第008話 初出勤!


「ジーク様、起きてくださいよー。朝ですよー」


 目を開けると、掛け布団を猫パンチするヘレンがいた。


「ほら、おいで」


 掛け布団を上げて誘う。


「にゃー! ぬくぬくですぅ……って違います! 初出勤ですよ!」


 嬉しそうに布団の中に入ってきたヘレンがノリツッコミしてきた。


「わかってるよ。起きるわ」


 掛け布団をどかし、上半身を起こす。

 すると、ヘレンが器用にカーテンを開けてくれたので朝日が部屋に飛び込んできた。


「清々しい朝です。ジーク様の新たなる人生の幕開けに相応しいですね」

「そうだな。大変そうだけど、まずは自分ができることをしよう」


 そう言って起きると、軽くシャワーを浴び、朝食を食べた。

 そして、準備を終えると、チェックアウトし、支部を目指して歩いていく。

 数十分かけ、支部の玄関の前にやってくると、建物を見上げた。


「昨日の話を聞くと、余計にさびれて見えるな」


 そこまでぼろいわけではないんだが、なんかそう見える。


「ジーク様を入れても4人ですもんね」

「なー」


 玄関を開け、中に入る。

 もちろん、そこには誰もおらず、受付も空だ。


「まず、あそこに誰もいないってのがありえんわな」


 顔とも言えるのが受付だ。

 このままだと本当に運営しているのかと疑ってしまう。


「一応、呼び鈴はあるみたいですけどね」


 あるねー……


「まあいい。アトリエに行こう」

「まずは挨拶ですよ」

「わかった」


 頷くと、階段を上がり、アトリエにやってくる。

 そして、すでに出勤しているエーリカのもとに向かった。


「おはよう」


 席につきながら隣に座っているエーリカに挨拶をする。


「おはようございます! 今日はいい天気ですね!」


 エーリカは満面の笑みだ。

 それほどまでに誰かがいるのが嬉しいのだろう。


「そうだな。初出勤日和だわ。今日からよろしくな」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 エーリカが頭を下げた。


「エーリカ、早速だが、今後のことを考えよう」

「はい。まずですが、今の仕事を説明させてください」

「頼む」

「現在、依頼が3件です」


 3件……ひっで。


「内容は?」

「軍からポーション30個の納品、役場から方眼紙100枚、レンガ50個の納品です」


 しょうもねー……

 民間の錬金術師に頼めよ……あ、いや、違う。

 これはむしろウチのために作ってくれた依頼だ。


「民間からの依頼は?」

「ゼロです。ここ数ヶ月は1件もありません」


 確定……

 錬金術師協会の仕事は8割が公的機関から依頼だが、民間からだって少なからずある。

 それがゼロってことはそういうことだろう。


「わかった。その依頼の期限と進捗度は?」

「全部、今月中ですのであと10日です。レンガはほぼできていて、現在、ポーションの作成中になります。方眼紙は……やったことがなくて……」


 まだ入って1年やそこらだもんな……

 それに……


 フロアに置いてある機材を見渡してみる。


「随分と古い機械しかないな。今時、方眼紙なんてスイッチ一つだぞ」


 材料を入れたらスイッチ一つでものの数分でできるんだろう。


「そういう機械があるのは知っていますが、ウチにはありません。というか、そういう最新鋭の機械は王都なんかの大都市にしかないですよ」


 そんなもんか。

 ということは昔ながらの方法でやるわけね。

 そんなもん、学校の実習以来だわ。


「わかった。方眼紙の方は俺が何とかしよう。エーリカは残りのポーションを頼む」

「わかりました!」


 とりあえず、今の依頼はなんとかなりそうだな。


「じゃあ、次にだが、支部をどうしていくかを決めよう。エーリカ、この依頼が町長のお情けというか、救済であることは理解しているか?」

「え? そうなんですか?」


 気付いてなかったか……

 いや、エーリカは一人で依頼をこなすだけでいっぱいいっぱいなんだろうな。


「そうだ。依頼がなければ支部が潰れる。それは町長としても協会としてもマズいわけだ。だから適当な依頼をこちらに分配し、とりあえずの体裁を整えてくれているんだろう」


 普通は錬金術師が2人だけになった時点でおしまいだ。

 ましてや、2人共、10級。

 支部としてはとてもではないが、維持できない。

 だが、それは引き抜きがあったからであり、一時的なものと考えているのだろう。


「そ、そうなんですか……なんでです?」

「公的機関である支部を潰すわけにはいかないんだ。もし、支部が潰れたらこの町は民間の商業組合が牛耳ることになり、そうなったら価格が急上昇する可能性もある。俺達は金儲けを二の次と考えるが、民間は違う。あいつらは商人なんだよ。町のことより利益を優先する」


 当然だな。


「な、なるほどー……」


 あんまりわかってないな。

 俺の説明が悪かったかな?

 あまり説明とかは得意じゃないんだよなー……


「まあ、この辺は俺達が考えることじゃない。支部長……はダメか。町長とか本部だな。俺達はこの支部を立て直すことに集中しよう」

「はい! 具体的にどうしましょう?」

「まあ、わかりきっていることだが、人材不足だな」


 それが最大のヤバいところ。


「ですよね……レオノーラさんを入れても3人ですもん」

「支部長は自由にスカウトしていいと言ってくれた。エーリカは知り合いに錬金術師はいないか?」

「魔法学校の同級生はいますが、ほぼ町を出て、都会の方に就職しましたね。残っている人達も昨日、支部長が言っていたような家業がある人達です。とてもではないですが、スカウトはできません。むしろ、ジークさんはどうですか? 王都にいたんですよね?」


 うん……


「スカウトは厳しそうだな……」

「あれ?」

「追々考えよう。まずは目の前の依頼だ。方眼紙を作りたいんだが、木材はあるか?」

「あ、はい。上にあります」


 3階が倉庫だったな。


「ちょっと取ってくるわ」


 そう言って立ち上がり、階段に向かう。


「い、いってらっしゃい…………怒らせちゃった?」

「いえ、実は……」


 内緒話をするエーリカとヘレンを尻目に材料を取りに行くことにした。

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