第17話

清はぐっと拳を握りしめた。眉間に深い皺が寄っているのが自分でわかる。そんなこと、知らなかった。あの村で、あの宗教でそんな集金システムが出来上がっていて、裏にそんな組織が絡んでいたなんて、知らなかった。握った拳が震えた。

あの村は元々廃村だったそうだ。確かに空き家が多く、朽ちた家も何軒かある。その空き家の一つにバイクを無断で停めていた。まだ生活ができそうな家に信者達を住まわせて管理していたらしい。引っ越したばかりの頃、ダイベンシャの家で祈りを捧げる村の人間を何人も見た。あれだけの人数がいるということは、組にとって大きな収入源だったのだろう。

清に疑問が浮かぶ。お布施という名の借金のために、用意された仕事をする。それはとてもきつい仕事で、光希の父が過労死したという。それだけの仕事をしていれば、中抜きされるにしてもそれなりの収入になるはずだ。そのそれなりの収入をお布施や借金返済に回す。逆を返せばそれなりの収入がないとあの宗教を信仰していられない。

清の両親は仕事をしていなかった。少なくとも清は働いている気配を感じたことがない。

「なんで…俺の親は、働かないであの村にいられたんですか?」

「お仕事は、していませんでしたか」

「…光希が来る、少し前から…なんで、光希は、うちに」

光希の面倒を見るために免除されていたのだろうか。しかしそもそも、なぜ光希は清の家に来たのか。光希にあんな真似をしていた。想像したくもないが、なぜあの豚が直接光希を引き取らなかったのか。

権田はまた重いため息を吐いた。

「………独身の、まして後ろ暗い事情のあるダイベンシャは未成年の光希さんを引き取ることができなかった。光希さんを囲い込むことはできたでしょう。しかし、相続された保険金に手を付けることができない。そこで、君のご両親に目をつけたようです。君のご両親は戸籍上の光希さんの親となることで保険金を自由に使える立場になった。ダイベンシャに、お布施という形で光希さんの保険金を渡していたようです。結果、ご両親自身のお布施も借金も、免除された」

「あいつら…そんな、ことを」

清の胃が熱くなった。怒りが吐き気となって込み上げた。

光希が相続した保険金を、両親と豚で使っていたらしい。だから、清の親は働かずに生活できていたようだ。我が親ながら、相変わらずのクズだ。知らなかったとは言え享受していた、自分自身にも腹が立った。

清は刑事に向き直る。

「俺の親も、何か、罪になるんですか?あいつら、今、何して」

清は言葉を切った。権田は暗い顔で清を見ている。

この刑事は色々な話をしてくれている。はたして取り調べに必要なのかと思ってしまうほど、清の事件に直接関係ないと思う話も教えてくれている。きっと警察の調べた真実を伝えてくれているんだろうと思う。

ただ清は、権田がずっと、何か肝心な話を避けているように感じていた。

権田は長い沈黙の後、やっと口を開いた。

「ご両親は………亡くなりました。申し訳ない。もっと早く、伝えるべきだったのですが…」

清は言葉を失った。権田は深々と頭を下げている。あの両親が、死んだ。ご両親が、ということは、二人いっぺんにということだろう。

青ざめる清に権田の背後から高輪が声を発した。

「ご両親は、自殺、と思われます。遺書も見つかっています。こちらです」

高輪は机に歩み寄り、透明な袋に入った1枚の紙を差し出した。薄汚れたその用紙に、見たことのある字で文字が綴られている。

『光希と清が逃げたのは私達の監督不行届です。命を持って償います』

蛇がのたうったかのような歪んだ文字だが、この字は母親のもので間違いない。

両親が死んだ。

幼い頃から碌な親じゃなかった。いつからか清に殴る蹴るの虐待をするようになった。死んでほしいと何度も願った。それでも、実際に亡くなったと聞かされて、遺書を突きつけられて清は動けなくなった。固まる清と室内に長い沈黙が流れる。刑事が口を開いた。

「…今日はもう、止めましょう。話はまた後日聞かせて下さい。すみません。大丈夫ですか」

「いや、あの…驚い、て」

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