301異能融合カルテット ~ Girls' Generation filled with the Supernatural

イズラ

#1「被検体301」

「こちらに収容している物体が、被検体301。被検体301です」

 そう言われ、博士は檻を覗いてみる。狭く薄暗い牢屋の隅で、人間の少女の形をした生命体が丸くなっていた。こちらに気がついているようで、小刻みに震えている。

「観察の結果、コミュニケーション能力は確認できました。しかし、被検体301にそれを行使する意思はないようです」

 博士の隣に立っている研究員は、無感情にすらすらとものを言う。

「……分かった。下がれ」

 博士は低い声でそう言うと、システムパッドにカードキーを当て、檻を開けた。その時、すでに研究員の姿はなかった。

「……お前は、人間か?」

 突然の問いかけに、少女はびくっとして固まる。確かに、言葉は理解しているようだ。だが、近寄ってきた人間に答えを返すことはなく、しばらくして、独り言を呟き始めるのみだった。

「……怖いよお母さん。助けてよ、助けてよ。死ぬのは嫌だよ、死ぬのは嫌だよ──」

 全く要領を得ない内容に、博士はため息をつき、その場を去った。もちろん、檻に厳重なロックを掛けて。

「────あずさお姉ちゃん早く出てきてよ。絆里ばんりお姉ちゃんも、どこなの? 私すっごく怖いの。男の人が、怖いの。怖いの。助けて。助けてよ……」

 途端に、要領を得そうな内容を語り始める被検体。だが、録音機能のない監視カメラでその内容が捉えられる訳がなかった。

「こうなったら、もう──」

 301は後ろ手で天井の隅を指差したと思えば、”見えない力”で監視カメラの機能を止めた。


「緊急です。被検体301が脱走しました。繰り返します。緊急です。被検体301が──」

 最後まで聞き終わらぬ内に、博士は報告に来た研究員に詰め寄った。

「なぜ檻から出した」

 静かな声には、底なしの怒りがこもっていた。

「監視カメラが停止し、様子を見に行ったところ、檻が開いており、被検体301は消えていました。繰り返します。監視カメラが停止し、様子を見に行ったところ、檻が開いており、被検体301は消えていました」

 研究員は一切動じることなく言い切った。博士は小さく舌打ちすると、扉の前に立つ研究員を横に蹴り飛ばし、研究室を出ていった。

「あのガキ。外から持ち出したからか……」

 足早に廊下を歩き、研究所のエレベーターに辿り着く。それが、地上と研究所を繋ぐ唯一の扉。最高権限のカードキーがなければ作動しない。

「──そして、カードキーは儂しか持っておらん……!」

 博士は誰もいないエレベーターの前に陣取り、白衣から麻酔銃を取り出す。

「絶対に逃さんぞ」


 その頃、被検体301は研究員たちを殺戮していた。

「被検体301を確認しました。繰り返します。被検体301を確認しま」

 そう言い終わる前に、目の前の人間の首をひねる。それは、ただ手を向けるだけで成される所業。次々と研究員たちを殺していく。

「お姉ちゃん、早く出てきて。怖いよ……」

 弱音は吐きながら、手を一切緩めない。

 辺りが血の海になると、301は再びぺたぺたと、廊下を歩き出す。全裸に赤いドレスをまとい、赤に染まったおかっぱ白髪はくはつをなびかせる。その姿は悪魔そのもの。

「助けてよ……」

 それでも、喋る言葉だけは確かに人間の少女だった。


「来たか」

 両者の相対は、思ったよりも早かった。老け切った老人に向かい合うは、白い肌に赤い目をした少女。もう、先ほどまでの怯えた表情はない。

仮娘かりこ。もう大丈夫。あとはお姉ちゃんが片付けるから」

 輪郭が明瞭で芯の通った声。博士は瞬時に察知し、冷や汗をかき始めた。

「先程の意識ではないのか」

 まるで人が変わったかのよう──いや、まさに人が変わっていたのだ。

 博士は唾を飲み、銃口を被検体301に向ける。それは、さっき取り出した麻酔銃ではない。実弾の銃。老人の目は、すでに理性を失っていた。

「お前は、ここで、コロす──!」

「そっくりそのままお返しします。自らの罪をたっぷりと悔やみなさい。あの世で」

 銃声を聞くことなく、その生命は息絶えた。

 肉体は粉微塵になり、ぼとぼとと床に落ちる。先程までそこにいた人間は、ただのそぼろ肉となっていた。

「……さて、仮娘、絆里。お姉ちゃんはもう少し頑張るから、応援しててね……」

 神妙な面持ちでそう言って、梓はエレベーターに歩み寄った。

「あれ……? この扉、どうやって開けるの?」

 カードキーごと粉微塵になったのは、言うまでもない。


 そして、場所は東京都のとある町へ。

「アイス食いてえなー。アイス食いてえよー。あーあいすーあいすーあああああー」

 リビングのソファに寝転がり、苦しそうに謳う15歳の少女がいた。

「だいたいなんで冷房壊れるんだよー。うぜー、まじうぜー。センコウよりうぜーわー。センパイよりうぜーわー。返せ私の平和な日曜日ぃー」

 窓の外では陽炎かげろうが燃え、街を歩く人々も苦い顔をしていた。

 東京都臨際町のぞみぎわまちのど真ん中にある、11階建てマンションの301号室。玄関前の表札には、『大城OHSHIRO』とだけ書かれていた。

「”おじゃましまーす”」

 平穏な日常というのは儚く、脆い。たった一体の被検体によって崩されてしまうこともあるのだ。そう──

「被検体601です。この部屋に、居候いそうろうさせてください!」

「……はぁ?」

 このように。


 その頃、3浪の山田は世界の中心でπを叫んでいた。

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