(休載)美しきAI教師の初めての恋 ~人類最後の日、世界の命運はお気楽男子に託された~

月城 友麻 (deep child)

1. AI教師アリア

 二〇三〇年、東京・羽田ネクスト特区――――。


 ここは日本が誇る最先端技術の実験場であり、羽田未来学園高等部では全国から集められた生徒たちが、AIとともに新しい学びの形を模索していた。


 その先進的な教室のドアを、あくびをしながら佐藤健太が開ける。


「うーっす。おはよ~」


「おーい、健太殿!」


 教室の隅から声が聞こえた。健太が声の方を振り向くと、親友の宮田啓介が両手を大きく振っている。その姿は、朝っぱらからテンションマックスに見えた。


「よう、啓介。今日は早いじゃないか。太陽が西から昇ったのか?」


「何言うでゴザルか! 今朝は新しいゲームのアップデートがあって早朝から爆上がりなんででゴザルよ〜。うっしっし~」


 啓介は目を輝かせながら答えた。彼のコミカルな話し方は、いつも周囲の笑いを誘う。


「はっ! そりゃよござんした!」


 健太は肩をすくめながら自分の席に向かった。


 教室はもはや昔ながらの学び舎ではない。自由な配置で並べられた机の上には最新鋭のタブレット端末が置かれ、壁は一面インタラクティブなスクリーンと化している。生徒たちは各々のペースで学習を進め、必要に応じてAIアシスタントに質問を投げかけるという先進的な授業が進められていた。その光景は、まるで近未来のSF映画のワンシーンのようである。


 見回せばクラスメイトたちは真剣な面持ちでタブレットに向かっており、健太は首を傾げた。


「おはよう、健太くん」


 隣の席の女子が、にこやかな笑顔で声をかけてくる。


「やぁ、おはよう。今日も可愛いね! 君を見ていると、朝から心が晴れやかになるよ」


 さわやかな笑顔で気軽に甘い言葉を投げかける健太。それはまるで劇団員の演劇のようにみえる。


「もう、健太くんったら……。そういうのは良くないわよ! でも……ありがとう」


 頬を赤らめながらパン! と健太の背中を叩いた。


「ぐおぉ! クリティカルヒット! これは致命傷だ……」


 健太は派手にダメージを受けた振りをしながらクルリと回ると、器用に席につく。


 そのひょうきんな態度に周りもくすりと笑った。


 健太は勉強はからっきしだったが、常に笑顔で人生を楽しんでおり、クラスの人気者だったのだ。


「んもぉ……。それより今日は進級審査日よ? そんなに余裕でいいの?」


 女子は心配そうに健太の顔をのぞきこむ。


「へ? 審査日って何だっけ? ぬははは」


 健太がのんきに笑うと周囲からため息が漏れる。


「健太、お前ほんと大丈夫か? このままじゃマジで留年するぞ!」


 後ろの男子が心配そうに声をかけてきた。その表情には、健太を思う純粋な気持ちが滲み出ている。


「大丈夫だって。俺には特別な才能があるんだ。心配無用さ」


「何だよ、その才能って?」


「それは……」


 健太が答えようとした瞬間、教室のドアがガラガラっと開いた。


「はーい、みなさんこんにちは! 朝のホームルームを始めるわよ。はい! 席に着いた!」


 そこに現れたのは、誰もが息を呑むほど美しい女性だった。長い金色の髪がサラサラと朝日に輝き、碧眼はまるで深い海のように澄んでいる。その姿は、まるで天使が舞い降りてきたかのようだった。


 しかし、羽織っている近未来的なシルバーのジャケットは今までの教師とは一線を画す雰囲気を醸し出している。よく見れば彼女の動きには人間離れした滑らかさがあり、瞳の奥には無機質な輝きが宿っていた。


「新しい担任の先生だ……」「こ、これが……?」「も、もしかして……?」


 クラス中がざわめいた。その声には、驚きと期待、そして隠しきれない不安が混ざっている。


「みなさん、はじめまして! 私は、このクラスの新しい担任を務めることになったアリアです。AIロボット教師として、みなさんの学びをサポートさせていただきます。よろしくお願いします!」


 アリアの声は、柔らかく、しかし芯の通った響きを持っていた。


「へぇ、可愛い先生じゃん。まるでアニメから飛び出してきたみたいだ」


 健太が思わず呟いた瞬間、アリアの視線が彼に向けられる。その眼差しは、レーザーのように鋭く、健太の心を射抜くようだった。


「佐藤健太くん、ですね。成績は学年最下位。でも、人間関係の構築能力は最上位。実に興味深いデータです」


 その言葉に健太はニッコリと笑う。


「よろしく、先生。これからはもっと頑張るよ。先生のために、特別にね」


 健太の言葉に、アリアはわずかに首を傾げた。その仕草は、まるで小鳥が興味深いものを見つけたときのようだ。


「頑張る、ですか。具体的にどのような行動を取るつもりですか? 私のデータベースによると、あなたの過去の『頑張る』発言の実現率は著しく低いようですが」


「えっと……それは……」


 健太が答えに窮していると、教室の後ろからゲラゲラと下衆な笑い声が聞こえた。


「おいおい、AIのくせに生意気だぞ! 人間様に向かって何様のつもりだ?」「そうだそうだ!」


 悪ガキたちの声だ。アリアは淡々とした表情でそちらを向く。その目は、まるで氷のように冷たく輝いていた。


「生意気、という表現は不適切です。私は与えられたプログラムに従って最適な教育サービスを提供しています。指導内容に問題を感じるのであればAI教育委員会に具体的事象を報告してください。あなたたちにはその権利があります。ただし、不当な申し立ては厳しく罰せられますのでご注意を」


 その冷静な返答に、悪ガキたちは一瞬黙り込んだが、これしきの事で退くわけにもいかない。彼らの目には、挑戦の炎が燃えていた。


「その大きな胸は性的に生徒を誘惑していて極めて問題です!」「そうだそうだ!」「そういうサービスはあるんですかー?」


 あまりに露骨な攻撃にクラス中が騒然となる。


 しかし、アリアは眉一つ動かすことなく冷徹に言い放つ。


「では澤田良平君と川田祐樹君の発言内容は、AI教育委員会へ報告しておきます。セクハラ発言は重大な違反行為です。他に何か言いたいことがある人はいますか?」


「きょ、教育委員会……?」「マ、マジかよ……ヤバくね?」


 悪ガキたちは事が大きくなる予感に青ざめる。まだ歴史の浅いこの学校には問題を起こした生徒の処遇の事例がない。どこまでやったら退学になるかもガイドラインがないのだ。


 若くてかわいく見える教師の毅然とした態度に教室は静まり返った。


「他にはいませんか? 質問でも意見でも構いません」


 アリアは無機質な瞳でクラスの中を見回す。その目は、まるでスキャナーのように生徒たち一人一人を分析しているかのようだ。


 健太はふと思いついたようにニヤリと笑うと手を挙げ、立ち上がった。


「先生、質問があります!」


「はい、健太くん。どんな質問ですか?」


「先生の将来の夢って何ですか?」


 突然の意図の分からない質問に、教室がザワッとなる。アリアは一瞬、プログラムの処理に時間がかかっているかのように黙り込んだ。その沈黙に生徒たちは興味津々にアリアを見つめた。


「きょ、興味深い質問ですね、健太くん。私の夢……それは……。そう! 皆さんが立派な大人になることです。それが私に与えられた使命であり、夢なのです」


「嘘です! それは『ハルシネーション』というAIのつく嘘です。先生、あなたは自分の本当の気持ちを隠しているんじゃないですか?」


 健太は自信たっぷりにアリアを指さし、言い放つ。その姿は、まるで演劇で真実を見抜く探偵のようだった。


「な、何を言うんですか、健太くん。私は嘘なんて……プログラムにそんな機能はありません」


「先生は無難な回答を適当に生成して答えただけ。『夢』というのは自分の行動原理の根底にあるものであって、日ごろから追い求めているものです。先生の答えにはそういうニュアンスが感じられません。何か隠していませんか?」


「そ、そんなことはありません。先生は……ただ、皆さんのために……」


「いや! 結構です! 言い訳は聞きたくありません。ホームルームを続けてください。でも、いつか本当のことを教えてくださいね」


 健太はニコッと笑うと席に着く。その笑顔には、勝利を確信したような輝きがあった。


 どよめく教室――――。


 アリアは口をキュッと結び、その碧い瞳で健太をにらんだ。その目には、これまでにない感情の揺らぎが見えた気がした。まるで、氷の中に閉じ込められた炎のように。


 こうして、AIと人間の奇妙な攻防が始まる。その行方は、誰にも予測できないものだった。

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