第003話 到着
『まもなくリートに到着します。お降りのお客様は準備をお願いします』
スピーカーからアナウンスが聞こえてきたので窓の外を見ると、海や森、それに一面に広がる畑が見えていた。
「自然豊かだな」
「良いではありませんか。私はこういう風景も好きです」
そういえば、生前、同僚が田舎暮らしに憧れがあるみたいなことを言っていたことを思い出す。
その時は『田舎って飛ばされるところで良いイメージなんかない』って返したな……
今思うと、田舎の人をバカにしている発言だし、人の憧れを否定するような発言だ。
嫌われる要素でしかない。
しかも、そう言っていた本人が飛ばされたのだから一つも面白くない。
「田舎って何をするんだ?」
「逆に聞きますけど、都会は何をするんですか?」
…………さあ?
「そうだな……趣味もなく、友人もいない俺には関係なかったわ」
どこでも一緒だ。
「これから頑張りましょう。まずは職場の方と友好な関係を築くことです」
「わかっている。アウグストの件もだが、それ以上にアデーレの件はさすがにない」
俺、アデーレが見送りに来なかったら一生、気付けなかったわけだし。
同窓会なんかに出る気はないが、とんでもない悪口大会が開かれること必至だ。
「それとですが、ジーク様はもう少し、心にゆとりを持つべきだと思います」
「ゆとりとは?」
「ジーク様は真面目な方ですが、若干、ワーカホリックなところがあります。もう少し、プライベートを大事にされた方が良いと思います。このままでは結婚もできず、孤独死ですよ」
結婚ねー……
「せんでいいんだがなー。俺にはお前がいる」
お前さえいればいい。
「ジーク様……嬉しいんですけど、悲しいことを言わないでください」
「はいはい。プライベートを大事にだろ? 別に女に限ったことじゃない。海にでも行って魚を獲ってやるよ」
そういう魔道具を作ってやろう。
「わぁ! 素敵です!」
ヘレンが嬉しそうに見上げてくる。
なんてかわいい子なんだろうか。
生前、猫を飼ったら婚期が遠のくと聞いたことがあったが、まさしくだな。
この子以外にいらない。
ヘレンを撫でていると、飛空艇が着陸体勢に入り、徐々に降下していった。
そして、完全に動かなくなったので席を立ち、飛空艇から出る。
ドックに収まった飛空艇から繋がった渡し版を歩き、ゲートを抜けると、街中にやってきた。
「思ったより、栄えているな」
辺境の地と聞いていたのでもっと田舎町かと思っていたが、普通に栄えている。
王都のような華やかさはないが、落ち着いていて、悪くない。
道もちゃんと石造りで舗装されているし、建物も古いながらビルが並んでおり、近代という気がする。
この世界は現代日本のように発展しまくっているわけではない。
だが、かなり近代に近く、飛空艇、列車、電話なんかもある。
ただし、それらは全部、科学ではなく、魔法だ。
もっと言うと、それらを発展させてきたのが錬金術なのだ。
「全然、都会じゃないですか」
「確かにな。さて、俺はこの地からやり直す。まずは絶対にやらなければならないことは同僚に嫌われないことだ」
ここが大事。
「よろしいと思います」
「頼むぞ、ヘレン」
お前だけが頼りだ。
「お任せください」
「よし。では、挨拶に行くか」
俺の出勤は明日からということになっている。
これまでの俺なら明日から出勤するが、生まれ変わった俺はちゃんと事前に挨拶をするのだ。
まあ、ヘレンにそうしろって言われたからなんだが……
「支部はどこですかね?」
「住所はわかっているんだが……」
地図がないからわからんわ。
まあ、どっかに案内図があるだろ。
そう思って歩き出すと、通りの端にいる女が目に入った。
普段なら目にも入らないし、無視する。
しかし、その女は何かの紙と俺を見比べながらがっつりこちらを見ているのだ。
「お知り合いです?」
ヘレンも気付いたようで聞いてくる。
「うーん……知り合いなんていないんだが……」
とはいえ、アデーレのことがある。
忘れているだけかもしれない。
この町に来たことはないが、魔法学校の生徒は色んな町から来るし、同級生ということも十分にありえるのだ。
そう思ってその女をよく見てみる。
女は肩ぐらいまでの銀髪であり、花の髪留めを付けている。
背はそんなに高くなく、155センチあるかないかだ。
体付きは全体的に細いものの、女性らしい曲線を描いていた。
顔は優しそうな雰囲気であり、可愛らしい。
「知らんな」
誰だ、あいつ?
もしかして、キャッチか?
「ホントですー? ジーク様は前科がありますからねー」
わかっとるわい。
でも、今度は本当にわからないのだ。
飛空艇に乗っている時に魔法学校の卒業名簿を見て、顔を思い出すという作業をしたから間違いない。
なお、その際に思い出したのだが、アデーレはクラスメイトどころか実習でも同じ班だった。
俺は嫌われていたことに傷付いていたが、それ以上にアデーレを傷付けていたのだ。
「うーん……とりあえずは無視だな」
「ジーク様ぁ……」
ヘレンの情けない声で選択肢を間違えたかなと思っていると、向こうからこちらにやってくる。
これはさすがに無視できないのでそのまま待つことにした。
「あのー、ジークヴァルト・アレクサンダーさんでしょうか?」
俺を知っている?
「誰だ、お前?」
失せろ。
「ジーク様ぁ!? 私の話を聞いてました!?」
失せろは口に出さなかったのに……
「すまん。もう一回やり直してもいいか?」
「え? あ、はい」
女は頷くと、何故か離れていく。
そして、数メートル離れた後にこちらを振り向き、近づいてきた。
「あのー、ジークヴァルト・アレクサンダーさんでしょうか?」
……え?
そこから?
「……ええ。私がジークヴァルトですが? 失礼ですが、どこかでお会いしましたかね?」
肩にいるヘレンが満足そうに頷いている。
「いえ、私は錬金術師協会リート支部に所属しているエーリカです。ジークヴァルトさんのお迎えに上がりました」
同僚だったのか……
やり直して良かったー……
「それはありがとうございます。しかし、私の出勤は明日ですよ?」
「ジークヴァルトさんは王都出身と伺いました。この町に詳しくないでしょうし、案内しようと思ったんです」
エーリカがニコッと笑った。
すると、ぐにゃーとエーリカが歪んでいく。
「おー……ヘレン、目の前が歪んでいくぞ」
「ジーク様ぁ!? お気を確かに! 浄化されないでください!」
これが人間性の違いか……
俺はそんなことを考えもしないというのに……
「ど、どうしました? ご気分が優れませんか? もしかして、長旅で?」
「い、いや、何でもないです。申し訳ないですが、支部に案内してくれないでしょうか? 支部長に挨拶をしたいのです」
「はい。こちらです」
エーリカが笑顔で頷いて、歩き出したので俺達はついていくことにした。
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