ロボ令嬢

やまね ことら

第1話 再生

<序>


 侯爵令嬢のルゥ・リョマは、親友と信じていた男爵令嬢エリーク・サユティに喉元を切り裂かれ、一八歳の生涯に幕を閉じた。


(何で……サユティが)

 リョマは自分の身に起きたことを、受け入れることができなかった。

 今、目の前では、サユティが血に塗れたナイフを片手に、冷たい目で自分を見つめている。彼女は、今まで自分のことを「親友」と呼び、無邪気に懐いてきた時とは、全くの別人の空気を纏っていた。

 一年前、リョマの母が強盗に殺された時、事件の目撃者として現れたのが彼女だった。天涯孤独の身だったサユティは、身内を亡くし落ち込んでいたリョマを優しく支えてくれた。

 

 侯爵令嬢と男爵令嬢。

 大柄でガサツな性格のリョマと違い、サユティは小柄で無邪気で甘えん坊な性格であった。身分も性格も違ったが、二人はすぐに親友になった。

 サユティが宮廷晩餐会に興味を示せば、リョマは王子が幼馴染であるというコネを利用して、一緒にパーティに参加した。自分が酒と食事を漁っている間に、サユティは王子とすっかり打ち解け、美貌のサユティは王子のダンスパートナーに選ばれた。

少し寂しさを感じた。

 嫉妬ではない、また自分が一人になることへの孤独感。

 しかしリョマにとっては、それ以上に幼馴染と親友が幸せそうに踊る姿に喜びを感じた。

 サユティとの友情は、恋人の存在など関係なく、一生続く……そう思っていた。


 リョマの長身が、地面に崩れ落ちた。

「あなたが生きていると、王子がサユティの方を見てくれないの」

 リョマはサユティの言葉の意味を、理解できずにいた。そしてそのまま彼女の意識は、ゆっくりと消失していった。

「さよならリョマ。あなたのそのツラ、大っ嫌いだったの」

 サユティは憎々しげな口調で別れを告げると、リョマの顔に灯油をかけ始めた。



<一>


「ようやく、完成したか」

 ルゥ・カニエ侯爵は、この日、自分の研究の完成の目処がついたことを喜んでいた。彼はこの世界で最強の金属である「オリハルコン」で剣を制作することに成功し、その功績により宮廷錬金術師に任命された人物であった。

 カニエは目の前に腰掛けている等身大の人形を見た。

 美しい顔、そして均整の取れた女性の体は、銀色に輝く金属「ミスリル」で作られている。これこそが、彼がこの五年間研究し続けた機械人形こと「ロボ令嬢」であった。


 ロボ令嬢の制作は、国王アシャヤーマ・ダーマの命令で始めった。

 ことの発端は五年前。不倫を誤魔化そうとした王妃は国王の暗殺を計画した。幸い暗殺計画は未遂に終わったが、それがきっかけで国王ダーマは被害妄想に囚われることになる。結果、一人息子であるライカ以外に誰とも会おうとせず、自室に引きこもるようになった。

 そんな国王だが、権力と社交界での栄誉だけは手放したがらなかった。そのため自分の命を護衛するための、絶対に裏切らない無敵の護衛を欲した。

 それは生身の人間では不可能な条件。

 この時、国王はすでに正気を失っていたのかもしれない。人を信じられない国王は、近衛兵から護衛を選出しようとせず、宮廷錬金術師のダーマに機械の人形の製作を命令した。

 絶対服従の無敵の機械人形の護衛を。


 最初の四年間は、ダーマの研究の進捗は捗々しくなかった。

 高額なミスリルを、そしてより高価なオリハルコンと魔力石を王室から提供されはした。

 不思議な光を放つと珍重されるだけだった鉱物の魔力石から、「魔力」というエネルギーを取り出すことには成功した。そして魔力への感応性が高いミスリルで素体を作ることで、機械人形は自ら動くことを可能とした。

 だが、すぐに限界はきた。完成した機械人形には人のような動き、そして国王の護衛のような高度な判断を求めることは到底できなかった。

 最初は国王からの命令で、仕方なく始めた研究であった。だがその困難さと「魔力」そのものが持つ複雑さに、いつしかカニエは研究に取り憑かれるようになり、彼の精神は次第に不安定なものとなっていった。

 このままでは、カニエも国王と同じように、狂気に取り込まれ廃人となっていたかもしれない。

 だが一年前、彼に転機が訪れた。

 カニエの最愛の存在である妻が、強盗に喉をかき切られ死亡したのだ。

 彼は大いに嘆き、絶望し、そして自らの命を絶とうとした時……

 カニエの元に天啓が降りた。


『新鮮な人間の脳を使うことで、機械人形は人の動きを得る』


 カニエの脳に閃光のように生まれたそのアイディアは、天に昇った妻が再びこの地に戻るために伝えてくれたメッセージだと思った。

 以来、カニエは寝食を忘れ、研究に没頭し続けた。そしてまずは動物の脳を用い、魔力を使ったミスリル製関節の制御に成功を国王に伝えると、次のステップ、ロボ令嬢の完成のために新鮮な人間の脳の提供を求めた。

 妻の魂の依代を作り上げるため、カニエは娘の訃報にも一切関心を示さずに、研究を続けた。

 狂人は狂人同士、惹かれ合う。

 カニエの狂気が国王に伝わったのか、程なくして王室から、一体の少女の死体が提供された。

 少女は喉を切り裂かれ、顔を焼かれてはいたが、幸い脳の大部分は無事であった。

 自分の望んだものを手に入れたカニエは、さっそく少女の脳を機械人形に移植した。

「やはり、妻は我を導いてくれた……」

 カニエは天を仰ぎ、涙を流した。

 天啓通りだった。

 人の脳を移植した機械人形は、自らの意思は持たず、命令されるまま人間のように動いた。

 魔力石が持つ「魔力」をエネルギーに、ミスリルで作られた堅牢なボディを持ち、人間の脳細胞が学習し動きを制御する。これこそが、国王が巨額の財を注ぎ込み完成した究極で完璧な護衛、ロボ令嬢であった。


「これでようやく国王に、この人形を披露することができる」

 一つの研究を終えたカニエは、次の研究に想いを馳せ始めた。

 それは亡くなった妻を、天国から蘇らせることだった。


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