酔拳マンの葛藤

酔拳マンの活躍は日に日に増していった。


痴漢、ストーカー、強盗、悪質な他人への嫌がらせ…数々の問題を解決していった。


クロが修平に力を授けるたびに、修平は筋力が増していくことを実感した。


いつも着ていた黒のスーツはサイズが合わなくなり、新調することになった。


Mサイズの服はいつの間にかすべてXLになっていた。


この頃には、既にクロの力のおかげだと修平は気付いていたが、修平はますます増える自分への注目に自然と心を奪われていた。


SNSでは「酔拳マン」の名がバズり、動画は何十万回も再生されている。街を歩けば若者たちが振り返り、職場では表向きは冷たい態度の同僚たちも、陰では「あの動画見たよ」「本当に佐藤君なの?」と噂している。何より、先日、ある企業の女性職員から直接連絡が来た。


彼女の名は田中玲奈。佐藤と同い年の27歳。黒髪ショートの似合う優しい雰囲気のある女性だ。

取引先の担当者で、これまで仕事上の簡単なやり取りしかなかった。田中はしかし、彼女は動画を見て修平が「酔拳マン」だと気づき、興味を抱いたようだった。


「動画見ました!もしかして佐藤さんがあの酔拳マン?」


突然の問いに戸惑った修平だったが、彼女の熱心な様子に押されて「まあ…そんなところです」と曖昧に答えた。その日のうちに食事に誘われ、修平は驚きながらも有頂天になって応じた。


デート当日、玲奈はきれいに着飾って現れた。修平は舞い上がりながらもどこか落ち着かない気持ちを抱えていた。彼女に対して特別な感情があったわけではなかったが、「自分が誰かに認められた」という事実が彼を満たしていた。


「最近、すごく注目されてますよね。酔拳マンって本当にすごい。ヒーローって本当にいるんだなあ。」


玲奈は笑顔で言い、修平を褒めた。普段なら謙遜するところだが、彼はその言葉を素直に受け入れた。


「まあ、少しは役に立ってるかな。」


ランチ後、カフェで過ごす間も、玲奈の視線は終始、修平を讃えるようだった。修平はその居心地の良さに溺れていった。


しかし、人気者になるにつれ、修平の行動は次第に軽率なものになっていった。ある日、街で若者たちに声をかけられる。


「酔拳マンさん!ちょっとお願いがあるんです。今度、SNSでバズる動画撮りたいんで、何か面白いパフォーマンス見せてもらえませんか?」


「まあ…いいけど。」


そう答えると、修平は公園の広場でクロの力を借りて酔拳マンに。


酔拳でポーズを取りながら滑稽な演技を披露した。周囲の人は笑い、若者たちは動画を撮りながら歓声を上げた。後日、その動画は拡散され、再生回数はまたたく間に10万回を超えた。


しかし、その動画を見返した修平の胸には妙な違和感が生まれていた。


「おれ…こんなことしてていいのかな?」


その夜、部屋に戻るとクロがじっと彼を見つめていた。


「おい、佐藤。お前、何やってんだ?」


突然、クロが話しかけてきた。修平は驚いて椅子から転げ落ちそうになった。


「クロ!?お前、喋れるのか?」


「最初からだ。ただ、お前があまりにも馬鹿げたことをしてるから、もう黙ってられない。」


クロの声は低く、冷たい響きがあった。


「お前の力は他人を助けるためのものだ。それを見世物にしてどうする?くだらないパフォーマンスをするためにこの力を使ってるわけじゃないだろう。」


修平は反論しようとしたが、言葉が出てこなかった。クロは続けた。


「俺はお前に失望した。もう一緒にいる気はない。」


そう言い放つと、クロは部屋を飛び出して行った。修平はその背中を追いかけることもできず、その場に立ち尽くしていた。


翌朝、目を覚ました修平はクロがいないということは酔拳の力も失ったということにようやく気づいた。周囲の注目も空虚に感じられ、仕事も上の空だった。


その夜、駅前で酔っ払った男に絡まれている女性を見つけた。以前の自分なら迷わず助けに行っただろう。しかし、今の修平には何もできなかった。足がすくみ、声をかけることすらできない。


「俺は…ただの平凡な人間だ…」


修平はその場を後にし、帰り道で涙を流した。酔拳マンとしての自分がどれほど大きな存在だったか。そして、その力を失ったことで自分がどれだけ無力かを痛感していた。


その夜、暗い部屋の中で独り、修平はクロの言葉を何度も思い返していた。

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