アイアムアドベンチャラー

@anyohajose

第1話 アイアムアウトサイダー

 背丈の低い草が生え揃う少し湿った草原。一度踏めばくっきり跡を残すだろう。

そんな牧歌的な場所に絹を裂くような絶叫が響いた。


「ア~~~~~~~~プス様ァァァァァァァァッ!!!!

助けてくださァァァァい!!!!」

背はそこそこ高く、可愛らしさを残した顔立ちの青年が走っていた。絹を裂くような絶叫を響かせて疾走していた。

あまりにも必死で不格好な走り姿はある種の滑稽さすら感じさせるだろう。

必死の形相で走る青年はこの場にいない誰かへ思考による会話を試みた。


「(アープス様お願いです!お願いですから早くワタクシめを助けてください!

でないと貴女の愛しい信徒はオークの棍棒でミンチにされちゃいますゥ!!!!」

『わ、分かりましたから落ち着いてください御託みたくしさん!貴方を追うオークも足の速い種族ではありませんから、長く走れるよう抑えて走ってください』

誰かの声は、焦りで滅茶苦茶な走り方になっている青年を落ち着かせようと必死だ。

御託みたくしと呼ばれた青年の後方には、筋肉と脂肪を身に纏った豚面の怪物が数えきれないほど迫っていた。

『御託さん、早く<祈り>をしてください!アープスの準備は出来ています!』

「リクエストは鉄砲!!拘りなんて気にしてられるか命には代えられねえ!!

布施も言い値で持ってけェ!!!!」


<主よ、貴女の教えを尊び準ずる信徒にアハウフンな文明の暴力をお恵みください>


走るための手振りを止め、青年の胴の前で手を組み唱えた<祈り>は、世界を動かす力となって表れた。

『<祈り>を認めました。鉄砲を検索... ...東京都浅草にて発見、送付します』

「よくも追い回してくれやがったな怪物どもめ!人類の編み出した究極の暴力兵器に慄け... ...?」

聞こえてた「東京都浅草」に思わず反応する青年。しかしそれを歯牙にも懸けずに、間もなく届く奇跡祈りへの返答を受け止めるべく手を前に伸ばし走る。ぱっと光って咲いた花火のような閃光が青年の前で炸裂し、物体を手の内に落とした。

(たしか上の部分を引いて撃つ準備するんだったか。)

「ひゃぁ!!俺の鋼の肉体が欲しけりゃくれてやる!代わりにこの鉛玉でなァ!!」

青年は落ちてきたものを、勝ち誇った顔で怪物たちに向けた。

取り寄せた物品をまじまじと見る青年。

目を大きく開いていた青年は目を鋭く細めると、それを怪物の群れに投げ込んだ。


「アープス様ァァァァ!!これ鉄砲は鉄砲でも... ...


豆鉄砲まめでっぽう』じゃねェかァァァァ!」

体を正面に戻し、全力疾走を再開した青年は思わずツッコミを口にする。

「ちょっとアープス様、これ浅草土産ですよね!?豆鉄砲で対処できるのは鳩ぐらいなんですよォォォォ!」

『すみませんすみませんすみません!焦るあまり確認を怠ってしまいました!』

ここにはいない誰かの謝罪に返事をする余裕もなく、青年は必死に思考を巡らせる。

「あの数を相手できる<魔術>は知らない、下手にデカいの撃てばガス欠まっしぐら!槍を振り回しても俺じゃ袋叩き!やべーよこれ詰んだ!?」

息が続かなくなってきたか、あるいは焦りが極限まで高まってきたか。段々と青年の顔が青くなってきた。

青年は項垂れていた頭を起こすと、自分の手札を振り返る。


 (俺に扱える<魔術>は小規模、基本種の土水風火雷闇を少し出せるだけ。

背中の相棒やりだって市販品... ....呪いの朱槍みたいな大仰なものじゃァない... ...

直接戦闘になれば肉袋にされるのは間違いなく俺!つまり勝利条件は遁走一択!

ならば、俺が生き残れる唯一解はこう...!)

「クソッタレ... ...この盤面覆すためだ、やってやろうじゃねえかよこの野郎!」


青年は豆鉄砲を向けた時のように後ろを振り返る。

虚勢を振り絞って嘲笑を浮かべ、怪物の注目を集めるように右手でサムズダウン、左手でファックサインを示す。

指の周りとその先には空気が密集したような揺らぎがあった。

「上等だ豚共ォ!濃厚ポークソテーと厚切りベーコン、なりてえモン選びなァ!」

怪物たちの目が、不可思議な形に立てられた指へ集まる。

瞬時に指鳴らしの形へ移り、ぱちんと指が鳴らされると──

土煙と閃光を伴う【大火たいか】が吹き上がった。



「... ...プギュルルブ?」

「ピギック。ブフフー」

顔を逸らし目を瞑っていた怪物たちが目を開いて辺りを見渡すが、互いに顔を見合わせて訝し気な表情を浮かべるばかり。辺りを嗅いで回っても肩をすくめている。やがて怪物たちは諦めてしまったのか、走ってきた方向へ帰っていってしまった。


「... ...ァあ~~~~ぶなかった~~~~... ...一か八かに勝ったぞぉ」

青年の上体が湿った土の中から起き上がった。

極限の緊張が解けたのか、下半身を地中に埋めたまま空を仰いで倒れ込む。

「やっぱ一人で動くもんじゃねえや。皆がいれば殲滅出来ただろうになぁ... ...」

悲しそうな、寂しそうな表情を浮かべた青年は立ち上がる。

「(アープス様、ご協力ありがとうございました。)」

『いえ、私もお役に立てず申し訳ございませんでした。ご無事でよかったです』

「(ちなみに、布施を言い値って祈った件なんですがね... ...へへへ、今回はお互いに不幸があったことですしお勉強させていただい...)」

『それはダメです。ちゃんと即時調達分の上乗せを引き落としますからね』

手を揉み始めた青年に会話相手がきっぱり断りを投げ返る。

断固とした態度で値下げ交渉が失敗した後、青年の顔色が悪くなったかと思うと──


 再び湿った土へ倒れていった。

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