21話「彼女は全てを知りたい」

 オズウェル達に裁きを下したあと俺は気を失ったままのサツキを抱えて彼女の家へと向かったのだが、そこでまたもや問題が起きることとなった。


 それはサツキを送り届けたあと向こうの両親に詳しい事情を話すまで帰さないと言われて、半ば無理やり家の中へと引きずり込まれるとそこから即席で考えた言い訳を述べたのだが、どうにもいまいち信じられてない気がするのだ。


 ……だがそれでもサツキが犯されそうになったとは両親の前では口が避けても言えず、仮に言おうものなら神速の斬撃を浴びされることは間違いなく、俺とてむやみに敵対行動は取りたくない。

 

 そして肝心の言い訳の方としてはサツキが入学初日に同級生に絡まれて闘技場で決闘をした結果、無事に勝利を収めたが披露が蓄積されて帰る頃にくたばって動けなくなり俺が家まで運んだという設定だ。つまり貴族と決闘をした俺のことをサツキに置き換えて話したということである。

 

 まあ向こうの反応を見るに疑われていることはなさそうだが、如何せん信じられているような雰囲気も感じられないのが妙に気がかりだ。そしてここからが一番大事なのだが、どうやら俺は今日サツキの家に泊まっていくことが確定しているようなのだ。


 というのもサツキの両親が今日はもう遅いからという理由を急に思いついたように言い出して、何故か彼女と同じ部屋で寝具を用意されると、もはや逃げ道なんぞはどこにもなかった。

 しかも無駄に根回しも用意周到であり、既に俺の親にも連絡済みであるらしいのだ。


「まったく、こういう時に限って息の合う両親達だな」


 用意された寝具の毛布とシーツの間に体を捩じ込ませて横になりながら呟くと、サツキを家に送り届けて直ぐに帰るつもりだったのだが、こうも面倒事に発展するとは流石の俺も予想は出来なかった。

 

 しかし相変わらず彼女の両親はノリと勢いが強い性格をしているようだが、これは朝起きたら事情を理解していないサツキに文句を言われるのは必須事項であろう。


「まあ、軽く頬を殴られるぐらいで済むのなら安いものか」


 明日起床したら何か勘違いを起こした彼女に頬を殴られる未来が鮮明に見えると、それはそれで一度目の世界線で出来なかった所謂青春みたいなことだとして許せる範囲でもあった。

 それに今こうしてサツキ共に同じ時間軸の中で過ごせるというのはなによりも幸福なのだ。


「ふっ、そろそろ寝るとするか。明日もまた学院があるからな」


 明かりが全て消えて深淵のように暗い部屋で窓際から月明かりが差し込むと、それは偶然なのだろうかサツキの寝顔を的確に照らしていて、その姿を拝めただけでもやり直した価値は充分にあるというものだ。


 ――それから魔力を回復する意味でも両の瞼を閉じて意識を眠らせると、寝ている間に過ぎる時間とうものはあっという間であり外からは鳥の囀る声が聞こえてくる。


「起きて二人ともー! 朝よ~!」


 だが鳥の鳴く声すらも一瞬にして声量で消し去るとフライパンを叩いて金属音を響かせているのはサツキの母である。彼女は俺の母親と比べてかなり行動派の人間である事が分かるが、それはしっかりとサツキにも引き継がれているのだ。


 何故なら昔からサツキは何も考えずに己の感情に従い動く事があるからだ。確かにそれが彼女の良さでもあるのだが……その行動故に自らの命を失っては言語道断であろう。


「ふぁぁ……眠い」


 ベッドから体を起こして欠伸をしながら眠そうに目を擦るサツキ。


「ああ、そうだな。だが起きないと遅刻するぞ」


 寝具を綺麗に畳んで整えると自身の制服を綺麗にする為に魔法を発動させるが、ここは歴戦の魔族狩りの一家でもあることから魔の気配を悟られないように、細心の注意を払いつつ制服の汚れを除去する。


 ついでに寝具の方も魔法で綺麗にしておかないといけない。僅かにでも魔の痕跡が残っていれば疑われてしまうからな。俺はまだサツキの両親達と剣を交えたくはないのだ。


「わかってりゅぅ……。はやく着替えて朝食を――――ん?」


 ベッドから降りると寝ぼけているのか口調が舌足らずのような感じになっていたが、サツキはそのまま制服に着替えようと着ている服を脱ごうとしていたが、そこへ突如として疑問の声と共に手が止まった。


「ん? どうしたサツキ?」

「な、ななな、なあっ!? なんでここにお前が居るのだぁぁっ!」


 そして俺と視線を合わせて瞬く間に顔中を赤く染め上げていくと、全身を震わせて彼女は大声を出すと同時に近くに都合よく置かれていた剣を手に取り構えていた。

 ちなみに今のサツキは寝巻き姿であり、着替えさせたのは俺ではなく彼女の母である。


「朝から元気だな。だがこれには深い理由があるのだ。だからそうやって直ぐに剣を抜こうとするな。取り敢えず落ち着け」

 

 どうやら起床して直ぐに頬を殴られるという展開は外れたようだが、剣を向けられることになるとはこれまた予想の出来事である。しかもこれは経験上での話になるが今のサツキに何を言っても聞く耳を持つことはないだろう。


「こ、これが落ち着いていられるか馬鹿者! な、なんでお前が私の部屋に……し、しかも一緒に寝た跡があるのだっ! ……はっ! も、もしかして私を襲いに!?」


 朝だからというのも少なからず影響しているのかも知れないが、どうやら彼女の頭はまだ完全に覚醒してはいないようで視覚から得た情報のみで言葉を発しているように伺える。


「朝から想像性が豊かなのは結構だが、サツキは昨日の出来事を何一つ覚えていないのか?」


 一応確認しておかないといけないことがあり、今にも鞘から剣を引き抜いて斬りかかりそうな彼女に質問を投げ掛ける。


「昨日の出来事? ……ああっ!? そ、そうだ! 私は学院の帰り道でオズウェル達に襲われてそれから……」


 するとサツキは少しだけ首を傾げると途端に目を見開きながら、オズウェル達の名前を口にして昨日の出来事を思い出したような表情を見せていた。


「ああ、その先は言わなくとも大丈夫だ。無理して思い出す必要もない。ここに居るということは無事に全ては丸く収まったという事だからな。安心しろ」


 あまり無理に記憶を思い出させても心に傷を負うだけかも知れないと考え、途中で無理はしなくともいいと言うと最後に結果だけ伝えた。


 一度心に深い傷を負うと立ち直るのに随分と時間が掛かることになり、最悪の場合はそれが原因で自らの命を絶つことに繋がるというのを知っているのだ。


「そ、そうか。……だが敢えて聞いてもいいか? 私が気を失ったあと何があったのかを」


 柄部分を握り締めていた手を離して壁際に立てかけるとサツキは好奇心とはまた違い、自らの恐怖心すらも乗り越えようとしているのか昨日の出来事の詳細を尋ねてきた。


「ふむ。知りたいのなら教えてやるが、余り気分が良いものではないぞ」


 彼女が本気であの後の出来事を知りたいのであれば俺としては話す準備は整えてある。

 それはもう、オズウェル達を女体化させて浮浪者共に襲わせて罰を受けさせた事すらもだ。


「ッ……また非道な事をしたのかブラッド。だがそれでも私には昨日の出来事を知る権利がある。全て聞かせてくれ」


 闘技場での出来事を思い出したのかサツキが唇を僅かに噛み締めて苦悶とした浮かべると、幾ら催眠術と誤魔化して話を上手く纏めたところで結局は、残虐非道な行いに変わりはないということだろう。


「ああ、実はだな――」


 それでも俺は非道な行いを続けなければならないのだ。それは全てお前を守る為に必要なこと。

 優しさすらも邪魔な感情と言える。到底理解なんぞはされないだろうが、それで構わないのだ。

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