[肆ノ巻・逢魔ガ時] ほんの少しの羨望

ホ「麻桜、風柳」


風「その子はだぁれ?見ない顔だけれど」


ホ「この人は…」


雪「ホタル。どなたとお話ししているの?」


ホ「御霊結びの二人だよ。今ここにいる」


雪「まぁ!ここにいらっしゃるのね!初めまして、雪と申します」


雪、全く違う方向に挨拶する


ホ「雪さん、こっち」


雪「やだ、恥ずかしいわ。このへんかしら」


ホ「うん」


雪「本当に貴女には見えているのね。羨ましいわ」


麻「よそ者か」


ホ「うん。お友達と一緒に東京から」


風「わざわざ都会からこんな辺境に来るなんて、物好きなお嬢さんね」


雪「ねぇホタル。他にもここには御霊結び様がいらっしゃるの?」


ホ「あ…えっと…」


麻「篝は村の外に行っている。ここにはいない」


雪「あたし、他の方にもご挨拶したいわ!この神社を案内してくださらない?」


風「榊󠄀ちゃんの気配探しにもなるんじゃなぁい?行ってきたらいいわ」


ホ「ありがとう。…会えるかは分からないけど、案内するよ。行こう」


雪「嬉しいわ。ありがとう」


ホタル、雪、はける


風「……ねぇ、あんた。……あの子」


麻「…あぁ」


風「さっきの会話。ホタルを東京に誘ってたわ」


麻「そうだな」


風「…ホタルに、一体何を…。連れ出したりしたら、許さないわ。…あんたはあの子に賛成なんて言わないでちょうだいよ」


麻「なぜそうなる」


風「あたしの意見の逆を言うのがあんただからよ」


麻「俺はホタルを巫女という役目から離したいだけだ。…ホタルは村が好きだと言う。村から連れだすのは賛成しない」


風「本当、めんどくさい男ね」


麻「それで結構だ」


風「とにかく、あの子は注意して見ておきましょ」


麻「了解した。……すまない。少しいいか」


風「なぁに」


麻「少し、思うことがある。お前は違うか」


風「奇遇ね。あたしもよ」


麻「…まだ確証はないが…」


風「ええ。確証があったら、こんな風にはしてられないわよ」


麻「儀式の前だと言うのに、騒がしいことばかりだな。あの娘も、榊󠄀も」


風「…えぇ」


篝「二人とも、戻っていたのか」


篝、登場


麻「あぁ。外はどうだった」


篝「見つからないな。形跡もない」


麻「…そうか」


篝「どうしたのかね。二人揃って、深刻な顔をして」


風「東京から娘が来てるわ。洋服を着てる」


篝「ほう?東京から」


風「注意して見ておいてちょうだい。…きな臭いわ」


篝「きな臭いとはまた、失礼な物言いじゃあないか。一体何があったと言うのかね」


風「普段村にいないあんたは知らないことよ」


篝「ほぉ…なるほど?」


風「…戻りましょ。榊󠄀ちゃんを探さなくちゃ」


麻「そうだな」


風柳、麻桜、はける


篝「きな臭い、か。セーラー服の学生一人に対して、神が三対一でやり合うつもりとは…恐ろしいことを言うものだ。…榊を探すにも、もういない彼をどう探したものかね…」


雪の声が聞こえ始める


篝「おや、いけない。滅多なことは言わぬが吉…か」


篝、はける


ホタル、雪、登場


雪「それで、この前お友達が…って、あら。もう一周周って来ちゃったのね。案内ありがとう、ホタル」


ホ「こちらこそ」


雪「神社なんて滅多に来ないものだから、新鮮だったわ。お話もできて楽しかったし」


ホ「それならよかった。……」


雪「ホタル。どうかしたの?」


ホ「雪さんが良ければ、もっと東京のお話し、聞かせて欲しい」


雪「あら。本当に?嬉しいわ。興味持ってくれたのね」


ホ「すごく、気になっちゃって」


雪「ふふ、いいわよ。たくさん話してあげる。なんのお話をしましょうね」


ホ「食べ物、とか」


雪「あぁ、そうね。東京は色々な食べ物があるのよ。お家で食べるのはここと変わらない和食だけれど、でもレストランやカフヱに行けば洋食があるわ」


ホ「れす…?」


雪「あぁ、ごめんなさい。レストランはご飯屋さん、カフヱは喫茶店のことよ」


ホタル、頷く


雪「牛肉はまだ高級だけれど、シチュウとか、ライスオムレツならあたしたち一般人でも食べられる食事かしら」


ホ「シチュウ…ライスオムレツ…」


雪「ご飯の上に具の入ったソースがかかっているのがシチュウ、焼いた卵の中にご飯が入っているのがライスオムレツよ」


ホ「美味しそう…」


雪「甘いものならケヱキ、チョコレヱトなんかがあるわ。飲み物はソオダ、ミルクセヱキ、ラムネとかかしら。あぁ、紅茶もあるわね。どれもとても美味しいわよ」


ホ「紅茶は前に聞いたことがある…!」


雪「知ってるのね。紅茶。いろんな茶葉があるから選ぶのも楽しいのよ」


ホ「いいなぁ。紅茶も、洋食も」


雪「あたしもホタルをレストランに連れて行きたいわ。どんなものが好きになるのか、気になるもの」


ホ「うん…」


雪「それとあたし、ホタルと一緒に電車に乗って銀座や上野に行ってみたいのよね」


ホ「電車?」


雪「そうよ。電気っていう光の力で走る乗り物があるの。離れた場所にだって短時間で行けるのよ」


ホタル、首で相槌


雪「銀座や上野は東京でも特に発展している街なの。お店や景観もお洒落で、素敵なお化粧品やお洋服がたくさん売っているらしいのよ。あたしもまだ行ったことがないから、ホタルと行けたら楽しいと思うのよね」


ホ「行ったことないのに知ってるの?」


雪「女学校のお友達やお母様が教えてくださったの」


ホ「そうだったんだ」


雪「少しでも景色を見せてあげたいわ。写真があったらよかったんだけど」


ホ「大丈夫だよ。ありがとう。…どんな世界なんだろう、いいな」


雪「ホタル…」


ホ「なんて、言ってもしょうがないけど。お話しありがとう」


雪「…お話しならいくらでもしてあげるわ」


村人(声だけ)「依り巫女様」


ホ「あ、そうだ、儀式の装束を…。ちょっと行ってくる」


雪「ええ。行ってらっしゃい」


ホタル、はける


雪「…ホタル、紅茶は何が好きかしら。どこのお店がお勧めか、女学校のお友達に聞いておかなくちゃね」


麻桜、登場

座っている雪の近くまで歩き、少しだけ静止する


麻「おい。お前」


雪、反応しない


麻「ホタルをどうするつもりだ」


雪、反応なし


麻「お前…俺たちの姿、見えているだろう」


雪、反応なし


麻「おい」


雪、反応なし


麻「だんまりか」


麻桜、ため息をついてはけようとする


雪「どうして」


麻桜、振り返る

雪、顔は向けず、目線だけ麻桜に向ける


雪「どうして見えてるって分かったの」


麻「お前、やはり…」


雪、立ち上がってスカートをはたく


雪「貴方たちのこと、見ないようにしていたのに。気づかれちゃうなんて、神様は全部お見通しってことかしら」


麻「お前は何者だ」


雪「あら。答えはもうお持ちなのかと思っていたけど。そうじゃないのね」


麻「どう言う意味だ」


雪、麻桜に近づいていく


雪「どうしてあたしに貴方方が見えるのか。不思議でしょ。…麻桜さん?」

麻桜さん、のところはゆっくり、強調して言う


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