大怪獣パパ

花瀬

私と父と、魔法少女と大怪獣

にしの ことか

すきなもの まほうしょうじょ

きらいなもの だいかいじゅうぱぱ

 押入れの箱に入っていた幼稚園児の字を見つけた。


 私は貸してもらった本をを読んでいる。

 物語の内容は普段高校生の魔法少女が邪悪な悪と戦っていき、ラスボスである魔王と恋に落ちる。だが、味方や敵サイドから反対を受け二人は……まぁ、そういうお話だ。

「魔法少女が、悪と恋に堕ちる系ね。分かり合えないね〜。光と影は」

 こういうのを読むとお父さんの顔が浮かぶ。


 小さい頃から私は父が嫌いだった。

 暴力や暴言をするとか酒癖や女癖が悪いとかいうわけではない。

 むしろ母がいなくなり、シングルファーザーにしては良い父なのだろう。

 しかしまぁ、私は嫌いと言うか父のせいで拗ねる事が多かった。

 例えば休日。遊園地に連れていくと言ってくれた日曜日。思わぬ連絡(仕事)が入り、楽しみを断念。

 例えば誕生日。欲しかった人形ではなく、似ているが少し違う種類の人形。私の目には涙が溢れまくった。

 でもその代わり、日曜日の夜は温泉に連れて行ってくれたし、泣き喚く私にその人形の服まで作ってくれたが、私はまだ子供でそんな事気にしてやれなかった。

 そんなこんなでやってきた父娘生活も10年以上になる。

 私は17歳、高校3年生になっていた。

 今でも相変わらず、父と過ごしている。

 といっても、ずっと2人きりのわけではない。おばさん(父の姉)もたまに遊びに来ていた。

「あーんた、また琴花に1人で夕御飯食べさせたの?さっさと仕事終わらして一緒に食べてやんなさいよ!1人でご飯なんて寂しいんだからね!私がそうなんだけど!」

「それは申し訳ないと思ってるんだけどさ、同僚に急用ができちゃったみたいで仕方なく……」

「はぁ?お人好しなのもここまでくると短所だね!そんなの仕事の押し付けに決まってるでしょ!?そんなんだからいつまでもっ……」

 これでは話がながくなりそうなので。

「まぁ、落ち着いてよおばさん。私1人でも(1人の方が)大丈夫だからさ、」

 こんな感じでオブラートに仲裁する。

「あー、琴花は偉いねー。こんなにしっかりして。おばちゃんの家が近かったら一緒に食べたのに。田舎の婆さん1人にできないからねー、ごめんねー!」

「ほら姉さん、電車間に合わなくなるよ、ちゃんと2人でご飯とるから心配せず帰りなよ」

「次、こんなことがあったら許さないからね!琴花、寂しくなったらいつでも連絡して頂戴。じゃあ私帰るわねー」

 こうしてひと嵐(多分いい意味)が去った。父と2人きりである。

 沈黙が流れる。いつからだろう、父と会話が続かなくなったのは。

 先に破ったのは意外にも私。

「さっきの話だけど、別に1人でご飯食べるくらいどうってことないから。安心して仕事でもなんでもして来れば?」

「琴花……あの」

「私、受験勉強とかしなきゃだから。おやすみ」

「……おやすみ。勉強がんばれよ……」

 バタンッとリビングの戸を閉める。

 父を残したまま。


 部屋に戻った私は受験勉強といいつつもしばらく布団に倒れていた。そして考えてしまう。

「お母さんがいたらな……」

 母はわたしが6歳の時に病気でこの世を去ってしまった。

 母の事は大好きだった。忙しい父にかわり、出かけたり美味しいもの作ってくれたり。ちなみに父はそれほど料理は上手くない。(かと言って不味くはないが)

 母が亡くなって、父は以前より私を気にかけるようになった。

 しかし、急に娘と2人きりになってどう接したらいいか分からなかったのだろう。私のためにしてくれてるのは分かっている。まだ2人きりになって間もない頃は仕事も家事もしてくれていた。

 だが、父は不器用なところがあった。最初の頃は洗濯機の回し方がわからず数日間苦戦した。料理をすれば焦がす癖に、私のために頼んでもないキャラ弁(おそらくドジえもんだったのだろう)を作った。

 そのおかげで洗濯物は山になってたし、キャラ弁は友達に笑われた。

 母がいたらこんなことにならなかったのに、と幼ながらに思うことがあった。

 再婚でもしたらいいのに。でもきっと私の為にしないのかもしれない。

 父はそう言う人だ。

 自分の事は二の次。おばさんの言う通り“お人好し”である。

 そんなことを考えているうちに布団による眠気が来てしまい……。


 気づけば朝になっていた。今日は日曜日なので私は休みだ。

 リビングにいくと父は仕事にでていた。いつものことだけど昨日父の事を考えていたからか、なんだか寂し…。

「いやいや、ないない。何年この生活してきたと思ってるの私!寂しいわけないじゃない!」

 気を取り直してキッチンに向かうとテーブルには朝ごはんの作り置きがあった。

 私の好きな目玉焼きとウインナー。食パンは自分で焼く。

「いただきます」

 割れた黄身が皿について固まっている。これは洗うの大変そうだ。

 色々文句をつらつら並べているが、父には感謝している。

 朝ご飯だってそうだ。この歳なら自分で準備出来るのにやってくれている。

 大学だって

『琴花が頑張るならパパも頑張るから』

と、今まで以上に仕事を頑張ってくれている。

 だから、ご飯を1人で食べるとかそれは本当に仕方のない事で元はと言えば私がそうさせたようなものだ。

 最初にも話した通り、父は“良い父”である。だが、どうしても私は素直になれなかった。

 お昼になり、私は部屋で勉強していると玄関の戸が開く音がした。

「ただいま」

 なんと父が帰ってきたのだ。

「え、なんで?仕事は?」

「早く終わらせてきた。」

「なんで?」

「出かけるぞ」

 意味がわからなかった。

「ちょっと待ってなんで?」

 さっきから同じ質問しかしてないのはわかっている。

「なんでって、最近どこも行けてなかっただろ?琴花もたまには息抜きがてら出かけたほうが良いかなって」

 きっと私のためだ。早く終わるような仕事量ではないことは知っている。夜、リビングの灯りがついていて、資料やパソコンと睨めっこしていた。

 今日出かけてもきっと明日にはその分の仕事が積み重なるだろう。

 迷惑にはなりたくない。

「別に大丈夫だから。息抜きとかまだするような時期じゃないし」

「でも、せっかく帰ってきたし外でお茶とかでも……」

「そんなことしてる暇ない」

「最初から焦っていたらこの先もたないぞ。今のうちに……」

 父は本当にお人好し……そして不器用。

「もたないのは私との関係じゃない?」

「……!」

「今さら気づかわなくてもいいから。私のことなんてほっといて仕事に専念したら?」

 こんな言い方をしたかったわけじゃない。でも止められなかった。

「お父さんさ、私のために色々してくれてるんだろうけど私、子供じゃないから。朝ご飯だって1人でも出来るし息抜きのタイミングだって自分でやる。お父さんの自己満足に私を巻き込まないでよ」

「でも琴花のためなのは本当で……」

 本当にそう。頭ではわかっている。

「自分のためでしょ。私に我慢させてるって思い込んで埋め合わせして。償えるってやってるんでしょ。」

 父は黙って聞いていた。いや、悲しんでいるのだろう。でもそれも気にしてやれなかった。

「私のためにっていうのがいらないの。いい加減気付きなよ」

「琴花……」

「迷惑なの!そう言うところがずっと嫌いだったの!」

 そう言い切ってしまった私はお父さんの方を見れない。

 長い沈黙が流れる。

 破ったのはお父さんだった。

「ごめん」

「……!」

 その一言で私は一瞬で我に帰った。

 違う、そうじゃない。頭ではわかっていたはずなんだ。本当言いたいことは…伝えたかったことは……!

「待って!お父さん」

 しかし遅く、お父さんは仕事鞄をもって玄関を出てしまった。


 それから、私たちは言葉を交わさなくなった。朝起きると父はいなくて、かわりに冷蔵庫には生卵がある。

 しかし私は目玉焼きを諦めて食パンだけお皿に乗せた。

 1人、しんとした部屋で思う。

 謝りたい、と。

 しかし父は、あの日以来一層に帰るのが遅くなった。

 忙しすぎて心配になるほどに。

 そしてその予感が当たったのはあの日から冬になるほど経つ頃だった。


 最後に言葉を交わしたのは電話で、私が志望大学に受験することを決めた時くらいだ。

「私、ずっと言ってたところ受けるから」

『わかった……頑張れよ』

「うん……あのさ……」

『ん?』

「……いや、何でもない。じゃあ」

 なかなか話を切り出せない。謝る機会は何度も流れていく。

 冬になって、父はしばらく、出張に行っていた。

 かわりにおばさんがきてくれたりと父がいなくても生活はできていた。

「もうー、あいつ出張って断れなかったの?琴花1人にして!帰ってきたら説教ね!じゃ琴花、おばさんスーパー行ってくるからなんか欲しい物ある?」

「とくに。」

 おばさんが言った後、私はソファーで寝転がる。受験は1週間も前に終わっていた。

 合否が本当は気がきでならないが今さら仕方ない。

 すると、家の電話がうるさく部屋に響いた。なんだか、ゾワッとした。

「もしもし」

 出たのは知らない男の人の淡々とした声だった。

「突然のお電話失礼します。西野琴花さんでよろしいでしょうか?」

「はい、どちら様でしょうか?」

「私、西野さん……お父様の出張先の同僚の前田といいます。」

「……お父さんがどうかしましたか?」

 なんだかドクドクと嫌な音が胸から主張する。

 しかし動揺を悟られないようにこちらも淡々と返したつもりだ。

「どうか落ち着いて聞いてください」


"お父様が倒れられました"


 おばさんと、家から新幹線を使ってお父さんがいる病院にやってきた。

 403号室 西野 隆

 そのドアを開けるとお父さんが眠っていた。

 原因は放置していた風邪の悪化と過労らしい。幸いにも命に別状はない。

「聞いた時は何事かと思ったけど本当よかった。あんたまでいったら……」

 おばさんはその続きこそいわなかったがお父さんと私をすごく心配してくれていた。

 お父さんは寝息をたてて眠っていた。

 少し目の下のクマが気になった。

 電話をくれた前田さんによると、働いていた部署でトラブルが起き、その対応に多く当たったのがお父さんだったらしい。

 毎日夜遅くまで会社に残って仕事をしていたという。

『僕も休む様に言ったんですが“自分の責任でもあるし、きっと娘も向こうで頑張ってるだろうし”って。こっちではよく娘さんが元気にしてるかって心配してましたよ。でもまったく、娘さんからすると親の不養生ですよね』

 ふと、お父さんの手に触れるとピクリと動いた。

「お父さん……?」

「ん……琴花……か?」

 お父さんは無事に目を覚まし、医者の診察を受け、おばさんの説教を病み上がりで受けた。

「はぁー、本当何事もなくてよかったよ。あ、琴花なんか飲み物いる?」

 おばさんがいきなり聞いてきた。

「えっと……いや特にないかな」

「俺コーヒーで」

「あんたは水よ、とりあえず適当に買ってくるから!」

 そのまま私と2人きりになった。

 沈黙が流れる。

 おばさんなりに気をつかってくれたのかな。喧嘩した日以降、私たち親子の関係がギクシャクしていることなんて気づいているんだとおもう。

 これはチャンスかもしれない。

「あ、これお見舞いのお菓子」

 差し出したのはお花の柄が入った四角く広いクッキー缶だ。

「ありがとう、これ美味しいんだよ。缶もかわいいし」

「おばさんがこれがいいって、だから」

「姉さんは自分が食べたいのを持ってきたのか?子供の頃から好きなやつだけど」

「へー……」

 また沈黙。せっかくの機会が台無しになってしまう。謝るなら今だ。

 とはいえ私が何から話そうかと思っていると、お父さんが聞いてきた。

「受験は?」

「受かった」

「……!おめでとう」

 内容にしてはあまりにも淡々とした会話だ。

 するとお父さんは缶を見つめ何を思ったのかふと言った。

「……大怪獣パパ」

「え…?」

「覚えてるか?幼稚園の卒園冊子に書いてたやつ。ちょうどこのクッキー缶に入ってるんじゃないかな」

「うん、この前見つけた。嫌いな物、大怪獣パパって」

「好きな物は魔法使いだっけ?」

「魔法少女ね」

「そうそう、懐かしかったよ。小さい頃の魔法少女ごっこ」

 魔法少女が好きだった頃、父と遊ぶ時は決まって魔法少女ごっこをやらせた。

 私は父が演じる大怪獣パパを倒す魔法少女で。父が嫌いだったから大怪獣に仕立てて日々の鬱憤を晴らして(多分そこまで考えてなかったが)いた。

 嫌いな物のところに書くくらいには文字通り幼稚だった。

 昔のことが思い出される。


『悪い大怪獣の好きな様にはさせない!』

『ま、魔法少女、待ってくれ!助けてくれー』

『ハートビーム!ビビビー』

『うわー、やられた!……ばた』

『はい、パパ起きて。もっかいやるよ』

『琴花、もう5回目だぞ』

『やだ、もう一回!』

『琴花〜、パパ思うんだけどさ。一回くらいは怪獣助けてくれても良くない?』

『なんで?大怪獣は悪い奴でしょ?』

『アニメではそうだけどさ、今の時代、大怪獣と魔法少女は友達になれるんじゃないかな』

『ふーん、変なの。ことちゃんはお友達になりたくないの!』

『うーん、そうかな、パパはできると思うけどな〜』

『しらない!もっかいやって!大怪獣パパ!』


 お父さんが休日の時はこんな風にいつも遊んでいた。何度も何度も。

 いつからだっけ。やらなくなったの。

「……懐かしいね。でも何で急にそのワード?」

「いや、今も昔も琴花にとって俺は“大怪獣パパ”なんだなって」

「……」

 何も言えなかった。小さい頃の話だと笑い飛ばすことなど今は出来ない。

 私が言葉を探していると、お父さんが言った。

「結局は自分のためだったかもしれない。表面上だけ取り繕ってもお前の心は気にかけてやれてなかった。ママが亡くなってからずっと寂しい思いさせて我慢させて。あぁ、あいつが生きていたらなって。申し訳ないって。良いパパならなきゃって思ってだけどやっぱりわからないことだらけで中途半端なお人好しで不器用。」

 お父さんの目から涙が溢れた。大怪獣パパの瞳から……涙が溢れた。

「でも、父さんは償いだけであの日琴花を誘ったんじゃない。理由は……上手くは伝えれないけど……」

「ほんと、不器用だね」

「う……すまん。でも」

 うん、と私は頷いて見せた。きっと私も不器用なんだね。やっぱ親子だなって思った。

 でもこれはちゃんと伝えないと。

「ごめんなさい」

 ずっと言えなかった言葉がスッと出た。

「ずっと素直になれなくて自分の気持ちとか言えなかった。それで迷惑かけちゃうんじゃないかって。お父さんにはずっと感謝してたのに…むしろお父さんは……パパはいい怪獣なんだよ」

 きっと父がいなかったら乗り越えていなかった数々。父娘だったから乗り越えられたこと。

 私は泣いているパパに手を握る。

「ありがとう」

 この言葉がずっと言いたかったこと。

 ずっと言えなかったこと。

「ありがとう琴花。もしかしたらこの先、また悪い怪獣だと思われることもあるかもしれないけどそんな大怪獣パパと仲良くしてくれないか?」

 そんな弱気でお人好しな良い父兼大怪獣パパに言う。

「当たり前でしょ。パパなんだし。それに今や大怪獣は魔法少女と手を取り合う時代だよ」

 私は笑ってそう答える。

「やっぱりその時代がきたか」

「まぁ私が読んだやつはバッドエンドだったけどね」

「じゃあハッピーエンド……いや、そんなの関係ないかもな」

「……そうだね」

 きっとこの先も衝突や困難はあるだろう。

 でも乗り越えていけそうだ。

 そう思えるのはきっと。

 だって“大怪獣パパ”が一緒だから。

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