路地裏

瀬川葉都季

はしがき

妻は先日死んだ。そろそろ時効であろうか。

妻を裏切り苦しみから逃れたあの日々について、心の中でそっと噛み締めていたいと思いつつ、その実誰かに全てを告白して仕舞いたくもあり、悶々と時を過ごしてきた。あの日々を思い出す度、頬に触れる柔らかな指も、私を呼ぶよく通る声も、彼女が今もそこに居るが如くありありと思い浮かび上がらせることが出来るのに、どこか現実味がなくて、例えるなら、超大作の小説を読み終わったあとのような、地に足のつかぬ浮遊感に襲われる。果たしてあれは、あまりに鮮明すぎる夢であったのだろうか。

この物語は、若く愚かであった当時の私が、自らの心に居座る虚しさを埋めようと、たったひと時の夢に溺れた、その懺悔の言葉である。

 あの寂れた路地裏に光を灯す、小さな酒場で起きた奇跡にも似た物語を、私を愛した二人の女性に捧ぐ。

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