回顧14 桜と私
世界が少しずつ明るくなっていく。もうすぐ日の出だ。
結局、桜との戦闘訓練を一晩中やってしまった。
だいぶ眠い。
おや?
隣を歩く桜がなんだか複雑そうな顔をしていたので、私は少し訝しみ、声を掛けることにした。
「どうしたの桜? なにか考え事?」
「あ、うん……そうだね。ちょっと、くおんちゃんのことで」
「私? ああ……」
私たちはトウリの大図書館で様々なことを学び始めていた。
魔獣について。戦い方について。魔法について。
色々なことを勉強中である。トウリがそれぞれの事柄に適したテキストを用意してくれたおかげで、学習はスムーズに進んだ。
そして。
たくさんの知識の中には、なぜ私が突然魔獣と戦える力を手にすることが出来たのか、その答えも存在していた。
どうやらその答えこそが、桜に複雑な思いを抱かせている原因のようである。
「『植樹』っていうんだね。くおんちゃんにわたしがしたことは。わたしは無意識に能力を分け与えた。くおんちゃんの都合なんて無視して」
私がいきなり20メートルの高さまでジャンプできた理由がこれだ。
『植樹』とは能力者が他者に自らの力を贈与する技である。
『挿し木』、という似た技もあるらしいが、そちらは全く同じ能力を付与する術。
対して植樹は、己と同系統の力の基礎を与え、後は受け取った側の成長に任せるらしい。
要するに、私は桜から凄まじい身体能力をプレゼントされたのだ。
ただし、全く同じ能力ではない。
トウリ曰く、ここから自由にスキルツリーを伸ばしていけるとのこと。
「巻き込んでしまったんだ。魔獣との戦いに、くおんちゃんを。最初は、偶然くおんちゃんにも戦える力があったと思って喜んでいたけど……ごめんなさい。能天気が過ぎたね」
桜は語れば語るほど、心が沈んでいくように見えた。
私は慌てる。
桜が熊型の魔獣を倒したあの始まりの日から、今日で一か月。
これまで一度も戦いが嫌だと思ったことは無かったのだ。
『すごい! すごい! すごい!』
出会ったときに述べた賛辞の言葉。
あれは全くの本心から出たものだった。
自分よりもはるかに大きな怪物へ、まるで臆することなく勝負を挑む、その姿。
私もあんな風になりたいと素直に思えた。
だって、本当にきれいだったから。
魔獣との戦いは初めての連続で、戸惑うことばかりだった。
だけど、恐怖はあまりない。
隣に桜がいる。
それだけで勇気が出た。
「あ、あのね桜……えっと……」
落ち込む桜へ、私の想いを伝えたかった。
だけど言葉が形にならない。
肝心なところで恥ずかしがっているからだ。
どうしよう。どうしたら。
「……ええい!」
テンパった私は素っとん狂な行動に出る。
桜へ腕を伸ばす。
驚く彼女にかまわず、その手を握った。
「く、くおんちゃん?」
桜の両手を、私の両手で包み込む。
ああ、なんて小さくて柔らかい。
こんな可愛らしい手が、巨大な魔獣と戦っているのか。
「……」
「……」
ち、沈黙がつらい。
私はいきなり何をやっているんだ。
桜の顔が見れない。
視線は下がり、重なり合ったお互いの手に固定された。
ひたすらずっと見続ける。
すると。
「……え? 手が光っている?」
私は驚いて目を見開いた。
優しい輝きが桜の手から発せられている。
まるで、朝の光が集まってきているようだ。
視線を上げる。
光は桜の全身に広がっていた。
ただただ穏やかな雰囲気を持つそれは、彼女の呼吸と共に波打つ。
桜は特に苦しそうな様子などないようだが、なにが起こったのだろうか。
「大丈夫なの桜!?」
「――ありがとう、くおんちゃん」
桜の目から、一筋の涙が流れた。
「えええ!? 痛いの!? なになになに!? 魔獣の攻撃!?」
「ううん、ちがうよ。わたしはいま、とっても嬉しいんだ。くおんちゃんがわたしの心を後押ししてくれているから」
後押し? 私はいま桜に対して何らかの能力を使っているということか?
「わたしもなんとなくの感覚で話しているけれども……さっきまで塞いでいた気持ちが、一気に開かれたような感じなんだ。苦しいっていう感情が溶けて消えていくみたいな……心の花が咲いたみたいな」
手をつないだことで桜の精神に変化をもたらす技を、私は使っている?
全くの無意識の内に。
「それは、桜の心を無理やり変えてしまったということ? だとしたら私は」
「変えたんじゃない。育ててくれたんだよ。くおんちゃんと一緒に居たいっていう想いを、ね」
桜は涙を流し続ける。
それと同時に。
桜花のような笑みを見せた。
「くおんちゃんはわたしなんかと出会わないほうが良かったのかな、って考えてた。でも、でもね。わたしは悪い子なんだ。これからもあなたと一緒に戦いたい。あなたの隣で勇気をもらいたい。くおんちゃんがいれば、わたしはどこまでも強くなれる」
そのときだ。
桜を包む光が強くなった? 一瞬そう思った。
だけど違う。
日の出の時間だ。
暁の輝きが、世界に満ちる。
「くおんちゃんはたぶんわたしに元々あった感情を表に出して、それからその感情を成長させたんじゃないかな。もちろん無理やりじゃない。わたしが見ようとしなかった、わたしの本当の想いを見つけてくれたんだ。そして想いの後押しをしてくれた」
「それが、私の力?」」
これは後になって図書館の本から学んだことなのだけれども。
私は桜限定のバフ能力を備えているらしい。
桜から能力を与えられたことで、私と彼女の間には魔術的なつながりが生まれた。
その接続を介して、私は桜にブーストをかけることが出来るのだ。
身体能力もそうだし、心もそうである。
これは元々あったものを強化する形をとっているらしく、新しい別の何かを植え付けるわけではない。精神の場合、無理やり感情を変えることは出来ないみたいだ。
私が桜の精神にバフ能力を使ったのは、この時が最初で最後だった。
理由としては、精神操作は基本的に難易度の高い技術であり、失敗が怖かったことが一つ。
もう一つは……既に最高の言葉を桜から貰っていたからだ。
『くおんちゃんがいれば、わたしはどこまでも強くなれる』
これ以上なんて、ない。
ありがとう、桜。
私と一緒にいてくれて。
ずっとずっと桜のことは忘れない。
大好きだよ。
「くおんちゃんは何かを成長させることが得意なのかもね。将来は学校の先生とかどうかな」
「せ、先生? 先生か……どうだろう……?」
桜を包む光が消えるまで、あと数分。
私はそれまで桜の手の温もりを感じていた。
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