第2話 地主
俺は怒りに任せて地主である金森匠に電話を掛けた。
八コール目に繋がった。
「どうした、坊っちゃん。こんな時間に」
「都市開発で立ち退きをしなくてはならないことは、うちの地主である新宿第一建築産業の御曹司の匠さんなら、知ってはいるよね?」
昭和三十年。戦後日本を復興するために、金森政人は建築会社を創業し、社会に多大なる貢献を果たした。
俺の祖母――高田瞳は、当時の上昇する新宿の戸建ての金額を、親好のあった政人に半値で譲ってもらったのだ。
「普通だったら、戸建てなら立ち退き料は四千万から五千万だろ。なのに、どうして三百万ぽっちなんだよ」
「どのくらいの値段で戸建てを購入したかも立ち退き料の査定に影響しよる。昔、俺のおじい――政人から聞いた話しによると高田瞳さんが購入した金額は今の価値でたったの百五十万だ。そのことが影響するんだろう」
影響するんだろうって他人事な。
「それと土地代も、査定に影響するんだが、それはすまねえ。大企業の地主ということで行政側から圧力があってな。この辺一体の土地を地下げするように、と。だから通常よりも土地の借地主への立ち退き料が安いんだよ。実際は違法だがな」
本当にすまねえ、と匠は謝る。
「もういいっすよ。金森さん。こんな深夜にすいません」
通話を切った。俺は膝を折って今度は床を殴った。
母さんが俺の背中を擦って、
「なんか作るわ。それで元気だして」
キッチンに母さんは立って、おにぎりと、それから慣れた手付きでジャガイモの味噌汁も作ってその料理を沢庵を添えて卓袱台の上に置く。
俺はおにぎりをがっついた。
こうするしか無かったのか。
🌛
「春木。あの例の計画、住民から許諾は取れそうか?」
行政から『夢ランドシティ計画』の業務遂行の委託を受けている連天は、いわば住民からの苦情や非難を受け止める盾となれということで。
先程もひとりの老人から罵詈雑言を電話越しから浴びせられたところだ。
そんなんで許諾なんて取れるわけないだろ、と心のなかで毒づく。
この計画に反対する住民の数は多い。その理由は少子高齢化と昔、この地区には戦後復興の要となる人たちが多くいて、そういう人は高額な年金を受給しながら悠々自適に暮らしているのだ。
それを崩そうとする奴は許さない。もっと老人たちを労れ、ということなのだろう。
「むずかしそうっすね。このままいけば、行政と一緒に共倒れかも」
すると話しかけてきた上司の顔が歪んだ。
「この会社は大手ゼネコンという世間の評判を崩すような真似はよせよ」
そして肩を叩き、去っていった。
「パワハラで訴えてやろうか」
そんな呟きが漏れてしまった。
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