まよなかエスカレーター

的矢幹弘

第1話

スマホの着信音で起こされた。

マナーモードにしておけばよかった。

電話に出ずに二度寝するか?

いや、相手は店長か。出ないとまずい。

ベッドに寝転んだまま、スマホを手に取る。


「はい。廣田です」

「休みなのにごめんね」

「どうかしたんですか?」

「今日のシフトの田村くんなんだけど、熱が出たらしくて、来れなくなったんだよ。それで閉店スタッフが足りなくて、廣田くんに出てもらいたいんだけど」

「そうですか。予定を確認するので少し待ってください」

「うん。ごめんね」


そう言って通話を保留にする。

確認するまでもなく今夜の予定はない。

けれど、大晦日の夜に出掛けたくはない。

でも、金は欲しいし、店長に恩を売っておきたい。


オレは、スマホに入っているAIのセージにそう伝えて、通話を代わってもらった。

AIのセージがオレの代わりにオレの声で店長と交渉を始める。

「お待たせしました。今夜は予定がないわけではないんですけど、大晦日ですからね」

「まあ、そうだよね。テレビでも見ながらゆっくりしたいよね。だから、深夜帯のバイト代に加えて、ぼくのポケットマネーから1万円だそう」

「そうですか。どうしようかな。初売りセールの準備があるから、仕事が終わる頃には新年になってますよね? 近くの神社が初詣客で混むだろうから、帰りのタクシーがつかまるかどうか、心配ですね」

「分かった。もう1万だそう。バイト代プラス2万円でどうかな」

ポケットマネーから2万円も出すなんて、よっぽど人が集まらないんだろうな。

大晦日にまで働くのは気が進まないけれど、バイト代プラス2万円はおいしい。セージと交代する。

「わかりました。行きます」

「助かるよ。じゃあ、20時から勤務で頼むよ」

「はい」


通話を終了し、スマホをそのままベッド脇に置いた。

今日の20時から24時までの四時間勤務でだいたい3万円かあ。

もうけた。

自分で交渉していたら、あの店長からこんなに金を引き出すことはできなかったと思う。

というのも、オレ自身は、初売りセールの準備だとか初詣客とかタクシーとか、そういう交渉材料はまったく頭になかったから。

考えを整理したり、まとめたりするのは苦手だけど、そんな面倒ごとはセージが全部やってくれる。だから考えるストレスがない。

セージのようなAIがない時代は、みんなどうやって生きていたんだろう?

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