リスタートシスター
さなこばと
リスタートシスター
あいつのことなんか知らない。
あいつと縁を切れたらいいのにって、ずっとずっと思っていて、それで家に帰るのも毎回憂鬱だった。別に学校が好きとか冗談でも言いたくないけれど、家はほとんど地の果てで、自分の部屋だけが安息の地か砂漠のオアシスかという感じだった。
あいつの声を聞くたびに虫唾が走った。
視界に入るのも嫌だった。
ただよってくる制汗剤のにおいも拒否反応しかなかった。
いつからかはわからないけれど、気づいたら二つ年上のあいつのことが大嫌いになっていた。
あいつは毎朝早くに起きているようで物音がするので、わたしは通学時間ぎりぎりまで自分の部屋から出ないで身支度を全て済ませ、あいつの気配が去ったあとに駆け足で家を出た。おかげで部屋には立鏡にタオルにヘアーアイロンなどの化粧道具のほか、軽食も水のペットボトルも複数のコップも備えていた。数日なら籠城戦も可能なくらいだった。
そのことをお母さんもお父さんもよく思っていなかったけれど、一番よくないのは不愉快極まるあいつなのだから仕方ないのだった。
あいつが大学に受かって一人暮らしを始めると知ったとき、わたしは歓喜に包まれた。
もう窮屈な生活をしなくて済むのだ。
時計の針と足音を気にして鉢合わせしないように用心する必要もないのだった。
わたしには寂しいなんて感情は一切なかった。
むしろ踊り出したいくらいだった。
あいつは家を離れて春が過ぎて夏に、事故に遭って死んだ。
不幸な事故だった。
それを聞いたわたしは心の灯が消えたようだった。
あいつは他人じゃなかったのだと身をもって知った。頭をぐるぐる回り続ける重い気持ちが募るのを、わたしはどうしても止められなかった。
心の整理ができないまま何日も経った。放心状態で墓を見に行ったりした。
わたしは今まで薄情だったのかもしれないと思った。
自由を得た家はそこら中に黒ずみができてしまったようで、ちっとも気楽になれなかった。
両親も傷心から抜け出せないみたいだった。それはきっと、部屋にこもってばかりのわたしもだ。
あいつがいつも早起きしていたのは受験勉強のためだったらしい。
少しでも勉強時間をつくって、第一志望の大学へ行こうとしていたのだった。
入学できても死んだんじゃ意味ないよ。
わたしはときどきお墓にいるあいつに会いに行ってはそう思って手を合わせた。
ずっと嫌いだった声も、姿も、においも、もう二度と取り戻せない懐かしさへと変わった。
あいつのことを鮮明に思い出すには一緒にいた時間が少なくて、今までわざとそうしていた事実がのしかかってきて、わたしは言いようのない後悔をしていた。
はるか昔の記憶はおぼろげだ。
その頃はテレビの前に並んでゲームで遊んだり、夕食のおかずの取り合いをしたりもしていた……とはお母さんの言葉。
それなら、今のわたしに残されているのはなんだろうと思う。
あいつにはたった一人の妹がいた。
このわたしだ。
だから、改めてここから、わたしはあいつの妹を始めるのだ。
世界にたった一つだけの、あいつとわたしを結び合わせる、兄妹という関係を。
あいつのことを、わたしは知りたい。
手始めに両親が綴ったアルバムを押し入れから引っ張り出してこようと思う。
そしたら次は、今は閉ざされているあいつの部屋に入ってみるのもいいかもしれない。
わたしは駆けるように自分の部屋を出た。
リスタートシスター さなこばと @kobato37
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