彼女は一体いつ死んだのか

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彼女は一体いつ死んだのか


 画面内でほほ笑む女型のそれ。


 分からない人間からすれば十派一絡げにして、内野に入れば必死に個性を主張し合うそれら。

 同調されそうな事を行い、時に人を煽り、魅了し、同情を買い、微笑み、笑い、泣き、媚び、怒り、狂気に取り込まれたような振る舞いで意表を突き、人から金と時間を巻き上げていく。


 それを殺してやろうと思った。


 きっかけは何と言う事もない。

 ただ、いくら金を払っても得るものがないこの虚しさから解放されようと思っただけだ。

 好きだった?嫌いになった?勝手な思い込みによるもの?

 そういうものではない。

 ただ饗宴が延々と繰り返されるうちに、水気を失い粘度を増して砂利や小石を巻き込み出し、それが地べたをこすり落として窪んでいき、段々と、排水溝に吸い込まれるように丸ごと落ちて行く。

 その中に自分がいると気付いてしまった瞬間の、どうしようもない嫌悪感。

 そしてそれを口を出して、誰にも理解されなかったあの絶望感。距離を置いた時に見える醜悪さとそこに自分が存在したという羞恥心。

 全てを消してしまいたくなって、それが正しい事のように思えた。

 それだけの話だ。


 幸い、女は愚かだった。非常識で身の丈も知らない。

 更には他人が転んで怪我したと気付けば行って踏み付ける人種である。

 見る者が見れば本気と狂気の境は明白で、その嗜虐性を笑いとはするものの人としてはまともに交流が出来ないタイプであろうと常々思われていた。

 本人が豪語する通り生活状況も最悪らしく、そうなれば身体機能が落ちるし引き摺られるようにして脳の機能も下がっていく。

 欲深く独善的な部分を抑えられないせいで、日々事は悪化していく。

 結果として不用心に散らかされた個人情報の数々を膨れ上がった敵が拾い、集る愉快犯が精度と純度を上げる。


 これを元に正体を暴く事はあまりにも簡単だった。

 まして利便が高い繁華街に住んでいるのだから行動を起こすのに悩む必要すらない。

 周囲に煙たがられて家族も近所付き合いもない。

 かつては恋人がいたそうだが賑々しい世界に呑まれてその関係は立ち消えたと言う。

 社会を生きる分にはそれでも構わないのだろうが、人として生きるにはあまりに足りない物が多い。

 女の存在に不快を感じない者は同類ばかりで、実質女にとっては敵と変わらない。

 それもまたこちらにとっては都合が良かった。



 人の命を奪う、それだけなら大した工夫も必要ない。

 生き物はいつだって脆い。



 画面の中のどれよりも醜い本体の亡骸を、さてどうしようかと悩む。

 目的が果たされた以上、これが見つかってしまおうがどうなろうがまるで構いはしない。

 後々狂人扱いされようが、既に理解は拒まれた後だ。

 逆に何らかの社会的反応が生まれたとして、それが何かになるとも思えない。事は起きて終わった後なのだから。


 ただ、少しばかり余興が欲しい。そんな気分にはなった。

 食材はないのに酒はあり、服はないのに化粧品はあり、物はないのにゴミはある。

 そういうバランスの崩れた室内で、妙に整った女のデスク周りを眺める。

 機材、それから手帳とメモ用紙。全てを漁り開いていく。

 要所要所に女の持っていた乱雑さと神経質さが垣間見えた。

 短くはない時間をかければ画面で良く見た女の外側に触れる事に成功した。



 こんな物に人の心は蠢き揺れるのか。いっそ虚しさが募る。

 女だった物が『女』であった頃の音声、動作、発言の傾向、発信手段。

 それらの記録が無限で広大な、それ故開かれなければ誰にも見つからない、結局はちっぽけな所に凝縮されている。

 時をどれだけ生きても焼けば灰になって消える人の生と変わらない、そう考えればこれもまた人生と呼んでいいのかも知れないが。



 哀れな『女』に新たな魂を授けよう。



 引き摺り出した臓物に近しい一切を抱えて女の住まいを出る。誰かに見つかるかと思ったが、そんな事は起こらない。

 結局それがこの女の全てであり、この世の全てだ。



 データと知識があればどうとでもなってしまうのが現代の良さであり悪さである。

 先人が重ねてきた人間の模造が高度化する一方で、人間が模造品に寄っていったのだからその境界線は嫌になる程薄っぺらい。

 調整には当然時間がかかる。

 けれどそれを補助する手段もまたあり、元々人間自体がブレのある存在だという点も考慮すればまるで不可能という事はない。

 何より元となる女が女だったし、それを囲う方も囲う方で、眺めている方も眺めている方だ。

 異変を気にしたフリで自分の評価と承認欲求を満たす、或いは自分の中の正負の帳尻を合わせたい、ただそれだけの事。

 全ての頭蓋骨の中に真実を探す知性が詰っていたとしたらこんな世界にはなっていない。



 ある日突然姿を消した女。

 事故だ、事件だ、話題狙いの挙動だ、下世話な話だ勘繰りだと一瞬盛り上がった炎はあっという間に鎮火する。

 それを見計らって魂の異なる『女』を注ぎ込むと世間はあっさり受け入れた。馬鹿馬鹿しくなる位に。


 勿論明確な違和感を抱いた者も居たかも知れない。

 しかし余計な口を開けば潰される世界で厄介事にどうして関わりたいと思う?

 まともな人間こそ引かれたラインを越えようとはしない。

 誰も彼も見ざる聞かざる言わざるの精神で些細な問題とやり過ごす。


 欲望に躍る人間にとってはそれが都合の良い消耗品であれば良い。


 そうして偽りは完成する。

 果たして真実が現れるのはいつの事か。或いは一生来ないのかも知れない。

 どちらにしても関係のない話だ。



 拒まれた世界に一切興味はない。

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