22話「勇者の証を持つ者は1人ではない」

 サツキにオズウェル達のその後を包み隠す全てを話していくと、彼女の表情はまるで山の天気のようにころころと変化したりして見ていて飽きなかった。だが話の最後の方ではまたもや残虐性を問われて怒られてしまった。


 サツキ曰く女体化させて、そこまでするのはやり過ぎだと。

 せめて女体化だけで許してやるべきだと彼女は言うが俺はそうは思わないのだ。


 やられたら徹底的にやりかえす。

 一回でも緩めた手を見せればこちらの負けだと俺は確信しているのだ。


 ちなみに彼女を危険な目に合わせたとして責任を取り指を何本か切り落とそうとしたのだが、それはやり過ぎだとして止められると結局謝罪の意思だけで許された。


 とまあそんなことを朝一で話したあと俺達はサツキ母の手料理を食べて朝食を済ませると、そのまま学院へと向かう為に家を出たのだが、その際に庭で剣の素振りをしていたサツキのお祖父さんから鋭い眼光を浴びせられたのだが、あれはもしかして俺の魔の気配を察知されたのだろうか。


 けれどその後サツキの家を無事に出る事は出来たのだが、そう考えると迂闊にこの家に出入りすることは今後難しいとなるだろう。そもそも昨日の出来事が全てイレギュラーだったことから普段なら絶対に泊まる事はない。


 そして俺とサツキはそのまま学院へと向かう為に歩き始めると、彼女からは唐突にもオズウェル達が無事に家に帰れたかどうか尋ねてきたのだ。


 昨日のあれほどの仕打ちを受けたと言うのに何故そこまで相手のことを心配できるのか。

 それは到底俺には理解出来ない心情だが、サツキは敵に対しても慈悲深い気を持ち合わせているということだろう。


 だが俺とて奴らのその後は知る由もないのだ。浮浪者共に施した魔法は二、三時間ほどで効力を失うようにしておいた事から死ぬことはないと思われる。しかし実際に家に帰れたかどうかまでは分からない。

 

 けれど意外なことにサツキの興味は性別反転の魔法に注がれているらしく学院に向かう道中で「私もにもその聖法を使ってくれないか!」と瞳を輝かせて言われると、何気なく彼女が男体化した際の容姿を思い浮かべたが女子からモテるタイプの姿になることだけは間違いなかった。


 まあその頼み事は丁寧に断らさせて頂いたがな。

 無闇矢鱈に魔法を街中で行使すると色々と目を付けられた時に面倒後になるからだ。

 それを今更言ったところで遅いかも知れないが出来るだけ使いたくないが本音だ。

 

 学院内でも同様なのだが面倒事が向こうから来るので致し方ない。

 最低限の魔法のみで自己防衛しなければならないのだ。


 それと性別反転の魔法を断るとサツキは頬を膨らませて見るからに不服そうであったが「今のお前が一番好きだけどな」とさり気なく言うと面白いほどに顔を赤くさせて頭上からは湯気が出そうな勢いとなっていた。


 ――それから他愛もない話を続けていた間に学院へと到着すると俺達は一組の教室へと足を運んで扉を開け放つが、


「「「おはようございます! ブラッド君! サツキ様!」」」


 既に登校していたクラスメイト達が一斉に視線を合わせてきては朝の挨拶を元気に述べてきた。

 その光景を見るに平民達だけが挨拶をしているようだが、なぜ俺だけ君付なのだろうか。


「あ、ああおはよう」

「おはよう……」


 取り敢えず返事をしておくが隣に立つサツキは何処か愛想笑いのような表情を見せていて雰囲気的に苦手のようである。


 ある意味では注目の的みたいなものだが、恐らくこれは俺が昨日闘技場で貴族を倒した影響が強いのだろう。サツキに関しては勇者の証持ちということで元からだが。


「さて、席へと座るか。いつまでも扉前で立っていてもしょうがない」

「そ、そうだな。はぁ……」


 重たい溜息を吐いて彼女は足を自分の席へと進めると、バッグを机の横に引っ掛けて腰を落ち着かせていた。そして俺も同様に席へと腰を落ち着かせるが、そこでふとオズウェル達を気に掛けていたサツキを思い出して教室内を見渡してみる。


「ふむ、アイツらはまだ来ていないようだな」


 オズウェル達の姿や痕跡は何処にもなく、恐らくまだ登校して来ていないのだろう。

 まあ昨日の出来事を考えれば一週間ほどは体と心を癒す為に休養も必要かもしれんな。


「は、はい! それでは朝のHRを初めていきますけど! 今日はこの一組のクラス代表を決めようと思っています!」


 結局オズウェル達が教室に来ることはなくベリンダがHRを初めていくと、クラス代表という忌々しい係りを決めると言い出して出席簿を開いていた。


「「「クラス代表?」」」


 彼女の言葉を聞いてクラスの大半がオウム返しのように同じ言葉を繰り返すと、それも無理はないことであり俺も一度目の世界線を経験しているからこそ把握出来ること。

 恐らく詳しい説明はベリンダが話すと思うが、俺はクラス代表という言葉が嫌いである。


「そ、そうです! クラス代表とは主にクラスを纏めたり、学院で行われるイベントの決め事をしたりと、多くの仕事がありますがその分リーダーとしての経験が身に付きます! ので、誰かやって頂ける人は居ませんか?」


 そう、詰まるところクラス代表とは一番面倒な係りであり、主に先生達の雑用を率先して任される役回りとなっているのだ。しかもこのクラス代表のせいでサツキは七代目魔王に殺されて命を落とした。俺にとっては呪われた係りだと称しても過言ではなく腹の底から苛立ちが込み上げる。


「「「…………」」」


 そして教室内は一瞬にして静寂に包まれると誰もが同じことを考えたのだろう。

 これは決して楽な係りではなく面倒なだけであると。

 この時代の年齢の奴らが考えそうなことは安直で直ぐ分かる。


「あ、はいはーい! だったら勇者の証を持つサツキさんが適任だと思います!」

「おお! それはいいな! 証持ちならクラス代表としての泊もつくし!」


 それから暫くして二人の平民が最もな理由をこじつけてはクラス代表をサツキに押し付けようとしていた。多分だが一度目の世界線の時も、こうして押し付けられて断れずにクラス代表となってしまったのだろう。つまり関節的にだが彼女を殺したのはクラスメイト達ということになる。


「あ、あの推薦もいいですけど誰か立候補者はいませんか……?」


 相変わらず気弱な声色でベリンダは全員に尋ねるが、それを皮切りに全員が一斉に黙ると静寂が訪れた。


「えっ!? ま、まて私はまだ――」

「はい、立候補致しますの」


 するとサツキの声を掻き消すようにして凛とした声が教室内に響くと、漸く誰かが名乗りを上げたようである。だがこれが一度目と同じ結果であるならば、誰かが立候補したところで運命が変わることはないだろう。結局のところ未来を変えるならば、それ相応の行動をしなければならない。


「ほっ!? 本当ですか! あ、ありがとうございます! えーっと名前は……」


 やっと立候補者が現れたことでベリンダが喜びの声を上げると、事前に開いていた出席簿を見て彼女の名前を確認しようとしていた。

 

「メアリー=オルコットですの」

「あ、メアリーさんですね! ごめんなさい、まだ全員分の名前を覚えきれていなくて……」


 等々本人から直接名前を言われるとベリンダは小さく両手を合わせて謝りながら目元を困らせたように沈ませていた。


「構いませんわ」


 しかしメアリー=オルコットなる者に視線を向けて見ると、どうやら彼女は薄い金色の長髪で縦にウェーブが施されており、瞳は碧眼で尚且つ身長はサツキと同じらいであることが分かる。 

 そして同時にメアリーが貴族の部類の人間だとうことも。


「おいおい、待ってくれよ。そこは流石に空気読もうぜ。なぁ、貴族のお嬢様よぉ」

「そうよ。証持ちでもない人がクラス代表になっても目立たないでしょ!」


 そこで平民の男女が相手が貴族だとしてもお構いなしに文句を言い始めると、こうも強気に出られるのは恐らく俺のせいであろう。

 まったく、ここまでくると流石にやっていることが貴族となんら変わりはない。


「あら、でしたら何の問題もないですわ。わたくしもサツキさんと同様に証持ちですから」


 うすら笑みを浮かべてメアリーが視線をサツキへと向けて驚愕の事実を言うと、その言葉は当然俺の耳にも入り込んで唖然とするほかなかった。


 一体なぜこのタイミングでそれを明かすのか。だがそもそもの話をすると、この女子は一度目の世界線では存在すらしていなかった者の筈だ。


「「「えっ!?」」」


 メアリーの言葉を聞いて平民と貴族が同じ反応をして驚く。


「え”っ”っ”っ”!」


 しかし生徒たちよりも驚いているのはベリンダのようで、これは担任である彼女ですらも把握していなかった事実であるらしい。

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