第4話

 ザパァとお風呂に入りスパパッっとご飯を食べ、ベスタについていく。

 ふむ、中枢へ行くには一階の正面奥にあるエレベーターを降るようだ。


 ——ウィーン……チン


 降りた先は照明もないのに、地上みたく明るい。

 白い岩を平らに整えた地面と壁、暗闇へと高く伸びる幾十もの柱。

 奥には氷と見間違うような青水晶の建物がある。

 こっちがメインの施設なのか? しかしどうして地下なんかに。


 青水晶の建物周辺には、ローブを着た人たちが数十……いいや、百人ほど集まっている。

 こわい。


《おはよーございます!》

 「「「おはようございます!!!」」」

《今日も元気よく過ごしましょう!》


 テンテッテテレテテ……と、ラジオ体操の音楽が流れ出した。


「ベスタ様、これは一体」

信獣しんじゅうさんたちです。精神的に追い詰められてしまった人を助けた後は、ここで保護しているのです〉


 だとすると、ここにいるローブの人たちは全員、自殺未遂をしたということか。

 ベスタは近付いてくる信獣から、手製の御守りや造花を貰う。


「これ、ベスタ様のためにお作りしたものです。どうか受け取ってください」

《ありがとうございます!》


 ベスタ、やけに元気よくしてるな。

 でもそれとは対照的に、信獣たちは死ぬのも生きるのも諦めたような……虚ろな目だ。

 しかも一人ずつ、ブツブツと独り言……いいや、ベスタと会話しているのか。

 助けているようには見えない。

 何か、嫌悪感を覚える光景だ。

 ベスタがこれほど多くの命を救ったというのは、間違いないのに。

 おれは何を考えてる。


〈フィルさんは、ご自分を責めるよりも贖いましょう〉

〈贖いって、罪滅ぼしをしろってことですか? それとも、プライスの魂か何かを助けたいなら代償を払えってことですか?〉

〈それをゆっくりお教えしますので、私の仕事を手伝いながら、神殿で好きなだけお過ごしください〉


 信獣とは一通り話し終えたらしく、ベスタはおれに微笑みを向け、体操に混ざり始めた。

 おれもやっとくか。

 音楽が止まり体操し終えると、信獣たちは一斉に青水晶の建物へと歩く。


「信獣の方たちは、これから何をするんですか?」

〈アルバイトや就職訓練、或いは会社員としての仕事です。都市のお手伝い、或いは参加という感覚ですね〉


 おれのバイト先にも、ここにいる信獣が紛れていたりするのだろうか。

 ……ってバイトのこと忘れてた。


「ベスタ様、おれもバイトあるんでそろそろ帰ります」

〈バイト先には、こちらでフィルさんを預かると連絡しておきました。お店のことも心配いりません。ちょうどあのレストランで働きたいと言っていた子を、手配してあります〉


 なんと勝手で強引な。

 グイッと、ベスタから手を引かれる。


〈さあ、こちらへ!〉


 こないだより、少し力が強いような。

 おれのことを好きらしいし、昨日はネガティブなところを見せてしまったからリードしようとしてくれているのだろうか? ……いいや、こんなのはおれのヘンな思い込みだな。

 青水晶の中へ向かうと、そこには十数人ほどの信獣が残っていた。

 みんな、どこかへ耳を傾けるかのように目を瞑っている。


〈今日が休みの信獣の方は、ここで過ごすことになっています〉

「一人で過ごす方が好きな信獣とかも、ここにいるんですか?」

〈はい。ここは治療のための場なのです。神殿がよい居場所になりますよう、私がお喋りさせて頂いております〉


 居場所……。

 あれば落ち着くけど、あろうがなかろうがどうでもいいんじゃなかろうか。


 少し、辺りを見渡す。

 このキレイな建物は広く厳かな雰囲気で、壁沿いに白い石のベンチが並ぶ。

 奥には顔がベールで隠れた、祈るような様子の石像が置かれている。

 ……透き通った青水晶の壁は、映る自分がその中へと閉じ込められているように見えた。


〈では、信獣のみなさんとお喋りをしてきますね!〉

「はい」


 ベスタは信獣が一人でいるところへ向かい、何やらやり取りをして、また別の信獣の元へと向かう。 

 信獣の方は微動だにせず目を瞑ったままでいて、ある種の奇妙さを感じる。

 ん、ワースが近付いてきた。

 いつの間にいたのやら。


「フィル。昨日は無視してすまなかった」

「……気にしてないよ」


 カタログ渡してきた時も少し思ったけど、気の利くヤツだ。

 ワースは壁に肩でもたれ掛かり、ベスタの方を眺める。

 

「ベスタに捕まって災難だな」

「ああ、ここへ引っ越す事になるとは思わなかった。でも、プライスがどうして自殺したのかを知るためなんだ」


 ワースはおれの方を見下ろすと、下がった尻尾をポスンと叩きつけてくる。


「なぜ知りたい」

「教えたくない。……それより都市の死亡者ゼロってスゴいよな。どうやってるんだ?」

「一部のバトラーやメイドといった手下がベスタの指示に従って動き、死亡事故の阻止や信獣の世話などをしている。病気を治さないままでいいと言って死んだ者たちだけは、自殺や病死ではなく老衰でカウントされている」

「死亡事故の阻止って……ベスタは未来を予知できるってことなのか?」


 ワースは表情を変えないまま、グッと青い瞳孔を開く。

 まるで獲物を狩る時のような目だ。


「ベスタにそんな力はない。いいか、これから話すことはベスタの信用に関わる。他に漏らすなよ」

「分かった」

「ベスタは生物の心や体の状態を知り、五感を共有できる。例えば、視界は自分の近くに何かを見る目がある、或いは介助用のペットが頭に貼り付いていなければまともに進めない。そして、ここから先が無事故に繋がる重大なベスタの力だ」


 本当に他へ漏らさないか、探るみたく揺れるワースの目を見て──おれはゴクリと生唾を飲む。

 一体、どんな方法なんだ。


「他人の体を操って、無理やり動かせる」


 力ずくかよ。


「無事故の理由はそれと、テレパスでの大声だ。聞けば誰もが動きを止める。ベスタは常に都市の住民を監視し、死亡者ゼロを実現している。もう一度言っておく。このことは他に漏らすなよ」


 じゃあ、ベスタで死亡事故の阻止をやってるというのは嘘か。

 ……自分ら狼は嘘つきだと、プライスは言っていたっけ。

 確か、嘘をつく時は目的や理由があるとも言っていた。

 何のための嘘だったのかはは分からないが、おおよそ理由自体に嘘はない。

 本当のことを言いたくなかったのだろう。

 ジッと見てくるワースの目は、秘密を破れば殺すだけでは済まないと脅してくるかのようだ。

 まあワースに殺すつもりがあろうがなかろうが、秘密を破るつもりはない。


「それとしばらく家へ帰れはしないが、ここはアンタが元々いた環境よりも過ごしやすいはずだ。それでも自分に合わないと思うなら、ベスタにそう伝えろ。一週間も経てば元の生活に戻れる」

「……それって、おれもここの信獣たちと同じ扱いを受けるってことか?」


 ベスタ自身、おれのことを前向きにしてみせるとか、自分を責めるより贖いましょうとか言ってたし同じだろう。

 ワースは「さあな」と答えた。

 知らんのかい。まあいい。


「ワース。話しかけにきてくれてありがとう」


 ワースは壁から離れてダラリと腕を垂らすと、こちらへ冷たい視線を向けた。


「兄のことや今のような秘密を話したくはないが、他のことなら話してやる。俺の部下として知っておくべきことは多いからな」


 ……そういえば、おれとワースとの立場関係は部下と上司になるのか。

 ベスタは若社長って感じだから気にはならなかったけど、年下の上司がいるのはなんかミジメだ。


 ベスタが信獣たちと話し終えたらしく、笑顔でこちらへ歩いてくる。


「仕事へ戻る。いつでも声を掛けてくれ。話せる時なら話す」


 ワースは耳を一瞬動かした後、エレベーターの方へと向かった。

 恐らくベスタからテレパスで指示を受け、耳で合図したのだろう。


〈フィルさん、私もこれからお仕事します。と言っても大したお仕事ではないので、たっぷりお喋りしましょう〉

「分かりました」


 ベスタと話すの、苦ではないんだけど。

 さっきワースから聞いた話では、相当疲れることを休みなくしているような。

 明るく振る舞ってるけど、ベスタだって獣人だろうし。子供だし。

 下手を言ってむやみに傷付けたくない。

 ……話すの、怖くなってきたな。


 ベスタについていき、エレベーターを上がり、廊下の途中にある部屋へと入った。

 執務室だろうか、あまり広くはないがテーブルと椅子に加えて様々な生活必需品となる電化製品と、箱型のシャワールーム。

 それと鳥籠の中に、薄ピンク色の鳥がいる。

 葉っぱの匂いが染み付いたこの部屋は、いるだけで気分が良くなりそうだし、引きこもっても不自由なさそうだ。


 ベスタが鳥籠を開けると、鳥はその頭に飛び付いて張り付くようにかがみ、髪とほぼ同化してベスタの向く方向をジッと見つめた。

 ベスタはそれを気にも留めず、机の引き出しから携帯を取り出すと操作し始める。

 介助用のペット……ワースの話したことは、ある程度本当なのか。


「仕事って、今やってるそれですか?」

〈ええ、マッピングです。私の背後に来て見てください。……ほら、こうして種別でマーカーを付けたものを神殿で働く皆さんに共有し、向かって頂くのです〉


 ベスタはこちらへ画面を向けながらペタペタとそこに触れ、数分ほどで作業を終える。


〈今日の分はこれでおしまいです。さて、フィルさん。……好きな食べ物は何ですか?〉


 今、それを聞くのか。

 好きな食べ物はいろいろあるけど、今すぐ食べたいものでも言っておこう。

 んーと……。


「アジフライです」

〈では今晩、楽しみにしていてください!〉


 会話が途切れ、ベスタは照れくさそうに苦笑いする。

 自分からたっぷりお喋りしようと言っていたことに、気が付いているらしい。

 ……パルサの時に自称していたが、ベスタは本当に口下手なようだ。


「ありがとうございます。それでベスタ様、今日はどういった仕事を手伝えばよろしいのですか?」

〈そうですねー……。そうだ! コギトさんという栄養失調で倒れかけたヤギ種の方ところへ、メイド長さんが毎日様子を見に行っておりまして。そのコギトさんはとてもお喋り好きな方なのだそうです! 私とコギトさんとフィルさんの三人でお喋りするのが、今日のお仕事です!〉


 ……パルサよりは安全そうだ。

 万が一のことが起きても、ベスタがいれば安全だろうけど。

 気持ちだけでも少し、警戒しておこう。

 

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