第028話 勧誘
アデーレに電話をすることに決めた俺達はエーリカの部屋を出ると、階段を昇って、2階に行く。
「ちょっと散らかっているけど、気にしないでね」
レオノーラがそう言って、扉を開け、中に入っていったので俺達も続いた。
中は真っ暗だったが、すぐに灯りがつく。
すると、俺達の部屋と同じ間取りのリビングが見えるのだが、床にはたくさんの本が積み重なるように置かれていた。
「読書家なんだな」
「そうだね。昔から本が好きだったんだよ。その中にあった錬金術の本にドはまりして今日に至る」
そういう人もいるだろうな。
「レオノーラさん、片付けましょうよ」
「頼むよ、マイワイフ」
「ワイフというより、お母さんの気持ちです」
エーリカはそう言いながら散らかっている本を拾い、本棚に納めていく。
「悪いねぇ……あ、旦那様は電話だよ。あれ」
レオノーラが壁にかけられている電話を指差した。
「番号は?」
「ちょっと待って」
レオノーラはそう言うと、電話のところに行き、ダイヤルを回していく。
「え? もうかけてる?」
「うん。はい」
レオノーラが受話器を差し出してきたので慌てて、受け取り、耳に当てた。
受話器からは呼び出し音が鳴っており、本当にもうかけていたようだ。
「心の準備くらいさせろよ」
「グダグダ言ってないでさっさと誘いたまえよ」
「お前もさっさと掃除しろ」
「ごもっとも」
レオノーラも本を拾い始めた。
すると、呼び出し音が鳴りやむ。
『……もしもし?』
低い女の声が聞こえてきた。
「あー……もしもし?」
なんか緊張してきた……
『はい、どちら様でしょう?』
「えーっと、ジークヴァルト・アレクサンダーと申しますが、アデーレさんはおられるでしょうか?」
『はい? ジークさん? あー……私がアデーレですけど』
あ、アデーレだった。
「アデーレか……声が低いから違うかと思った」
『それは失礼しました。電話をかけてくるのは実家の両親くらいなので身構えてしまいました』
なんで両親と電話するのに身構えるんだろ?
「……ジーク様、挨拶、挨拶」
ヘレンが小声で注意してくる。
「あ、こんばんは」
『はい、こんばんは。誰の声です?』
ヘレンの声が聞こえたらしい。
「使い魔のヘレンだ。俺は人とのコミュニケーションを間違えてばかりなので訂正してくれているんだ」
『ああ、あの猫さんですか……便利な子ですね』
可愛い子なんだよ。
「……謝罪、謝罪」
わかってるよ。
「アデーレ、こんな時間に電話して悪いな」
『いえ、夕食も済み、ゆっくりしていたところなので構いません』
「ああ……それと急にかけて悪い」
『それはびっくりしましたね。というか、なんでウチの番号を知っているんです?』
まあ、そこは聞いてくるわな。
「レオノーラにかけてもらったんだ。レオノーラは知ってるいるよな? レオノーラ・フォン・レッチェルトだ」
『ええ、知っています。そういえば、彼女もリート支部ですね』
「そうなんだよ。奇遇だよな」
『ええ。ということは今、レオノーラの部屋にいるんですか? こんな時間に?』
あ、やっぱりマズいよな……
「他の同僚もいる。レオノーラと片付けをしているが……」
『彼女の部屋、汚いでしょう? 何回か彼女の実家に行きましたが、本だらけでした』
「今もだな……なあ、アデーレ、手紙にも書いたが、すまなかった」
『手紙にも書きましたが、もう気にしていません。同僚との交流なんて気にせずに仕事に集中する……悪いことではありませんし、ある意味で正しいことです。ですが、正しさは一つではないということもわかったでしょう?』
うん……
「それらを反省し、こっちで頑張っている」
『良いことです。ただまあ、3人は厳しいでしょうね。手紙を見て、ちょっとびっくりしましたよ』
だよなー。
3人はねーわ。
「アデーレ、実は本題がそのことなんだ」
『ん? そのこととは?』
「リート支部は深刻的に人手が足りていない。それでもし良かったらアデーレに来てくれないかなーと思って」
来ないだろうなー……
『はい? 私に本部からそちらに移れって言っているんですか?』
「まあ……なんか職場に不満がありそうだし」
『ん? 不満とは?』
「え? あ、いや、なんかウチの同僚がそう言ってた」
ヘレンが激しく俺の肩を猫パンチしてくる。
『……何て言ってたんです?』
「手紙でこっちの仕事の様子を聞いてきたから逆に不満があるんじゃないかーって」
「ジーク様ぁ……それは言っちゃダメなやつですってぇ……」
そうなの?
『ジークさん……あなた、私があなたに宛てた手紙を同僚に見せたんですか?』
あれ? アデーレの声が低くなったぞ?
「いや、見せてはいない。ただ、こういうことが書いてあったからどう思うって聞いただけだ。すまんが、俺の人間力からすると、まず浮かんだのは『左遷された人間にそれを聞くか?』だな。『え? ケンカ売ってる?』って思った」
『…………良い同僚をお持ちですね。こちらは心配して聞いたのです。あなたは王都から出たことがないでしょうから』
「そうか……すまん。やはり人間力が……」
無念……
『き、気になさらないでください。私が変なことを聞いたのが悪いのです。ですが、それでジークさんの手紙の違和感がわかりました』
ん?
「違和感とは?」
『あなたの手紙にこちらの仕事の状況を聞くようなことが書いてありました。他人に興味を持たないあなたが絶対に聞いてこないことです。だから私は誰と手紙のやり取りをしているのだろうと疑問に思ったのです』
失礼だが、事実だから反応に困るな。
「俺は同じ失敗を繰り返さない。だから生まれ変わったのだ」
『素晴らしいことですね。でも、あなた、興味ないでしょ?』
ない。
「正直に言おう。失敗しないことしか頭にない。まだその段階だ。何が悪いのかを完全には把握できていないからな」
『あなたらしいです……では、もう一度、聞きます。仕事はどうですか?』
「そこそこ上手くやっていると思う。同僚の2人は素直だし、わかりやすいから助かっている」
良い奴らだ。
『そうですか……それは良いことです。さて、話を戻しますが、私にそちらに移れってことでしたね。それをして私に何のメリットが?』
メリット……
「正直、あまり良いことなんてないぞ。こっちはロクな設備もないし、ポーションもインゴットも手作りだ。エーリカもレオノーラも10級だし、人手もいない。さらには支部の評判も良くない。良いことと言えば、自然が豊富だから飯が美味いことだな。あとは食事を作ってくれる同僚がいるくらいだ」
なんと掃除もしてくれる。
『ふーん……私を誘った理由は?』
「お前しか誘える人がいないからだ」
『私、9級ですよ?』
9級かい……
まあ、それでもエーリカとレオノーラよりかはマシだ。
「すぐに8級になれるだろ」
『そう思います?』
「俺の見立てではどんなバカでも努力次第で6級まではなれる。それ以上は才能がいるがな」
アデーレの実力を知らんが、6級くらいならなれる。
『それはあなただから言えることでは?』
「見てろ。10級コンビをすぐに6級にしてやる」
1年以内に……いや、どうだろ?
『へー……』
「今なら勉強を見てやるぞ」
『あなた、そういうことをする人でしたっけ?』
「よくわからんが、弟子を取ったんだ」
本当によくわからないうちに。
『弟子……変わりましたねー』
「他人を思いやる気持ちが大事なんだよ」
『そうですね……しかし、リートですか……』
あれ? 思ったより、迷っているぞ?
即、断ってガチャ切りだと思ったんだが……
「こっちの支部長は天下りの軍人だから何も言ってこないから気楽だぞ。しかも、寮のアパートが歩いて30秒だから非常に楽」
『それは良いですね……まあ、ここにいるよりかはいいか』
あれ? 結構、傾いてない?
「職場に癒し系の可愛い子がいるぞ」
『誰です?』
「ヘレン」
『ああ……猫さんですか。まあ、せっかく誘ってくれたわけですし、異動願いを出してみますか』
は? マジで言ってる?
「本当に移るのか?」
『いや、あなたが誘ってきたんでしょ』
「来るとは思っていなかった。ダメで元々」
『そういう決めつけはよくありませんね。人には人の事情があり、思うことがあるんです』
へー……もしかして、本当に今の職場に不満があるのかもしれんな。
「異動願いを受理されるか? なんだったら本部長に電話するぞ?」
『いえ、私はすぐに受理されるでしょう』
そうなの?
貴族だからかな?
「いつ来れる?」
『引継ぎや引っ越しがあるのですぐには行けませんね。2週間はください』
2週間か。
俺はすぐだったが、本来はそれくらいかかるだろうな。
「わかった。ありがとう」
『いえ、こちらこそ、ありがとうございます。では、これで……おやすみなさい』
「ああ、おやすみ」
電話が切れたので受話器を置いた。
「なんか来るって言ってる……」
電話を終えたので2人に報告する。
すると、2人が顔を見合わせた。
「ロマンス?」
「え? 本当に?」
そんな感じはまったくなかったと思う。
「違うだろ。やっぱり不満があるみたいだったな。聞かなかったけど」
「不満かー。華の本部でもあるんだねー」
「まあ、人間関係とかあるんじゃないか? 俺の同じチームだった奴らは確実にあったと思うし」
自分で言ってて悲しいがな。
「とにかく、これで4人になりましたよ。アデーレさんを誘って正解でした」
確かにな。
エーリカが言ってたように決めつけずにダメ元で誘って良かったわ。
「ヘレン、頼むぞ。コミュニケーション難易度が低いこいつらと違って、アデーレは地雷だらけだからな」
「御自分が埋めた地雷ですけどね。アデーレさん自体はとても良い方ですよ」
わかってるわ。
大丈夫かな、俺……
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