第26話


「肩入れしすぎっすよぉ、権田さぁん」

「うるせぇ…俺はな、刑事なんだよ。ちゃんと罪を踏みとどまってるやつに感動して、何が悪ぃんだ」

権田は高輪からティッシュを受け取って鼻をかんだ。男同士で尚且つ兄弟である二人の背中を押すような真似をして良かったのか、わからない。兄の光希に、清に対して恋愛感情があるのかもわからない。光希が清に毛布を渡してほしいと頼んだのは、あくまで親族に対する愛情かもしれない。

まっすぐに『殺さなくてよかった』と言い切った清に、権田は安心した。きっと彼はもう道を踏み外すことはない。兄のためにも本人のためにも、清がまっすぐ前を向いてくれて良かったと思う。つい、感極まってしまった。

「悪いなんて言ってないんですけどぉ。権田さんのそういうとこ、俺好きっすよ」

「…気持ち悪ぃこと言うなや…」

「あっ、差別!そういうの、時代的によくないっすよ!」

権田はそれでも高輪に嫌そうな顔を向ける。高輪は楽しそうに笑った。




清は祖父と再会し、両親と顔を合わせることになった。

久しぶりに会った祖父は記憶の中よりも遥かに小さく見えた。

幼い頃に何度か会ったことがある。祖父の家に遊びに行ったり預けられたりしていた。その頃は祖母がいたが、祖母は亡くなっている。祖母がなくなったのは両親が宗教にのめり込むようになる前で、宗教にのめり込むきっかけでもあった。

「ばあちゃんがな、ずっと、お前を気にしてた」

祖父は清と目を合わせずに言った。清は少しひっかかったが、横たわる人のような形を前にして何も言えなくなった。

「失礼します」

権田が声をかけて布を捲る。想像よりも綺麗な顔をした両親が横たわっていた。まるでまだ生きていて、眠っているかのようだ。隣で祖父の鼻をすする音が聞こえた。

「この、馬鹿娘が…」

清の隣で、祖父は涙を流していた。清にとってはクソのような親でも、祖父にとっては可愛い娘だったのだろう。

穏やかな表情の両親を前にして、清の心は凪いでいた。憎いも悲しいも浮かばなかった。両親のこんな顔を見たことがない。両親はこんな顔をしない。作られた表情に、改めて死んでいるのだと思った。

権田の後ろ、扉の近くで高輪は祖父を見ている。留置場に入る前、清は身体検査を受けた。脇腹と背中に痣があることを医師と警察官と共に、高輪が確認していた。

『ちなみにだけど、俺が同席して大丈夫、カナ?』

首を傾げて見上げてくる高輪に清は答える。

『大丈夫っす。好みじゃないんで』

『えっ、即答?しかも、言い方…なんか、傷つくんだけど…』

光希とあのホテルで何をしていたのか、清の性的趣向を知る高輪は気を使ったんだと思う。気遣いは不要だと思って答えたが、高輪は本当にちょっと傷ついた顔をしていた。痣が母親の暴力によるものだと、その時に答えている。

清を殴りつけていた母。祖父にとっては可愛い娘で、父親である祖父は涙を流している。高輪は心中複雑なのだろう。

権田は表情を変えず、じっと祖父と両親を見ていた。清はぼんやりと周りを眺めていた。




清は祖父の家で暮らすことになった。祖父の家は清のいた警察署と光希のいる病院の隣県にある。

高校は転校し、新しい学校にも通えることになった。光希はまだ入院している。清だけが隣県の祖父の家にいる。祖父は清がやって来たその日に言った。

「高校には通っとけ。いたいだけこの家にいていい。ただ俺は…お前を可愛がってやれない。お前は悪くねぇんだ。あの男に似てるお前を、俺は…可愛がってやれねぇ」

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