凡人少女の超日常録
@akakoi
第1話 真夏の雨降る衝撃の告白
小学五年生の夏、とても曇ったある日のことです。
先生が学校を休みました。
大人でも子供は風の子元気の子が通じる人なのに、です。
その次の日も曇りで、また先生は学校を休みました。
その次の日、先生は学校に来ました。
元気に振る舞ってはいますが、あきらかに落ち込んでいるように見えます。
その日、朝は晴れていましたが、帰りの会になる頃には雨が降り出していました。私は、まるで先生の心情を映し出しているようだと思いました。先生に何があったのかは分かりませんが、嫌なことがあったのは間違いなさそうでしたから。
あ、雨降ってんじゃん、えー、俺傘持ってきてないよ、終わったじゃん、等々。教室中が落胆する中、天気予報に従って傘を持ってきた私は、一人ガッツポーズをしていました。
「帰りの会を始めまぁーす。席に着いてくださぁーい。」
日直の間の抜けた声が聞こえましたが、生徒は皆依然として帰りの準備をしています。かく言う私も、その中の一人です。
入れたい教科書がまだあるというのに隙間を作ってくれないランドセルに苛立ち、ランドセルに入りきらない程の課題を出した教師陣に苛立っていた時のことです。
珍しく無口だった先生が、口を開きました。そんなに大きな声ではないはずなのに、不思議とよく聞き取れました。
先生のね、お母さんが死んじゃったんです、と言ったのです。
その衝撃的な告白に、教室はしんと静まりかえりました。
沈黙の中、「死」という聞き慣れない言葉に、聞き慣れない方が良いであろう言葉に、ある者は発言者を心配し、ある者は思案して黙り込み、ある者はえっと言ってまた黙り込み、泣き出す者もいました。
私は、一旦ランドセルに教科書を押し込んでいた手を止めて、変に冷静な頭でへえと呟いて黙りました。先生の母親が身近とは言いませんが、知人の死というのは初めてでしたから。
誰一人として動いてはならぬという暗黙の了解が交わされ、その通り皆手を止めて黙りこくっていると、それに気付いたのか先生が「座っていいよ」と許可を出してくれました。
できるだけそっと椅子に腰掛けると、私が与えられた椅子は、ぎしりと酷い音を立てました。
「お祖母ちゃんとかは産まれたときからいなかったから、そんなに悲しくはなかったけど、お母さんがいなくなっちゃうと、悲しいを通り越してもはや絶望だね。」
ぜつぼう、というまたもや聞き慣れない言葉をクラス中が反芻する中、先生はため息を一つついてまたぱっと笑顔になりました。とても、不自然な笑顔でしたけれど。
「ごめんごめん。帰りの会の直前にこんなこと、言うもんじゃないよね。シリアスになっちゃったよね。」
そう言うと、先生はまたごめんごめんと謝って、ぽかんとしている日直をさあ帰りの会、と急かしました。
すると日直は、「先生ぇ、しりあすってなんすか?」と先生の方を振り返りました。このとき、クラスメイトは皆、ひやりとしたに違いありません。
しかしこの問いには先生も驚いたらしく、数秒固まった後に苦笑交じりでこう答えました。
「うん、ちょっと暗い気持ちになって、考え込むことかな。」
その答えを聞いて日直は、ガッツポーズをして叫びました。
「よっしゃっ、俺の言葉の辞典に、言葉が一つ増えたぞっ!」
すぐに、教室のどこかから野次が飛びました。
「すぐ忘れるだろ、お前。」
「あ、そーだな。うはは。」
『お笑いコンビ』と呼ばれる二人の掛け合いに、クラス中がどっと笑いに包まれました。
先生もまた苦笑しているのを見て、私は少し安心しました。
悲しいんだろうけれど、忘れるくらいの面白いことがあるならいいな、と思ったのです。
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