妖精は消えた
睦月
第1話 消えた妹
妹は病弱で、その生涯のほとんどを室内での時間に費やした。
「私ね、お兄ちゃんの絵が大好きなんだ」
その頃の俺は至って単純で、この言葉に舞い上がり狂ったように絵を描き続けた。ずっと部屋から出られない妹のために、風景画を描いて外の様子を伝えた。
「お兄ちゃん」
目を閉じれば今でも鮮明に、俺を呼ぶ妹の姿が思い浮かぶ。妖精のような可憐な姿だった。けれども世界は残酷で。俺たち兄妹の幸せな時間は終わりを告げた。
妹の存在が世界から消えた。これは比喩ではない。文字通り、妹が生きた痕跡は世界から抹消された。
妹の存在の消失。これは俺が十二歳のときに起きた出来事だ。
いつも通りに妹のお見舞いをしようと病室に向かった俺。だが、扉を開けるとそこには誰もいなかった。部屋が変わったのかもしれないと思い看護師さんに問うも、そんな名前の患者はいないと言われる。
俺は頭が真っ白になり自宅へと駆け出した。そして妹の部屋の前に立つ。嫌な予感がするものの、扉を開けた。かつてあった筈の机やベッドの姿はなく、よくわからない謎の段ボールが積まれた物置部屋と化していた。
恐怖に包まれた俺は、アルバムを引っ張り出した。ページをめくれどめくれど、妹の姿はない。
もしかしたら今まで俺が見えていた妹は幻覚だったのかもしれない。でも、あんなに鮮明な記憶があるのに幻覚なわけがない。相反する感情を消化できぬまま、日々を過ごした。
そんな日々の中で、俺はある結論に至った。
「妹を探そう」
妹がいないことを証明する。それは不可能に近く、いわば悪魔の証明だ。ならば、妹がいることを証明するのはどうだ。ただ妹を見つけ出すだけで証明可能なのだ。少なくとも、いないことを証明するよりは簡単。
しかしながら困ったことに、妹の写真は一枚もない。これでは捜索も儘ならない。
『私ね、お兄ちゃんの絵が大好きなんだ』
妹の声が頭に鳴り響く。そうだ。俺には絵がある。妹の絵を描こう。
あれから五年が経った今でも、俺は妹を見つけられないでいる。当然、妹の絵は描き続けている。
「あの先輩、格好良くない?」
「でも、相当な変人らしいよ。架空の妹を愛して、その絵を描き続けてるんだって」
「いわゆるキモオタってやつ?」
周りからの印象がそこまで良くないのだって知ってはいる。だが、俺には妹を見つけ出すという使命がある。
「お前さ、いい加減諦めろよ」
友人になんと言われようとも、俺は止まる気などない。俺の存在意義なんてもはや、妹を見つけ出すことくらいにしかない。
「俺は絶対に諦めないからな」
「ふうん、そっか。そういえば」
「どうしたんだ?」
「お前っておとぎ話を信じるタイプ?」
おとぎ話?俺が電波系の人間かどうかということだろうか。端から見れば俺は架空の妹を探し続ける変人だ。電波系と思われても仕方ない。
「人並みにはおとぎ話も信じるぞ」
「じゃあさ、俺のじいちゃんに会って話を聞いてくれねえか?」
「唐突だな。それに『じゃあ』ってなんだよ『じゃあ』って。脈絡が無さすぎる」
「俺がお前のことをじいちゃんに喋ってたら、お前に会ってみたいって言われてさ。伝えたいおとぎ話があるらしい」
孫の友人にわざわざ伝えたいおとぎ話ってなんなんだ。
「あと、もしかしたらお前の妹も関係するかもしれないおとぎ話なんだってさ。よくわからないけど」
「よし会いに行くわ」
「即決かよ。さすがシスコン」
こうして俺は、友人の祖父に会うこととなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます