煙を纏う
Rakuha
煙を纏う
レコードで昭和の名曲を流しながら私はベランダに出る。
紫から黒に染まる空の姿はまるで私の心をあらわしているようだった。
さっきコンビニで買ってきた煙草を一本出してライターで火を灯し、一口吸った。
すぐに咽て咳をする。でも、彼の匂いをまた感じられてまた一口吸って、煙を吐き出す。
空に吸い込まれるように消えていく煙をただボーっと眺めていた。
彼とはよく行く喫茶店でたまたま隣の席になった時に初めて出会った。
彼の服には煙草の匂いが染み付いていて、一瞬で「あぁ、この人は煙草を吸う人なのか」と勝手に頭の中でぼんやりと思った。
それから私はアイスカフェオレを頼んで、ただ店の様子を眺めていた。
すると隣の彼は、「ぼんやりしていて楽しいですか?」と私に声を掛けてきたのだ。
別に楽しくてしているわけではない。何もすることが無いから眺めているのだ。「いいえ、全然楽しくないわ」溜息を吐くような感じで声を漏らす。
彼は私の目を見て笑って、「じゃあ俺と楽しいことしてみますか?」そう言ったのだ。
この時の私は自暴自棄になって、世の中に期待していなく、それ故上手に歩くことが出来なくなっていた。だからもし彼が私に靴を履かせて歩き方を教えてくれるならちょっとは遊んでもいいのでは、とチラリと思ったのだ。
「楽しませてよね」そう言って、私と彼はまだグラスに液体が残っているというのに店を出た。
それから私達は美味しいものを食べに行って、ホテルに行った。彼は上手で私を何度も快楽に墜とした。もうこの時には私は彼に夢中になっていた。
目が覚めると、彼は起きていて部屋の隅に置いてある椅子の上でバスローブを纏いながら煙草を吸っていた。
「それ美味しい?」私が聞くと彼は「美味しくなかったら吸わないよ」と返した。私はもう彼の虜になっていたから彼と同じ煙を纏いたくて「私も吸う」と彼の煙草から一本貰おうとした。だけど彼は、「いや、君は吸わない方がいい」そう言われて私は伸ばした手を引っ込めることしか出来なかった。
「私、貴方が好きよ」
「俺も」
「付き合う?」
「いいんじゃない?」
三回目のセックスをした後にこの会話をして私達は交際を始めた。
ご飯を一緒に食べて、デートをして、キスをして、そしてホテルやお互いの家で何度もセックスをした。
私はいつの間にか歩けるようになっていたが、それは彼なしじゃ上手にできなくなっていたのだ。
私は彼に依存していた。彼も私に依存すればいい。酷いかもしれないがそう思ってしまったのだ。
彼と交際して一年半の時が過ぎ、彼のジャケットから煙草と私のモノではない女物の香水の匂いがした。
私はこの時、彼とはもう終わりなんだ、彼は私に依存してくれなかったんだ、なんて思って、その日の夜は独りで枕を濡らした。
一週間後、私は彼に「別れたい」と言った。彼は「わかった」それだけ言って、私の傍からいなくなった。
私はこれから彼なしで上手に歩くことが出来るだろうか。ベランダから部屋のカレンダーを見ると彼の誕生日の日に赤丸が書かれていた。
私はそれをただボーっと見てベランダの床を若干濡らし、彼の煙を纏うのだ。
煙を纏う Rakuha @Agaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます