ソラノカナタ

菜野りん

昨日

「死にたいんだぁ……」


それがそらの口から出たことを理解するのに時間がかかった。

月に照らされて金色に見えるクルクルとした髪が靡く。化粧も濃い。


し、に、た、い、ん、だ


ゆっくりと飲み込んだその先にあったのは安堵だった。

そっか、こんな子でもそう思うんだ。

じゃあ、私がいつも思うのは普通なのかな。

きしむブランコの音が静かな夜に響く。

「そっか。」


そらはまだ……3ヶ月くらい?の付き合いしかない。

そんな子に打ち明けるほど、深刻なのだろうか?

でも私はどこか喜んでいる。

そらは基本ギャル仲間としか話さない。

そんな子が家の方向と、最寄りの公園が同じと言うだけでこんなに頼ってくれるなんて。

そう思ってから、ため息が出た。

そうだ、私である理由なんてない。

同じ条件なら誰だって構わないのだ。

もしかしたらそらは私を人間と認識していないかもしれない。

愚痴や独り言を言いたい夜に無理に人間を選ぶ必要もない。

そんな私に対してそらは何も考えていないように足を動かした。

ブランコが揺れ動く。

前に行ってそのまま戻ってこないのではないか。

そんな思いに反してゆっくりと戻ってきた。


チェーンの軋む音。

錆びた鉄の匂い。


「どうしたらいいんだろう。」

それは誰かに聞いているのとはまた違う。

自分に問いかけているような気がした。

私は居るにはいるけど、そらの瞳にはうつっていないのだろう。

所詮、道具と言ったところか。

今までつまらない意味もない話ばっかりだったけど、こんな重い話もごめんだ。


「あーあ、いいなぁ……あんたは可愛くてさ。」

憂いを帯びた目で見つめてきたそらはいつも私の容姿を褒める。

そんなことは聞き飽きている。

容姿を褒められたところで今更そんなに嬉しくはない。

あまりにも見え透いたお世辞。

とりあえず「ありがとう」と頭を少しだけ下げた。


「あんたみたいなら人生楽しいんだろうね。」

よくそういう決めつけがすごい人っているけど、何を持ってしてそんなことを決めつけるんだろうかと思う。

表に出ている本音なんて本当に微々たるものでしかない。

友達が多い、明るい、元気。

イメージだけで全てを決めつける。

心の底で何を考えているのかなんて、知らないくせに。

考えもしないくせに。


「そっちは楽しくないの?」

「あたし……は、」

そらが言葉に詰まった。

そうやって返されることなんていくらでも想像できただろうに返答を用意していないのか。

いや、本人も見つけ出せていないのかもしれない。

「楽しそうに見えるから、即答すると思ってた。」

「それは……」

そらは色素の薄い髪を指でからめた。

「そう……だね、楽しいんだろうね。」

やっぱり、答えが見つけられていないんだろう。

1歩引いた他人行儀な視点は彼女の精一杯の答えなのかもしれない。


「死にたいっていうのは?どうして?」

「理由なんてないよ。むしろ理由がないからかな。」

そらはどうも自分の考えていることを言語化するのが下手なようだ。

もしかしたら、文字になどできないほどに難解な思考をしているのかもしれない。

「ふーん。」

正直なところ、そんなに興味はない。

社交辞令とかそんなもんだ。

お互い深入りはしない。

本音を言うとそんなに興味がないのかもしれない。


「人間って、難しい。」

「そうだね。」

そっけないかもしれなかったけど、私の精一杯の同意だった。

それは誰もが一度は考えたことのあることだろう。

私だって眠れない夜に考えたことがあった。

私はゆっくりと砂を踏みしめて立ち上がる。


「ねえ、そら。」

「……ん?」

一拍遅れてそらが顔を上げる。

「死ぬ時は教えてよ。」

「え?」


「私も死ぬ。」


それは条件反射のようなもの。

そらはその瞳がこぼれそうなほどに目を見開いていた。

あんぐりと空いた口から少し不揃いな歯が見える。

私も同じ気持ちだった勢いだけで言い切ると背中がじっとりとしめる。

「……そう。」

そらはなんでもないようにまた俯いた。

それが精一杯の強がりなのはわかっていた。

そらはただつまさきを、見ていた。

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