第35話 ラストバトルの開始

 ドラゴンキュウリ、Xトマト、ナスボーグ。

 三人はここでリタイアだ。

 鳥の魔獣が自爆したことによる傷が深すぎる。


「本当に……本当にすいません……!」


 胡瓜の竜人は、廊下に横たわりながら、涙を流した。

 他の二怪人も同様に、ひたすら悔しがっている。


 私はそんな彼らに感謝の言葉を捧げた。


「ベルのいる演算室まであと少し。三人がいなければ、ここまで辿り着けなかった。ありがとう、本当にありがとう。ベルのことは私たちに任せて、ここでゆっくりと休んで」


「総統……!」


「ベルさんの本音、どうかよろしくお願いします……!」


「貴方に茄子色の勝利があらんことを……!」


 三怪人に見送られながら、私と仙は走り出す。

 

 見慣れたグランシードの通路が、異様な緊張感に満ちているように感じられる。

 この雰囲気は、己の死の予感から来ているものだろうか。


 死か。

 ベルが私に与えようとしてくる、死。

 

 彼女が私を殺そうする理由。

 それを聞かない限り。

 死んでも死にきれない。


「……着いたね、くおん」


「うん。扉を開けよう」


 三怪人と別れてほんの数分。

 演算室の前まで来た。


 門番はなし。鍵もかかっていないようだ。

 遠慮なく、入らせてもらおう。


「――いらっしゃい、くおんちゃん。それと仙」


「おいおい。ボクはついでかい、ベル?」


「ひゃはははは! あたりまえじゃん?」


 変事が起こった後でも変わらず稼働しつづけている中央コンピュータ『バベル』。

 その枝の一つに、ベルは腰掛けていた。

 傲然とした態度で私たちを見下ろしている。


「ああ、ベル! まったくお粗末なクーデターを企んだものだよ。泥縄的で、見るに堪えない!」


 水仙子爵はまるで演劇のように声を張り上げた。

 おお、いつもの仙が戻って来たね。


 ベルはそんな仙に対し、顔を歪めて返答する。


「はあ? ずいぶんと偉そうなことを言うね?」


「さっき君が言ったじゃないか。『いつもみたいに踏ん反り返ったらどうなの?』って。その通りにさせてもらっているのさ! それにしても、実に寂しい光景だね。演算室に入ったら怪人がずらりとお出迎え、という図を想像していたのだけれども……いるのはちょこんと座った君が一人! なんと物悲しいことか!」


「……ふん。勝手に言ってろ、だよ」


 ベルにとって仙の言葉は図星だったようだ。

 洗脳できた職員の数は、彼女の想定を下回っていたのかもしれない。


 ベルは私たちに対しそこまで有利な立場ではないのだ。

 そして、計画がうまくいっていないことに、焦っている。

 

 私はベルに語り掛けた。


「ベル、よく聞いて。私はあなたの命を助けたい。この場での勝敗に関わらず、あなたの命はこれから危機に晒される。プラントの各支部がベルを抹殺しようと動くから。それら全てに勝つことは難しい」


「……」


 ベルは答えない。


「投降してほしい。罰は流刑にする。命は取らない。支部のみんなは私が説得するよ」


「……」


 ベルは答えない。


「お願いがある。流刑前にやってほしいこと。まず、謝るべき人に一言でもいいから謝ってほしい。それから……私にあなたの話を聞かせて。ベルの言葉は全部受け止める。ベルの心が知りたいんだ」


「……くおんちゃん」


 ベルは座っていた枝から跳び、地上に降り立つ。

 そしてまっすぐ、私を見た。


 その目の奥深くにあるのは怒りと悲しみ。

 どこまでも深く、憤怒し、悲嘆している。


「ベル……」


「もう話すことはないよ。いまこの場で、殺してあげる」


 ベルが右手を上げる。

 するとそこに、光が集まって来た。

 

 眩い白光はまるで生きているかのように、彼女の全身へ流れていく。

 そして、ベルのドレスをさらに着飾った。

 もはや一つの宮殿のように絢爛だ。


「まさか……それって」


 私は瞠目した。

 瞬時に理解する。

 ベルも奥の手を持っていたのだ。


「光の魔獣を着てみたよ。これで強い怪人くらいのレベルにはなったかな? さあ、やろうか」


 そう言うとベルは駆け出した。私たちに向かって。


 私と仙は応戦しようと拳を構えるが、一瞬で間合いを詰めたベルに腹を殴られる。

 そして、二人同時に顎へ掌底を喰らった。


「がっ……!?」


 まずい、意識が。


 気を失った時間は瞬きの間程度だったが、ベルにとっては絶好のチャンス。

 そのまま手刀で私の首を刈ろうとする。


「……うおおおおお!!!」


 喉元にベルの手が当たろうとする瞬間、私は体を逸らすことが出来た。

 そのまま側転に移り、相手から距離をとる。


 強い。

 光の魔獣を原料にした強化によって、どうやらベルの力はかなり底上げされているようだ。

 ちょっとでも気を抜いたら、やられる。


「ベルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」


 仙は己の右手に氷の刃を生成した。

 叫び声と共に斬り込んでいく。


「ボクは何度でも聞くよ! 君は何を思っているのか! 君が何をしたいのか!」


 刃を避けながら、ベルは返答する。


「面倒くさいじゃん、人類の救済とかさぁ! どうでもいい仕事に飽き飽きしてるんだよねー! 5人組はプラントの変革だー、なんて言ってるけど、そんなの無視! くおんちゃんを殺してプラントを乗っ取ったら、組織を丸ごとカルテルに売っぱらってやろうかなー!」


「そんなの信じられるか!」


 私も仙と同意見だ。


 ベルは崩壊世界の情報を大切に扱っていたはずである。

 今はもう無くなってしまった世界の欠片を、慈しみを持って保存し続けていたはずである。


 仙に加勢する。氷の剣を避けたベルの背中に蹴りを叩き込んだ。


「ぐあ……!」


「バベル祭の時に言った『大好きだ』を、私は覚えているよ」


「……うざったい!!!!!!」


 ベルはその場でジャンプ。

 5メートルほど跳んだ後、空中で静止した。

 浮遊も可能なのか。


「全部演技だよ! 腹の底ではプラントに吐き気を感じてた! 冷酷な事を平然とするくせに、仲間内では和気あいあい……反吐が出る!」


 ベルの周囲に数十に及ぶ魔力の塊が形成される。


「喰らえ!」


 魔力が弾頭となって、私と仙へ降り注いだ。

 全身の肉が抉れていく感覚を覚えながら、必死に防御を続ける。


 ああ。少しずつだけど。

 ベルの心に近づいている。


「――やれえええええええええええ!!!!!!!!」


 魔弾の雨が止んだ瞬間。

 突然、ベルが叫んだ。

 

 やれ、だって?

 一体誰に向かって?

 ここには私たち三人しかいないはず……。


「うおおおおおおおおおお!?」


 仙が全力でのけ反った。

 仙の前方に忽然と第四の人物が現れ、手刀を彼女の胸に突き立てようとしたのだ。

 その姿は間違いなく。


「蓮根グラード!?」


 しまった、光学迷彩か!


 光の魔獣を利用することで、意図した相手の姿を隠す能力まで手に入れるなんて。

 

 蓮根グラードは手刀を繰り返しながら、あっという間に演算室の端へと仙を追い詰めていった。

 不意を突かれた仙は効果的な反撃が出来ない。


「いまだあああああああ!!!」


 再びベルが叫ぶと……地面が揺れた。

 これは、なんだ。

 不気味な揺れが収まらない。


「な、あ、地面が……」


 それは僅か数秒の出来事だった。

 

 仙と蓮根グラードの足元が、崩れた。

 ひびが入り、下へと落ちる。

 二人も続いて奈落へと呑み込まれていく。

 仙は何も言葉を残せず、落下していった。


「……仙!」


「はーい! ここでくおんちゃんにニュースがありまーす!」


 5メートル上から私を見下して、ベルが嗤う。

 光学迷彩による隠し玉が続かない限り、この部屋には私とベルしかもういない。


「グランシードのあちこちを爆破しました! 仙が間抜け面を晒して落ちていったのは、演算室の下が爆発したからだし……それはセーフベースも同じ!」


「え?」


 セーフベース?

 そこはトウリと一花がいる場所。


「セーフベースも下部が崩れて、二人とも穴の中に落ちました。さすがにこういうダメージにはあの部屋も耐えられなかったみたい。トウリと一花は……どうなっただろうねー?」


 トウリはまだ、ぎりぎり大丈夫かもしれない。

 でも。

 一花は。


「さあ、くおんちゃん! まだまだいくよー!」


 ベルは再度、魔力の雨を降らし始めた。

 

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