだろ、猫。


「一度、聞かせてもらうといいよ。アデーレは絵になるしね」


 ふーん……


「気が向いたらな」

「私と読書大会でもする? 眠気で潰れるまで延々と本を読む耐久リレー」

「寝ろ」


 そんなことをしているから本が散らかるんだろ。

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