吉報と凶報

お泊り会の後、マーガレーテへの医療魔法講習が増えた。

もっとも、一番最初に教えるのは“カンニング”。

自分の身体が気持ち悪く感じちゃうけど、これが一番手っ取り早い。

自分の中身を見て基本的な構造を覚え、患者と比較して患部を特定するの。


まあ今のマーガレーテのレベルだと他者の体内を見ることさえ厳しいから、しばらくは自分の身体で機能のお勉強だけどね。



マーガレーテへの医療魔法講習やアンジェリカも交えた人形劇をこなしつつ日々を過ごしてたら、フランツから呼び出し受けた。


いつものガゼボで人払いして内容聞いたら、王都から吉報と凶報が届いたらしい。


吉報はね、領主夫妻が王都から戻って来るの。

王都郊外に一時隔離施設が完成し、未発病者で帰郷の優先度が高い人から順に十日間隔離施設で待機し、発症しなければ帰郷可能になったらしい。


だから領都の代官夫妻も、戻った領主様に代官が引継ぎを済ませたら、生後三か月の男の子を連れて戻って来るの。

アンジェリカにとっては絶対の信頼を置ける両親が帰ってくるわけだから、心の安定度はさらに上がるだろう。よかった。


で、凶報は……。

私の秘伝書使ってるのに、王都の宮廷魔導師たちは新型魔導機器の魔法陣が作れない。ていうか、石英の変形すらまともにできないらしい。

それだけならまだしも、渡り人を王国で保護してやっているのだから、渡り人に新型魔法陣を作らせればいいと騒ぎ出したそうだ。


なんじゃそら? 渡り人は王国からの庇護と引き換えに魔導機器の秘伝書を渡したんだぞ。魔法陣作る義務なんて無いぞ!

しかも自分たちが作れないから渡り人に作らせようだなんて、自分たちの無能をさらけ出した上に、王様が渡り人と交わした約束を反故にする愚かな行為だ。


フランツに聞かされて憤慨してたら、さらに憤慨してる人たちがいた。

魔導機器開発の勅命出した国王様と、勅命によって開発の総責任者となった王太子殿下。

怒り心頭で宮廷魔導師全員を解雇しちゃったらしい。

うん、気持ちは分かる。もっとやれ。


ただそうなると、秘伝書を基に新型の魔導機器を開発する人材がいない。

そこで国王陛下は、各領の領地で魔導機器を研究している魔導師に、秘伝書の内容を公開することにした。

実際領都の代官のところにも、秘伝書の写しが届いたそうだ。


すでに秘伝書の写しは各同盟国にも配布済み。

どこかの国が開発に成功すればいいんだけど、その場合この国は、秘伝書入手国でありながら作ることができない技術後進国とのレッテルが張られる。

新型魔導機器開発には、いわば国の威信が掛かっているわけだ。


そして王都の宰相から内密で届いた連絡には、マーガレーテを魔導師として新型魔導機器の研究に参加させられないかとあったらしい。


私はすでに公爵家の養女として新型魔道具の開発に参加することが決まってる。

これは、王都で保護されている渡り人と私が別人だというアリバイ作り兼、私の国内漫遊時の身分的保険でもある。


だけど今の状況で私が新型魔導機器作れちゃったら、結局唯一の新型魔導機器製作者になってしまい、替え玉立てた意味が無くなるし漫遊なんてしてる暇が無い!


大勢が新型魔導機器作れるようになったその大勢の中に埋没する気だったのに、宮廷魔導師のへっぽこ具合を想定してなかった!!


で、とばっちりを受けたのがマーガレーテ。

アンジェリカとマーガレーテは新型魔導機器作れる私が魔法を指導してるから、作れる可能性が高いと見られたわけだ。


さすがにアンジェリカは年齢的にまずいから、必然的にマーガレーテしか候補がいなくなる。

マーガレーテが新型魔導機器作れれば、公爵家のご令嬢だから不埒な奴は近付けないし、マーガレーテは他の魔導師を直接指導することも可能。


でもそれって、私がマーガレーテを身代わりにしちゃってるよね。

未成年の女の子身代わりにするってどうよ? それ何て鬼畜?

しかもマーガレーテの人生を激変させてるし。


本来ならマーガレーテは公爵家の後継ぎとして、優秀な旦那さんもらって共に領を治めていく未来があった。

ところが新型魔導機器作れちゃったら、魔導機器の第一人者としてあちこちに引っ張りだこ。

領地経営なんてやってる暇無いよ。


なんで私がこんなに焦ってるかって?

レベルをもう少し上げれば、秘伝書読んだらマーガレーテは多分新型魔法陣作れちゃう魔素制御力だからだよ!


元々は、新型魔導機器が普及し始めた時に、アンジェリカやマーガレーテが自分で作れたら便利でいいだろう程度の認識で魔素制御力をさらに伸ばしてた。

今はレベルが低いから新型魔法陣作る前に魔力枯渇しちゃうだろうけど、将来レベルが上がったら趣味程度に作れるよね、くらいに思ってました!

筐体づくりもできるように、木材や金属の変形もドールハウスづくりの一環として教えちゃいました!


マーガレーテは、何やら事情があって医療魔法を真剣に学びはじめている。

それなのに忙しく各地を飛び回ることになったら、習得に時間のかかる医療魔法を修めるのはかなり無理がある。


あの真剣さから見ると、医療魔法の習得はマーガレーテ個人の希望のような気がする。

魔導機器関連のお仕事に就いちゃったら、マーガレーテの将来を変えるだけじゃなく、個人の希望までダメにするということだ。



この状況を回避する策はある。

身代わりなんて使わず、私が新型魔導機器製作の中心人物になればいいだけだ。


人間なら将来を左右する大きな決断だけど、私の場合は一生の中の短い時間を意に沿わない仕事に就くだけ。


でも、現状はかなり気に入らいないぞ。仕方ない、覚悟を決めるか。

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