大人気声優の幼馴染は今日も推しの声で愛を囁く

砂乃一希@活動休止中

幼馴染は推し声優

俺──佐々木ささき直哉なおやはリビングのテレビで動画配信サイト『ようつべ』を見つめる。

そこには可愛いフリフリの衣装を着たキャラクターが歌って踊っていた。

とあるソシャゲの人気キャラクターの一人であるその子が輝く姿に俺は感極まり静かに画面を見つめている。

収録でミスなんてあるはずないのに親目線でなんとも微笑ましくも不安になってしまう。


(頑張れ……!あとはラスサビ……!)


曲も後半に差し掛かり盛り上がりも最高潮となる。

そして最高の決めポーズと共にステージは暗くなり、やがて次のオススメ動画が出てくる。

俺はその画面を見てソファーに深く腰をかけ大きなため息をついた。


(はぁ……今回の新曲も良かったなぁ……まあ今回の作曲家さんの実力なら絶対大丈夫だと思ってたけどこれは期待以上だ)


推しキャラの輝きに1ファンとして大満足である。

ガチャも天井に行く前にお迎えできたので言う事無しだ。


「何してるの〜?」


「わっ!?」


急に耳元で話しかけられ俺は驚きのあまり飛び上がりそうになる。

そして後ろを見て苦笑した。


「来てたんだ、里奈。出迎えできなくてごめんね」


「ん〜ん、全然大丈夫だよ〜」


俺の謝罪に後ろに立っていた彼女はヒマワリの咲くような笑顔を見せる。

彼女の名前は服部はっとり里奈りな

俺の幼稚園に入る前からの人生の半分以上を共に過ごしてきた幼馴染であり、そして──


「それで可愛い幼馴染をほったらかしにして直哉は何をしてたのかな?」


「気にしてなかったんじゃ?」


「それはそれ、これはこれ」


「調子いいなぁ……あかりちゃんの新曲MVを見てたんだよ」


あかりちゃんというのは先程俺がようつべで見ていた推しキャラのことだ。

里奈は合点がいったと言わんばかりの表情で頷く。


「あ、そっか。今日だったっけ」


「本人が覚えてないんだ」


「他の仕事が最近忙しかったからね。そっちに意識がいっちゃってた」


里奈はえへへと笑う。

そう、彼女こそがこのあかりちゃんの中の人──つまり担当声優なのである。

最初に声優のオーデションに合格したと聞かされたときはめちゃくちゃ驚いたが、今では里奈は色んなゲームやアニメの仕事に呼ばれる若手で最注目の人気声優に仲間入りだ。

学校ではそれを内緒にしているのに俺にだけ教えてくれている、というのがなんだか少し誇らしい。


「あかりちゃんのどこが好きなの?」


「うーん……見た目と性格?」


本当は声一択なのだが、本人の前でそれを口にするのはいささか恥ずかしい。

まあ推してるのは本当だしこの際理由なんて何でもいいだろう。


「ふーん……」


しかし里奈はそれでは納得しなかったらしく被っていた帽子をダイニングテーブルに置き、俺の隣に腰をかける。

その間は拳一つ分も無いくらい近く、芸能人でも通用しそうなほど整った小顔と長い艶やかな黒髪から香るフルーツの良い香りが鼻をくすぐる。


「そんなこと言っちゃうんだ。声とか歌が好きとは言ってくれないの?」


「それは……」


まんまその通りではあるんだけど、と誰が相手でもなく言い訳じみたことを内心でこぼす。

だけど里奈はその一瞬の言い淀みの間で更に顔をグイッと近づけてくる。


「私のことだけ見ててよ。私は……きっと貴方の一番星になってみせるから」


「っ!?」


里奈がいきなり吐息すらも感じられそうな距離から囁いてくる。

そのセリフはあかりちゃんが本編で主人公に対して告げた代名詞とも呼べる有名な一言。

普段の里奈の声より少しだけ高いトーンのあかりちゃんそのものの声は確実に俺の心を揺さぶってくる。


「い、いきなり何をするんだよ」


「ふーんだ。直哉がいじわるなことを言うからその仕返しっ」


里奈はいたずらっぽく天真爛漫な笑顔を浮かべてそんなことを言う。

本気で怒っているわけじゃない。

むしろじゃれ合っているだけの可愛いいたずらだ。

それだけに心臓に悪く強く言い返せないのも辛いところ。


「全く……心臓に悪いだろ」


「ふふっ、ドキドキした?」


そりゃあな、と言う前にグッと言葉をこらえる。

俺がドキドキするのはあかりちゃんを推しているからだけじゃない。


(だって俺は……里奈のことが……)


そこから先の言葉は里奈はもちろん、家族や仲の良い友達にも伝えていない自分の心の奥底に密かに隠した想い。

小学生の頃からずっと抱き続けてきた淡く輝き続ける思い出だ。


「まあまあだな」


「え〜!つまんないの〜!」


里奈はそんなことを言うが表情は笑顔だ。

相変わらずいたずらとからかいが大好きだな。


「やっぱ幼馴染だもんねぇ……難しいかぁ……」


「本当に長い付き合いだからね。そして里奈は一体何を目指そうとしてるんだ?」


「え?ドキドキさせて顔が赤くなった可愛い直哉を可愛がろうかなって」


「どんなおぞましい目標だ」


思わずそうツッコむ。

別に美男子でもない普通の男の赤面とか誰にも需要ないぞ。

俺が辱められて終わりだ。


「おぞましくないよ〜」


「いや、おぞましい。っていうか里奈は今日何しに来たんだ?」


今日は特に前約束はしていない。

だが里奈はうちの合鍵を俺の両親から渡されているので自由に出入りができるのだ。

まあ俺もおばさんから里奈の家の合鍵預かってるけども。


「う〜ん、適当に直哉の部屋でダラダラしようかな〜って思ってたんだけど少し気が変わった」


「気が変わった?」


「うん、今日は帰ることにする」


里奈がこんなことを言い出すなんて珍しいな。

とはいえ怒ってるわけでも無さそうだし……

なんかあったか?


「そうか。家まで送ってこうか?」


「ううん、近いしまだ外も明るいから大丈夫、ありがとね」


「幼馴染からね。こんなのお礼のうちにも入らないって」


「ふふっ、、かぁ……」


里奈は少しだけ笑顔をこぼす。

どうしたんだろう、と少し不思議に思っていると突然里奈が抱きついてきた。

そして──


『大好きだよっ!』


あかりちゃんの声でそっと囁いていく。

本編にそんなセリフはない。

だけど完全に声はあかりちゃんのものであって里奈の声ではない。

俺の頭の中を様々な考えが通り過ぎていく。


時間にして三秒ほど……しかし俺にとっては永遠にも感じられるほどの長い時間の末、里奈は俺から離れる。

そして今日一番の笑顔でニコッと笑った。


「じゃあね、直哉!いつか絶対ドキドキさせて見せるんだから!」


里奈はビシッと指を指すとパタパタと玄関の方へ走って消えていく。

俺はぽかんと呆気にとられることしかできなかった。


(……反則だろ、それは……)


俺の心臓は強く高鳴っていた──

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