左遷錬金術師の辺境暮らし ~元エリートは二度目の人生も失敗したので辺境でのんびりとやり直すことにしました~

出雲大吉

第1章

第001話 そりゃ嫌われる


「クソッ!」


 俺は自室で机を叩くと、酒を一気飲みする。

 自作の間接照明だけが点いた薄暗い部屋にある窓にはやさぐれた自分の姿が映っていた。


「ジーク様……飲みすぎでは? お体を壊しますよ?」


 部屋にいた黒猫がそう言いながら椅子に座っている俺の膝に飛び乗ってきた。


「ヘレン、俺が何をした? なんでいつも恨まれなければならない?」


 俺は普通に仕事をしていただけだ。

 それなのに軍の飛空艇製作のチームから外された。

 それは実質、出世街道から外れたことを意味する。


「ジーク様は悪くないです……多分、アウグストが手を回したのでしょう」


 アウグスト……

 軍の飛空艇製作のチームの枠を争っていた大貴族の次男坊だ。

 家柄は最高だったが、錬金術師としての腕は俺の方がはるかに上だった。

 資格にしても俺は3級国家錬金術師であいつは5級止まりだ。

 だから本来、争いなんてない。

 俺が選ばれて当然なんだ。

 それなのに……


「恨んで圧力をかけたか……クソッ!」


 空いたグラスに酒を注ぎ、またもや一気飲みをした。


「ジーク様ぁ……もうよしましょうよー」


 ヘレンが俺の身体をよじ登り、肩にとまった。

 俺はそんなヘレンを撫でる。


「前世もだった……前世も恨まれて殺された」


 俺は前世の記憶がある。

 日本という国で生まれ育った。

 頭が良かった俺は日本で最高の大学を卒業し、大企業に就職し、出世していった。

 だが、同じように出世争いに負けた相手に恨まれ、あろうことか、社内で刺殺された。

 今でもあの時のことを夢見る時もあるし、あのきらりと光る包丁と同僚のよどんだ目を忘れられない。


「それは存じております。逆恨みする相手が悪いです」


 そうだ……

 それは当然、そうなのだ。

 だが、前世の失敗は繰り返してはいけないと考え、錬金術とは別に魔法も学び、万が一に備えていた。

 だが、今度は貴族とかいう権力だ。

 ふざけんな!


「いつも実力とは違う何かが邪魔をする! 無能共め!」


 前世は裕福な家の子ではなかった。

 だから人一倍努力をしてきたし、その努力と才能で勝ち続けてきた。

 今世もまた、孤児であり、ドが付くほどの貧乏生活だった。

 だが、それでも勝ち続けた。

 勝ち続けたのに生まれが良いだけの貴族の無能に潰されるとは……


「ヘレン、俺の何が悪い? どこで失敗した?」

「ジーク様は何も悪くありませんし、失敗しておりません。相手が悪いのです」


 うーん……

 ウチの使い魔は可愛いし、賢い子なんだけど、褒めることしかせんからな……


「正直に言え。これを失敗と考え、次に繋げなければならない」


 愚痴を言うだけなら無能でもできる。

 これを次に繋げることこそが大事なのだ。


「で、でも……」

「言え」

「……ジーク様は頭も良いですし、錬金術師としても、前世の知識も相まって間違いなく国一番の錬金術師だと思います。それに魔力も高いですし、魔法の腕も素晴らしいです。22歳という若さで3級国家錬金術師と5級国家魔術師の資格を得たのは長いこの国の歴史でもジーク様だけでしょう」


 それは当然のことだ。


「俺はそこら辺のボンクラとは違う。才能があり、上に立つべき人間なのだ」


 この国一番の魔法学校も首席で卒業したし、史上最年少で国家錬金術師の資格も得た。

 まさしくエリートであり、将来が約束された男なのだ。


「そこです…………ジーク様は自然と他人を見下し、協調性もありません。自分にも厳しいですが、他人にも厳しい。恨まれて当然ですし、出世争いに負けて当然です。私はただの猫ですから気にしませんが、いくらなんでももう少し、他の人に柔らかく接するべきだと思います」


 ……はっきり言うな。


「お前、そんなことを思っていたんだな……」


 何も言い返せんかったわ。


「だってぇー……もう少し、周りに優しくしましょうよー。いつも私を撫でてるみたいに」

「お前は可愛いもん」


 子供の頃に契約した使い魔。

 特に何かをするわけではないが、そこにいるだけで心が和やかになる。


「他の人も可愛いですって」

「可愛くない。人間は醜い。一皮むけば欲望と他人を蹴落とすことしか考えてない悪魔だ」

「………………」


 ヘレンが無言で鏡みたいになっている窓を見る。

 そこには出世欲に憑りつかれた悪魔が映っていた。


「くっ! わかっている! わかっているんだ…………その悪魔が俺なんだろう。醜く、出世のことしか頭にない……恨まれて当然なんだ」


 絶対に友達になれない人間だ。

 ましてや、これが同僚なんて最悪。

 皆、そう思っているのだろう。


「ジーク様、確かに飛空艇製作のチームからは外れましたが、別にそれで完全に出世の道から逸れたわけではありません。他の道もあります。ちゃんと反省し、これからは他人を思いやりましょう。このままだと一生独身ですよ」


 別に独身でも構わないが、今のままではマズいことは理解した。

 さすがに二度も失敗したらわかる。


「他人を思いやる、か……どうやるんだ?」

「あなたは悲しきモンスターですか……」


 俺、わからない……思いやり、知らない。


「ハァ……わかった。やってみよう」

「私がお手伝いしましょう。愛されることに特化し、人の心を完全に理解した猫ちゃんが教えてあげます」


 猫の方が人の心に詳しいのか……

 悲しい……




 ◆◇◆




 翌日、二日酔いで頭が痛かったが、自作の二日酔いの薬を飲んで治し、仕事場である錬金術師協会本部に出勤した。

 そして、本部のビルに入ると、3階にある自分のアトリエに行くために階段の方に向かう。


「ジークヴァルトさん、ちょっとよろしいですか?」


 歩いていると、正面の受付にいる赤髪の女が声をかけてきた。


「何だ?」

「ジーク様、レッスンその1です。丁寧な言葉遣いが大事です」


 肩にいるヘレンが囁いてきた。


「わ、わかってるよ」


 俺は気を引き締めながら受付の方に向かう。


「挨拶も大事ですよ」


 はいはい。


「おはようございます。どうしましたか?」


 ヘレンに言われた通り、挨拶と丁寧な言葉遣いを心掛ける。


「え? あ、はい……本部長がお呼びですけど……どうしたんです?」


 受付の女が驚いている。


「どうしたとは?」

「いや、挨拶なんてしたことなかったじゃないですか」


 え? そうだっけ?

 俺、ここで3年は働いてるんだけど……


「昨日、ウチの飼い猫が『お前、感じ悪い』って言うもんでしてね。そんなことないですよね?」


 そう聞くと、受付の女が何も言わずに真顔になった。


「ジーク様、さすがにわかりますよね?」


 うん……

 めっちゃ嫌われてる……


「…………何が悪かったのかな?」


 ヘレンに小声で聞いてみる。


「挨拶を無視する、他人を見下す、そして何より、あなた、いまだに私の名前すら知らないでしょう?」


 ヘレンに聞いたのに受付の女が答えた……


「………………」


 だって、受付の名前なんて覚える必要ないし……

 いや、わかっている。

 これがダメなんだろう。


「ハァ……本部長がお呼びです。至急、本部長室まで行ってください」


 受付の女が階段を指差したのでトボトボと歩いていく。


「もう手遅れじゃないか?」


 俺、想像以上に嫌われているわ。


「大丈夫ですよ…………ジーク様には私がついています!」


 いや、お前の心が折れてないか?


 階段を上がっていき、5階の本部長室の前まで来ると、扉をノックした。


「ジークヴァルト・アレクサンダーです」

『入れ』


 中から女性の声が聞こえてきたので扉を開け、中に入る。

 すると、デスクに肘をついている黒髪の女性がいた。


「おはようございます、本部長」

「ああ、おはよう」

「受付からここに来るように言われましたが、いかがしましたか?」

「いかがしました、か…………軍の飛空艇製作チームから外れた翌日にのんきなものだ」


 のんきじゃない。

 今でもひどく傷付いている。

 でも、それ以上のことがあったのだ。


「私の能力がなかったのでしょう」

「そうだな。お前は無能だ」


 ぐさっ。


「ご期待に沿えず申し訳ございません」


 傷付きながらも頭を下げる。

 俺を推薦してくれたのは本部長なのだ。


「ハァ……アウグストが手を回したことは?」

「想像はついております。あの男はプライドだけは一流ですので」

「そうだな……まあ、こういうこともあるし、次に繋げてほしい……と言いたいのだがな」


 ん?


「どうしました?」

「アウグストの奴はお前を相当、恨んでいるようだな。フリーになったお前を他のチームに入れようと打診したが、そのすべてに断られた」


 え?


「すべてですか?」


 本部のチームがどれだけあると思っている。

 軽く100は超えるぞ。


「そうだ。アウグストが圧力をかけた」

「そうですか……」


 そこまでするか、あいつ……


「だがな、ジーク……確かにあいつの家は強いし、圧力もかけられよう。しかし、そんなものは跳ね返そうと思えば跳ね返せる。ここは国家錬金術師の総本山だぞ」


 わかっている……それもわかっているんだ。


「その跳ね返せる労力に私が見合わなかったのでしょう」

「お前は賢いな。本当に賢い。だからはっきり言ってやろう。そうだ」


 知ってる。


「すべては私の力がなかったこと……ご迷惑をおかけします」

「本当だよ。私はお前を高く買っていた。子供の頃から優秀で、人には思いつかないものを思いつき、それを可能にしてきた。その貪欲ともいえる向上心は素晴らしいものだと思った。数いる私の弟子の中でもお前に勝る者はおらん」


 孤児だった俺は子供の頃に本部長に見出され、師事していた。

 だから孤児で庶民の出の俺が王都の魔法学校にも通えたし、ここで働けたのだ。

 そのすべては本部長が推薦してくれたから。


「過分な評価です」

「まったくだ。3級の国家資格を持つ者が100を超えるチームから門前払いは逆にすごいわ。よくもまあ、これだけ私の顔に泥を塗れるもんだな」

「申し訳ございません」


 何も言い返す言葉が思いつかない。

 錬金術や魔法を教えてもらい、推薦までしてくれた。

 そして、奨学金なんかの保証人にまでなってくれた後見人であり、恩師なのだ。


「ハァ……魔法や錬金術よりも先に人としての道を教えるべきだったわ。後の祭りだがな」


 あ、やっぱりもうダメっぽい。


「本当に申し訳ございません」

「もうよいわ、バカ。ほれ、お前の次の職場だ」


 本部長が紙を取り出して、デスクに置いたので、一歩前に出て、紙を取った。

 そして、紙に書かれた辞令を読んでいく。


 なるほど……

 リートの町に異動……か。


「ジーク様、リートってどこですか?」


 一緒に辞令を見ていたヘレンが聞いてくる。


「南の町だな」


 俺はこの国の町の名前はすべて覚えている。

 だからこの辞令の意味することがわかった。


「良い町だぞ。穏やかだし、海も近いし…………まあ、ここからはかなり遠いがな」


 本部長がタバコを取り出し、火を点けながら教えてくれる。


「どうしてここに?」

「錬金術師の数が足りないんだと」

「そうですか……」

「交通費は出してやるから飛空艇を使ってもいいぞ」


 そりゃありがたいね。

 遠いから引っ越し代もバカにならない。


「期間は?」

「書いてあるか?」

「いえ……」


 空欄だな。


「じゃあ、そういうことだ……一からやり直せ、バカ弟子」


 本部長がしっしと手を振る。


「失礼します」


 頭を下げて、退室すると、階段を降り、自分のアトリエに向かった。





――――――――――――


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