第28話

「清、ニャンニャン、持ってる?」 

「今日、持ってきた。次来たときにまた借りる」

毛布を渡すと、光希は毛布に顔を埋めてぐふぐふと声を上げた。

「清の匂い、する。うへへ…俺、退院したら、清と、いられる?」

光希は清が会いに来るたびに確認していた。退院後、光希がどうなるのか。高校卒業まで、祖父は光希も面倒を見ると言ってくれていた。会うたびに伝えているが忘れてしまうようだ。忘れていないが、不安で何度も確認してしまうのかもしれない。

「光希が、嫌じゃなければな。それまではちゃんとお見舞いに来るから」

「お兄さんとごんちゃんも、また来るね。次は何食べたい?」

「次ね、シュークリームがいい。たかちゃん、ごんたんも、お菓子ありがとう」

「どういたしまして」

高輪はいつもスイーツを持ってきている。まず清に渡して、清から差し入れとして光希に渡している。直接渡すのは良くないらしい。色々な制約があるようだ。



何度か権田と高輪と共に、あるいは一人でお見舞いに来た。約1年、時間が過ぎ去った。




清が高校2年生になった年の夏。光希はやっと退院することができた。光希は清と共に祖父の家に訪れた。

「君が、光希君か…娘夫婦が、すまなかった」

「み、みつ、光希、です。よろしく、お願いします」

祖父は光希の手を取り、頭を下げて謝罪した。光希も祖父にお辞儀をし返す。その日から3人での生活が始まった。

清は光希に、両親は今仕事で遠くに行っていると伝えた。亡くなったことは伏せておこうと、入院中に光希の主治医と相談して決めた。きっと身近な人間であった両親が二人共亡くなったと聞けば大きなショックを受けるだろう。今は、光希の症状が落ち着くまではと、嘘をつくことにした。祖父にも口裏を合わせてほしい伝えておいた。祖父は清の顔を見ずに「わかった」と答えた。

祖父は仕事をしておらず、家の裏手の畑で自分達が食べる分の野菜を育てている。

清は高校に通いながらアルバイトをしていた。稼いだ分はほぼ貯金している。卒業後、光希と共にこの家を出る為だ。日中学校があり、学校が終わればアルバイトがある清は祖父の家にいる時間は短い。光希が来てからは休みを入れたりシフトを減らしてはいた。しかし、光希から目を離す時間の方が多かった。

また清と一緒だと笑っていた光希から笑顔が消えた。それに気づいたのは光希が来て半年が過ぎた頃だった。

学校に行く清を見送る光希に祖父が声を掛ける。

「光希、おいで。一緒に畑仕事をしよう」

祖父は血の繋がらない光希に優しくしてくれた。祖父は清とは目も合わせず、会話もなかった。光希に優しいのは、娘夫婦のしでかしたことに罪悪感を抱いてのことなのだと思っていた。祖父に手を引かれる光希が縋るような瞳で見ていたことに、背中を向けた清は気づかなかった。気づいていて、見逃していたのもしれない。

光希は入院していた病院に通院していた。その日も清が付き添って病院に来た。退院から一年、事件からは二年、時間が経っている。少し外で待っていてほしいと光希に頼まれて、診察の間、清は待合室にいた。

その後診察室に呼ばれた清は、光希には再び入院が必要だと伝えられた。光希の姿はなかった。

「心のケアが必要です。少し入院をして、様子を見ましょう」

混乱してしまっているという光希に会うことができず、そのまま光希は病院に入院した。医師は何か言いたげだったが、何も言わない。清は入院のための荷物を取りに、一度帰宅した。

荷物を取りに清一人で帰宅すると、祖父は清の背後を見て驚いていた。

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