第015話 地味な作業


 2階に上がると、席につき、ヘレンの昼食を用意した。

 そして、サプリメントを水で飲み、自分の昼食である買ったパンを食べだす。

 隣のエーリカはサンドイッチを食べながら錬金術の本を読んでいた。


「勉強か?」

「はい。なんかやる気が出てきました」


 それは良いことだ。


「さっき下でルッツから魔石を受け取ったわ。ついでに期日が3日になったそうだ」

「3日!? さすがにそれは……」

「問題ない。残業代を稼げてラッキーなくらいだ」


 給料下がってるし……


「や、やっぱりお手伝いしますよ」

「大丈夫だって。エーリカ、今はお前にとって大事な時期だ。左遷貴族の嫌がらせなんかかまける必要はない。まずはしっかりと基礎を学び、勉強しろ。お前なら9級くらいなら受かる」


 せっかくやる気を出しているんだからそっちを優先してほしいわ。


「そ、そうですかね?」

「お前の腕を見る限り、たとえ、来月落ちても次で受かる。だが、3ヶ月も待つ必要はないだろう。9級になれば給料も上がるし、暇な今がチャンスだぞ」

「わ、わかりました! 勉強を頑張ります!」


 頑張ってくれ。


「ジーク様は2級を受けないんですか?」


 昼食を食べ終えたヘレンが聞いてくる。


「2級以上は実務経験がいるんだよ。2級が5年で1級が10年だ」

「あ、そういうのがあるんですね」

「くだらん足かせだな。だから3級以上は同じと思っていい。2級や1級の連中を何人か見たことあるが、鼻で笑うレベルだ」


 もちろん、優秀な人もいるけどな。


「へー……そんな態度を取っていたから上にも嫌われたんじゃないですかね?」

「そうかもな。事実は人を傷付けるということは十分にわかった。嘘も大事だろう」


 無能を無能と言ったら怒るのは当然だ。

 言葉を濁さないとな。


「……え? 受かるのは嘘です?」


 エーリカが顔を上げた。


「いや、それは本当。エーリカなら9級とは言わず、8級も十分に受かる実力はあるからさっさと9級を取って、8級を目指せ」

「わかりました!」


 うんうん。


「さて、やるか……」


 魔石を取り出すと、デスクに置いた。


「あ、私も仕事はしないと」


 エーリカも鉄鉱石を鉄に変える作業に入る。


「暇なんでおやすみしてます」


 ヘレンが丸まって寝だしたので俺とエーリカは黙々と作業を続けていく。

 そして、夕方になり、5時を回ると、ようやくエーリカが1つの鉄鉱石を鉄に変えた。


「1日かけて1個……」


 遅いな……

 遅すぎるくらいだ。


「安心しろ。そんなもんは慣れだ。ポーションやレンガだってそうだっただろ」

「確かにそうですね。それにしても……」


 俺の後ろにある木箱には20を超える魔導石が積まれていた。


「慣れだ、慣れ」


 あと、これが3級の実力だ。


「すごいですねー……」

「まあな。でも、このペースでは間に合わんから残業だ。エーリカは先に帰っていいぞ」

「え? でも……」


 エーリカは良い子だから同僚を残して帰りにくいか……

 俺? 俺は気にせずに帰る。


「ヘレンがいるから寂しくないし、エーリカはエーリカのペースでやれ。空残業で稼ぎたいなら別にそれでもいいが……」


 そんなことに目くじらを立てる気はない。


「い、いえ……じゃあ、お先に失礼します……あの、無理はしないでくださいね」

「はいはい。お疲れさん」

「お疲れ様です」


 エーリカが頭を下げて、帰っていったの作業を続ける。


「エーリカさんに手伝ってもらわなくてもいいんですか?」


 ヘレンと2人きりになると、ヘレンが起き出した。


「エーリカには任せられん。あの少佐は少しでも質を落とすと絶対にいちゃもんをつけてくる。悪いが、戦力外だ」


 というか、絶対にやったことがないだろうし、エーリカを指導しながらでは間に合わない。


「言いすぎでは?」

「事実だ。でも、口には出さなかっただろう?」

「成長されたんですね」


 ヘレンが感心したようにうんうんと頷く。


「まあ、嫌われたくないからな」

「おや? 珍しい。ようやく女性に興味が出てきましたか?」


 俺は中学生か。


「そういうわけじゃない。アデーレの件で思うことがあったんだよ」

「良いことです」


 俺はその後もヘレンと話しながら作業を続けていく。

 そのままひたすら続けていると、夜の9時を回ったので一度立ち上がり、身体を伸ばした。


「まだやられますか?」

「そうだな。何があるからわからないから進められるところまでは進めておきたい」


 これ以上、時間を短くすることはないと思うが、この依頼が嫌がらせである以上、さっさと進めた方が良いだろう。


「今日も部屋の片付けができそうにないですね」


 それどころか平日はもう無理だろう。


「今度の休みにやろう」

「そうですね」


 席に戻り、作業を再開しようと思っていると、階段の方でひょこっとエーリカが顔を出した。


「お疲れ様です。まだやられるんですか?」


 エーリカがこちらにやってきて聞いてくる。


「もうちょっとだけな。どうした?」

「あの、夕食は食べられましたか?」

「いや、まだだ」


 今日の晩飯は携帯食だ。


「良かったら食べます? 夕食の余りですけど……」


 エーリカがそう言ってランチボックスを差し出してきた。


「いいのか?」

「はい。作りすぎちゃったんで良かったら」

「悪いな。ありがたくいただくよ」


 ランチボックスを受け取り、デスクに置く。


「はい。じゃあ、頑張ってください。私も帰って勉強に戻ります」


 エーリカはそう言って頭を下げ、帰っていったのでランチボックスを開ける。

 すると、中にはいくつものサンドイッチが入っていた。


「良い奴だなー」

「本当に良い子ですね……ジーク様、わかってます?」


 ん?


「何が?」

「これ、夕食の余りではなく、わざわざ作ったものですよ」

「え? そうなのか?」

「だって、こんな量のサンドイッチが余るわけないじゃないですか。それに昼もサンドイッチだったのに普通は夜も食べませんって」


 俺は毎食パンだけど?

 いや、それが普通じゃないのはわかっているけども。


「わざわざ作ってくれたのか……悪いことさせちゃったな」

「そう思われたくないからああ言ったんですよ。感謝して食べましょう」


 そうだな……


「ヘレンも食べるか?」

「1つください」


 俺達は夕食のサンドイッチを食べ、作業を再開する。

 そして、日を跨ぐ前に帰り、風呂に入って就寝した。

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