第040話 案内


 アデーレと世間話をしながら歩いていると、支部に到着した。


「ここがリート支部だ」

「前にチラッとだけ見たことがありますが、そこそこ立派ですね」

「そうか? さびれてるだろ」

「ジーク様、良いところを言いましょう」


 ヘレンが苦言を呈してくる。


「良いところ……」


 この建物の良いところって何だ?


「趣があって良いですね、とかですよ」


 なるほど。

 物は言いようか。


「趣があっていいだろ?」

「そうですね。悪いところではなく、良いところを見つけるのはとても良いことだと思います」


 そういうのはエーリカが得意なんだよなー。


「まあいい。この裏が寮のアパートになる。こっちだ」


 俺達は支部の横の細い道を通り、30秒で支部の裏に来ると、立ち止まる。


「ここが寮だ」

「本当に近くて良いですね」

「そうだな。あそこがアデーレの部屋になる。2階で良かったか?」


 空いている部屋を指差す。

 俺の部屋の上であり、レオノーラの対面だ。


「ええ。2階の方が良いです」


 やっぱりか。

 俺もそうじゃないかと思っていた。

 レオノーラも2階だし、貴族は上の方が好きなんだろう。


「対面がレオノーラの部屋で斜め下が後で紹介する同僚のエーリカの部屋だ。困ったことがあれば2人を頼れ」

「あら? ジークさんが助けてくださらないんですか?」

「女性の部屋に入るのはどうかと思っただけだ。虫が出て、困ったら言え。ウチには虫取り名人がいる」

「にゃー」


 ヘレンを撫でると、一鳴きした。


「ふふっ、その時は頼るかもしれませんね。では、ちょっと荷物を置いてきます」

「わかった。ゆっくりでいいぞ。どうせやることないからな」

「わかりました」


 アデーレは階段を昇り、鍵を開けると、部屋の中に入っていった。


「手伝いを申し出た方が良かったのでは? 重い荷物もあるでしょうし」


 アデーレはとても力があるようには思えない。


「それは俺もちょっと思った。でも、さっきも言ったが、女性の部屋だからな……しかも、貴族令嬢だ。言いにくい」


 見られたくない荷物もあるだろうし、そもそも部屋に入るのは失礼だろう。

 あの2人が例外なんだ。


「私がそれとなく言いましょうか?」

「頼む。それでいらないと言うならそれでいいだろう」


 俺達はそのまま待っていると、10分くらいでアデーレが部屋から出てきて、降りてきた。


「お待たせしました」

「いや……早かったな」

「荷物を置いただけですからね」


 それでも10分……

 やはりかなりの荷物があるな。


「ジーク様、荷解きなんかをお手伝いした方が良いのではないでしょうか? 重いものもあるでしょうし」


 ヘレンが早速、打ち合わせ通りのことを言う、


「そうだな……アデーレ、大きな荷物があるなら手伝うぞ。俺もそこまで力がある方ではないが、お前らよりかはある」


 さすがにね。


「そうですね……すみませんが、お手伝いをお願いしても良いでしょうか。ベッドやソファーなどがあって、一人では厳しいのです。レオノーラはまったく戦力になりませんし」


 あいつは非力なうえに50メートル15秒の運動音痴だからな。


「エーリカも似たようなもんだ。さすがに支部長は頼みづらいだろうし、手伝おう」

「ありがとうございます。ジークさんは本当に変わられましたね」


 エーリカと違って、打算の善意だがな。


「人はそう簡単には変わらん。徐々に変わろうとしているだけだ」

「そう思えるだけで十分に変わっていますよ」


 そうなんだろうか?


「まあいいわ。支部長に挨拶に行こう」

「ええ。お願いします」


 俺達は支部の表に戻ると、中に入った。


「聞いてはいましたが、本当に人がいませんね」

「あそこに座るか?」


 受付を指差す。


「嫌ですね」

「まあ、席については後で案内する。先に支部長室だな。そこの部屋だ」


 今度は受付内にある扉を指差した。


「あそこですか。参りましょう」

「ああ」


 俺達は受付の中に入ると、支部長室の前に立つ。


「支部長、おられますか?」


 扉越しにそう聞きながらノックをした。


『いるぞ』

「アデーレが赴任の挨拶に来ました」

『おー、入ってくれ』


 許可を得たので扉を開け、アデーレと共に入る。

 すると、支部長が読んでいた新聞をデスクに置いた。


「支部長、王都の魔法学校でクラスメイトだったアデーレです」


 紹介をすると、アデーレが一歩前に出る。


「明日からこちらに赴任します9級国家錬金術師のアデーレ・フォン・ヨードルです。よろしくお願いいたします」


 アデーレが姿勢よく頭を下げた。


「おー。俺がこの支部の支部長であるヴェルナー・フォン・ラングハイムだ。お前達には悪いと思うが、俺は錬金術のことをほとんど知らん。だから基本的にはお前達に任せることになる」

「お任せください」


 アデーレは9級だし、安心できるな。


「うむ。ジーク、よろしく頼むぞ」

「かしこまりました」

「ジーク、ちなみに聞くが、アデーレの歓迎会とかは考えているか」

「………………」


 そんなもんもあったな……


「ハァ……だと思ったわ。アデーレ、今夜は空いているか? まだ赴任していないし、明日の方が良いのだが、俺は明日から出張でいないんだ」

「もちろん空いています」

「では、今夜、歓迎会をしよう。ジーク、いいな?」


 支部長が聞いてくる。


「アデーレは酒を飲むか?」

「お酒ですか? 嗜む程度ですね」


 嗜む……微妙な言い方だ。


「うーん、まあ、アデーレはパワハラや一発芸の強要なんかせんか」

「あなたは何を言っているんですか?」


 アデーレが呆れた顔になる。


「いや、何でもない。支部長、上の2人は?」

「問題ないそうだ」

「わかりました。では、本日、アデーレの歓迎会を致しましょう」


 この前みたいに飲み食いするだけだろうし、一次会で帰れるだろ。


「ああ。寮は案内したか?」

「先程。これからアトリエに案内し、エーリカとレオノーラに紹介します」


 もっとも、レオノーラは知っているが。


「わかった。では、終業後にな」

「はい。これで失礼します」

「失礼します」


 俺達は支部長室を出た。

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