25話「幼馴染に手加減は無粋」

 サツキとメアリーが互いに健闘を称えるように固い握手を交わすと、二人は各々の席へと戻ると腰を落ち着かせていた。


 しかしベリンダは俺に話を無視された事で僅かに怒りを顕にしているのか「もぉぉ! 私は先生なんですからね! 少しは私の言うことを聞いてください!」と腰に両手を当てながら声を大きくさせていた。


 確かに彼女は1-Aの担任ではあるが、何処か従うほどの威厳か感じられないのもまた事実。

 実力も聖十字騎士団の証を有していることから強いのだろうが、如何せんベリンダが剣を振るう所を見てないことから判断が難しい。やはり現状としての認識は気弱な先生という括りだろう。


 それからHRも終を迎えて淡々と午前の授業が進んでいくと、ベリンダは意外と根に持つタイプの女性なのか終始視線を向けて睨みつけてきていたのだが、それでも彼女の顔は何故か幼く見えてしまい小動物に視線を向けられているようなものであった。


 まあ端的に言うのであれば表情が年相応ではなく童顔であるが故に、睨みつけるという行為すらも可愛く見えてしまうということだ。


 ――だがそんなことを授業中に考えていると、いつの間にか午前の授業は全て終えていて瞬く間に昼食の時間となっていた。そのまま昼休憩を知らせる鐘の音を聞きながら、俺とサツキは早々に席を立つと食事を取る為に一緒に食堂へと向かう。


 そして食堂へとたどり着くとサツキは東の国の名物でもある『うどん』という麺食を頼んでいた。見た感じはあっさりとしていて腹持ちは良くなさそうだが、中々どうして匂いを嗅いでいると食欲をそそられる。


 それから俺が注文した品はスターゲイジー・パイと呼ばれる料理だ。見た目としては焼かれたパイ生地から魚の頭や尻尾が飛び出していて、さながらパイ生地の中を泳いでいるように見受けられる一品だ。


 まあ見方によれば食の冒涜だと言われるかも知れないが、味だけは美味であるとこの俺が保証する。一度食べたら半年後ぐらいにまた食べたくなる味付けなのだ。


 しかしサツキはこの料理を好きではないらしい。なんでも魚と目が合うと、どうにも食べづらいとのことだ。まったく、気にしすぎだというのにな。


 命を奪うものとして最後の時まで視線は合わせておく。

 これは人界であろうと魔界であろうと等しく例外はないと思うのだがな。

 

 だがそれは今は一旦置いておくとしよう。俺達は各々の料理が乗せられた銀色のトレイを両手で持つと、そのまま空いている席を見つけて椅子に腰を落として食事を始めた。


「なあ、本当にクラス代表を辞退する気はないのか?」


 失礼を承知で麺を啜るサツキに話し掛けると、彼女は視線を合わせたまま数回咀嚼したあと麺を飲み込んだのが喉が揺れていた。


「当たり前だ。一度決めたことに二言はない。それにメアリーとも約束したからな」


 そう言いながらサツキは水の注がれたコップを手に取ると一気に口内へと流し込んでいた。

 恐らくうどんという料理が意外と熱くて舌が火傷しそうになっていたのだろう。

 

「そうか。この質問は愚問だっということだな」


 そんな彼女を見ながら魚の頭部をフォークで刺して口元へと運んで噛み締めると、形容しがたい味が一瞬にして口内へと広がった。これは実際に食べてみないと伝わることはないだろうな。

 そのあともサツキと他愛もない話をスパイスにして食事を続けていくと、


「おい聞いたか? 平民に敗れた貴族達の話をよ」

「ああ、聞いた聞いた。しかも三人掛りでだろ? まったく貴族の称号に泥を塗るような愚行だぜ」


 そんな貴族達の会話が流れて聞こえてきた。どうやらオズウェル達の決闘の事が学院内に拡散されたらしい。多分だが情報の出処は同じクラスの平民達だろう。本当に余計なことしかしないな。

 まさに水を得た魚とはこのことだ。


「しかもその貴族共は今日は休んでるらしいぜ」

「そうなのか? ってことは退学ルートは確定だな。ああ、これでまた貴族が減るわけか。なんと嘆かわしい」


 尚も貴族達はそのまま会話を続けていくと、オズウェル達は貴族という品位を下げたとして退学するのではと話しているようだが、果たしてそうなるのかは疑問だがな。

 あのプライドの高い奴らがそう簡単に折れるとは思えん。


「はっ、よくもまあ真顔でそんなことが言えるな」

「まあな。貴族の称号を汚す奴らは等しく地に落ちるがいいわ。はははっ!」


 しかし同じ貴族だとしても互いに守る素振りすらも見せず、寧ろ他の貴族が没落すればいいと考えている辺りイステリッジ王国の貴族共は醜い者たちだ。


「……やっぱり貴族というのは好かん。出来ることならこんな不名誉な称号は剥奪してもらいたいものだ」


 貴族共の話をサツキも聞いていたのか愚痴を吐き捨てると同時にうどんを完食させていた。

 

「まあそういうな。貴族の称号というのは色々と利用価値もあるからな」

「ん、そうなのか? それは具体的にどういう利用価値だ?」


 首を傾げながらサツキは話に興味を示してくると、それほどまでに貴族という名の称号が嫌なのだろう。平民から貴族に成り上がるというのは並大抵のことでないのにな。


「ふっ、それは今は秘密だ。時期が来たらまた教えてやるよ」

 

 そう、時期が来たらでいいのだ。今はまだ教えてはいけない。

 それにこの先の来るべき日を迎えて彼女が生存していることが最も重要なのだ。

 故に先の事を話してもしょうがない。


「そうか……」


 もの悲しげにサツキは呟くと食べ終えた器や空のコップを整えて片付けの準備をしていた。

 

「さて、そろそろ教室に戻るとするか」


 それを確認してから同じく空の食器が乗るトレイを両手で持ちながら席を立つ。

 すると何かを考えていたのか僅かに遅れてからサツキが、


「あ、待ってくれ。これだけ今伝えておきたい。お前は私と戦う時、決して手加減なんぞするな。昨日の決闘のように全力で手合わせしてくれ」


 真剣な眼差しを向けてそう言い切る。だがそんな頼み事は不要だと言わざる得ないだろう。


「ああ、もちろんだ。お前に手加減なんて出来る筈もないからな」


 元から手加減なんて戯言に近い三文字なんぞ頭から除外済みであり、そんなことを頼んでくるサツキは俺を信用していないのだろうか。まあだとしても関係はないがな。


 そのあと話を終わらせて俺達は一緒に食器を返納すると、そのまま教室へと向かい午後の授業を開始させるのであった。

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