第007話 にゃー!
エーリカの部屋を出た俺達はエーリカに場所を教えてもらったサイドホテルを目指して歩いている。
「エーリカに出会えて良かったと思うな」
ふと、言葉が出た。
「急にどうしました? ホレちゃいました?」
「違うわ。俺の今までの言動を振り返る良い機会だったんだよ」
「と言いますと?」
「エーリカは終始、優しかったし、良い子だったろう? 俺はあいつの言葉を聞きながら自分だったらどう言ったり、どう返してただろうと考えていた。そして、それを聞いた自分がどう思うかも考えていた」
相手の気持ちになってってやつだ。
「どうでした?」
「俺はことごとく嫌な気持ちになることしか言わなかった。そんな俺と3年間……いや、6年間も同じところにいてもなお、見送りに来てくれたアデーレが天使なんかじゃないかと思うくらいだ」
「実際、そうなのでは?」
そうなんだろうな。
「ありとあらゆるところに圧力をかけたアウグスト……そんなことをすれば自分の評判も下げるのは目に見えているのにそれをした。それほどまでに俺が憎かったのだろう。今ならわかる」
「ジーク様……」
「そして、結論が出た。俺はしゃべらない方が良いと思う」
そしたら誰も傷付かない。
寡黙にただひたすら仕事をしていこう。
「ジーク様、間違っております……それは無視と言うのです。アデーレさんがジーク様を嫌った理由を思い出してください」
挨拶を無視する、他人を見下す、自分を忘れた……
あ、ダメだ。
無視するが入っている。
「少しずつ直していこう……」
「それがよろしいかと思います。マズいと思ったら私もすぐに指摘致しますので」
「頼む」
頼りになる使い魔だなと思いながら歩いていると、サイドホテルという字が書かれた5階建てのホテルが見えてきた。
「なんか高そうじゃないか?」
どう見ても普通のホテルじゃない。
高級ホテルだ。
「よく考えたらアデーレさんって貴族でしたよね?」
確かにそうだ。
友人を訪ねるために泊まったと言っていたが、貴族が安ホテルに泊まるわけがない。
「どうします?」
高そうだなー……
「せっかくアデーレが優待券をくれたんだから行くしかないだろ。多少、高くても一泊だし、俺だって高給取りだったから金はある。新天地の初日は贅沢しようではないか」
「良いと思います。行きましょう」
「よし!」
気合を入れると、ホテルに近づいていく。
すると、ホテルの入口の前にいる燕尾服を着た老紳士が俺に気付き、頭を下げた。
「ジークヴァルト・アレクサンダー様でしょうか?」
え?
「あ、はい」
「失礼ですが、優待券をお持ちでは?」
「これですかね?」
アデーレにもらった優待券を渡すと、老紳士がそれをじーっと見る。
「確かに……ようこそいらっしゃいました。ヨードル家のアデーレ様から『友人がそちらに行くのでよろしく』というお電話を頂いております」
アデーレ……
優待券どころか連絡までしてるし……
「そうか……多分、俺で合ってる」
「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、こちらへ」
老紳士がホテルの中に案内してくれる。
ホテルのエントランスはガラスが多く、日の光がいっぱい入ってきて気持ちいい。
それでいて内装も綺麗だし、絶対に安くない。
俺達はそのまま受付まで案内される。
「こちらはアデーレ様の紹介のお客様です」
老紳士が受付にいる女に声をかけ、優待券を渡した。
「かしこまりました……アレクサンダー様、ようこそいらっしゃいました。お部屋を案内させていただきます」
女がそう言ってビジネススマイルを浮かべながら立ち上がる。
「え? 料金は?」
支払いが先だろう。
「いえ、料金は結構です」
優待券じゃなくて、タダ券?
もしくは、アデーレの力か……
「そうか。では、頼む」
「はい。どうぞこちらへ」
俺達は受付の女に案内され、階段を昇っていく。
そして、最上階となる5階までやってくると、一番奥にある部屋に案内された。
「わぁ! すごいです!」
ヘレンが感嘆の声をもらす。
それもそのはずであり、部屋は広く、豪華だ。
ベッドもキングサイズであり、どう見てもスイートルームである。
さらには窓からは町や海が見え、眺めも最高であった。
「この辺りは観光地だったりするのか?」
案内してくれた受付の女に聞いてみる。
「はい。海や森もありますし、自然豊かですからね。よくご利用いただいております」
貴族のバカンス用の部屋だな……
「そうか……」
「ご夕食はどうされますか? 当ホテルは1階にレストランがありますし、屋上でも食べることができます」
「ここでは食べられんのか?」
「いえ、もちろん、お持ち致します」
じゃあ、ここでいいな。
屋上の眺めも良いだろうが、ここでも十分だ。
「頼む」
「かしこまりました。では、ごゆっくり……」
受付の女は微笑むと、一礼し、退室していった。
「にゃー!」
俺とヘレンだけになると、ヘレンがベッドにジャンプし、ゴロゴロと転がる。
めちゃくちゃ可愛い。
「こういうところで女と過ごすのが男の夢かもしれんが、俺にはお前がいるから十分だな」
そう言って、ベッドに腰を下ろすと、ヘレンを撫でた。
「あれ? 私が邪魔になってる? エリートで高給取りだったジーク様に彼女がいない最大の原因は私?」
「そんなことないぞ。ただお前が可愛いんだ」
出世を断たれた俺に残された道はこの子と一緒に過ごすことだ。
「めちゃくちゃ私が原因だ……あ、ジーク様、アデーレさんに手紙を書きましょうよ」
「そうだな。ここまでしてくれたんだから早めに謝罪と礼の手紙を書いた方がいい」
立ち上がると、備え付けのテーブルに行き、紙とペンを取り出す。
「まずは謝罪だな」
「言い訳をせずにちゃんと誠心誠意、謝るんですよ」
「わかってるよ。相手は貴族だし」
怖いわ。
「そういう打算もなしです。一学友に対し、ちゃんと謝るんです」
「わかった」
ヘレンの指示通りに謝罪文を書いていく。
ただ、謝罪文なんて書いたことがないから手間取ってしまった。
「次はお礼ですね。まあ、これは大丈夫ですよね?」
「まあな」
ホテルの素晴らしさなんかを書いていき、転勤してきた初日に贅沢ができて良かったと書いた。
「次は今後のことを書きましょう」
「今後って?」
「王都に寄ることがあったら食事でもしよう、とか」
なんで?
「詫びか?」
「いや、ご友人なんでしょう?」
あー……
「なるほど。社交辞令か」
実際は行かないけど、そういう誘いな。
人間関係を良好にする社会人のスキルだ。
「悲しきモンスター……」
「いや、実際、王都に戻れることなんてないだろ」
残念ながら。
「まあ、いいですけどね。とにかく、書きましょう」
ヘレンに言われるがまま社交辞令を書いていく。
「こんなもんだな。ホテルの受付に渡して出してもらうわ」
「それがいいでしょう」
部屋を出ると、階段を降り、受付に向かった。
そして、手紙を託し、部屋に戻ると、ヘレンとゆっくり過ごす。
夕食も豪華だったし、眺めを楽しみながら興奮するヘレンと一緒に食べるとより美味しく感じた。
うん、やっぱりヘレンがいればいいわ。
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