第032話 電話


 支部に戻った俺達はそれぞれの仕事をする。

 エーリカがインゴットを作り、レオノーラがレンガを作っていた。

 俺はというと、鉄から作った刀身を眺め、調整をしていた。


「昨日くらいからずっと眺めていますけど、何をしているんですか?」


 エーリカが聞いてくる。


「歪みやわずかな凹凸がないかを確認し、それを調整しているんだよ」

「そうなんです? ぱっと見は立派な剣に見えますけど……」

「俺もそう見える。でも、剣を贈るような軍人は気にしたりするからな。要はオタクなんだよ」


 多分、使わずに飾っておくような剣だろう。


「へー……ウチは去年も魔剣の納品がなかったんで知りませんでした。そういうものなんですね」

「というか、武器作成の依頼はほぼなかったね」


 戦争とは無縁の南部の辺境だからなー。


「でも、インゴットの依頼は多いだろ」

「確かそこそこあった気がしますね。先輩達が作ってました」

「それらを北部に送って剣なんかを作るんだよ。俺も剣だけじゃなく、槍や矢尻なんかを作ってた」


 あれは楽で良かったな。


「そうなんですねー。じゃあ、このインゴットも武器になるんですかね?」


 武器が嫌いなエーリカは気になるのかもしれんな。


「さあなー。鉄なんかどこにでも使われているだろ」

「それもそうですね。きっと飛空艇に使われるんでしょう」


 いやー、そのDランクのインゴットは使われないだろうな。

 飛空艇に使われる素材はBランク以上じゃないといけないのだ。

 そんな野暮なことは言わないけど。


「だなー……さすがにこんなものでいいかな」


 調整を終えた刀身をデスクに置く。


「完成ですか?」

「ああ。これにエンチャントをしたら完成だな。今日、紅鉱石からエレメントを抽出して、明日エンチャントして納品」

「へー……そんなにすぐにできるもんなんですね」

「俺はこれが得意だからな。普通はもっとかかる」


 1週間はかかるだろう。


「さすがはジークさんですね!」

「当然だな」


 俺はその辺のボンクラ共とは違うんだ。


「自慢しかしない男とヨイショ女……」


 レオノーラがポツリとつぶやく。


「事実を言っているだけだ」

「ヨイショ女……え? 私、そんな感じです?」


 うん。


「そんなことないぞ。エーリカは俺と違って、人の良いところを見つけるのが上手いだけだ」


 俺は逆。

 人の粗を探すのが上手い。

 というか、そこしか見ていない気がする。


「――おーい。ジーク、電話だぞー」


 俺達が話をしながら仕事をしていると、2階に上がってきた支部長が声をかけてきた。


「電話? 誰ですか?」

「本部のアデーレだと。例の奴じゃないか?」


 アデーレという名の知り合いは例の奴しかおらんな。


 俺はチラッとレオノーラを見る。

 レオノーラが電話に出ないかな?


「君をご指名だよ」

「そうか……」


 仕方がないかと思い、立ち上がると、支部長のところに行き、一緒に1階に降りる。


「支部長、電話を2階にも設置してくれません? 受付がいないし、支部長もいちいち面倒でしょ」


 この支部には1階の誰もいない受付にしか電話がない。


「それもそうだな。明後日の休みにでも業者を呼んでおくわ」

「お願いします」


 1階に降り、支部長が自分の部屋に戻ったので受付にある電話を取る。


「もしもし、アデーレか?」

『ええ。ごきげんよう、ジークさん。お仕事中でしたか?』


 そらそうだろ。


「いや、ひと段落ついて休憩していたところだ。アデーレは仕事じゃないのか?」

『私も休憩時間です。それで異動の件なんですが……』

「許可が得られなかったか?」


 そういうこともあるだろう。


『いえ、あっさり得られましたね。許可が下りないとは思っていなかったのですが、ものすごい早さでした』


 下りたんかい……

 いや、ありがたいことではあるが……


「そうなると、いつ頃来られそうだ?」

『すみませんが、私は荷物が多いのでちょっと荷造りや引っ越しに時間がかかります。有休を取ろうと思っているのですが、それでも来週くらいになると思います』


 俺はすぐに終わったが、女性は時間がかかるか。

 ましてや、アデーレは貴族だし、物も多そうだ。

 まあ、2週間後の予定だったのが1週間になっているし、問題ないどころかありがたいことだろう。


「わかった。こっちではどこに住むんだ? 2LDKで住める寮という名のアパートがあるぞ。しかも、割引が利いて2.5万エル」

『ええ。そちらに住もうと思っています』


 貴族とはいえ、通勤30秒は魅力かな。


「じゃあ、初日から住めるようにこちらで事前に申請を出しておこう」

『ありがとうございます。助かります』

「いや、こちらこそありがとう。アデーレが来るのを待っている」


 例のナンパ本を参考にすると、ここで『君と一緒には働けて嬉しいよ』って言うべきなんだろうが、嘘くささが半端ないから言わない。


『はい。それでですね、本部長が電話を寄こせって言っています』


 ん?


「本部長? 何の用だろ?」

『さあ? 確か、師でしたよね? 近況を聞きたいんじゃないでしょうか?』


 そんなことを気にする人じゃない。

 というか、飛ばした張本人だ。


「回せるか?」

『ええ。少々お待ちください。あ、またこちらを出発する前に連絡しますので』

「ああ。わかった」


 返事をすると、受話器から保留音が聞こえだした。

 そして、しばらくすると、保留音が止む。


『ジークか?』


 本部長の声だ。


「どうも。何の用です?」

『相変わらず、急かす奴だな』

「仕事中なんですよ」


 別に急いでないけど。


『まあいい。そっちはどうだ?』

「悪くないですね。ヘレンがいればどこも一緒です」

『ヘレン? あー、あの泣き虫猫か』


 ヘレンは本部長の使い魔の鷹が怖くてすぐに引っ込むのだ。


「泣き虫じゃないですよ。そんなことより、この支部の人の少なさは何ですか? 俺が来る前は2人しか錬金術師がいませんでした。しかも、2人共、10級です。異常でしょ」

『それな。こちらでも問題視されていた。だからお前を送ったんだよ』


 ちょうどいい左遷野郎がいたわけね。


「北部の町で飛空艇を作るって引き抜かれたって聞きましたけど? よく許可しましたね?」


 異動するにしても本部長のハンコがいるはずだ。


『ジーンの町だな。王家からの発注の飛空艇だ。こちらも拒否できん』


 ジーンは北部の西の方にあるそこそこ大きい町だ。


「なんで王家からの依頼が王都の本部じゃなくてジーン? あ、いや、王妃様か」


 王妃様の出身がジーンだったはずだ。


『そういうことだ。立場上、あまり言及したくない話題だな』


 王妃様の鶴の一声か。

 まあ、そういうこともあるだろう。


「それなら仕方がないですね。飛空艇作成が終わっても仕事は多いでしょうし」


 どこの世界もそういう癒着はある。


『だな。それでリート支部がそういうことになっている。だからアデーレの異動願いもすぐに許可を出したんだ。願ってもないわ』


 そういうことか……


「どうも。他にもいません?」

『リートに行きたい奴なんているわけないだろ。アデーレはよく異動願いを出したわ。何だ? 彼女だったのか?』


 皆、そう言うな……


「彼女なんているわけないでしょう。単純に同級生ですし、こっちにはアデーレの友人がいたんで誘っただけです。まあ、オーケーをもらえるとは思っていませんでしたが」

『そうか……そっちの同僚はどうだ? 10級だし、使えんか?』

「経験がないだけで使えないことはないですよ。こっちの仕事内容から見ても十分です。何よりも人が良いですね」


 そこは非常に助かっている。


『ほう……それは良かったな。まあ、頑張ってくれ。一応、そっちの支部長からの要請で希望者は募っておく。期待しないで待ってろ』


 絶対に来ないな。


「わかりました。あ、アデーレに交通費くらいは出してくださいね」

『はいはい。じゃあな』


 本部長が電話を切ったので受話器を置く。


「ヘレン、アデーレが出発前に連絡するって言ってたな?」


 本部長との会話よりもそちらが気になった。


「はい。言っておられましたね」

「真意は?」

「出迎えに来てもらえると喜びます」


 やっぱりか……


「さすがに俺でもわかったな」


 何しろ、俺自身がエーリカにしてもらったし。


「アデーレさんも来たことがある町ですが、さすがに出迎えるべきでしょう。こちらが誘ったわけですし」

「確かにな……」


 俺は支部長にアデーレの部屋の件を伝えると、2階に上がり、仕事に戻ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る