第14話 手紙

ぼく達は尾根から更に歩き、元いた町と、目的地である研究所の間の地点辺りまで着いた。

道中全員無言だった。重く、肺や心臓が押しつぶされそうな空気がぼく達を包んでいた。

「ここで休みましょう」

雪姉ぇが呟くと全員足を止め、その場に座り込んだ。やるせない思い、どうしようもない悔しさでぼくは心がいっぱいだった。きっと皆も同じ気持ちかもしれない。言葉は無くとも感じ取れるものがあった。

澁鬼くんはまだ雪姉ぇの背中で寝ている。そんな彼を雪姉ぇはゆっくりと下ろし、地面に横たわらせた。

時刻は朝、大きく光る半円がぼく達を照らし始めた。

ぼくは澁鬼くんのお母さんからもらった朝ご飯用の袋を渡せれていたことを思い出す。

閉じられていた袋を開け、中を見てみると、1枚の手紙が入っていた。

差し出し人は澁鬼くんのお母さんからだった。

ぼくは、手紙の存在を皆に知らせ、声を上げて読んだ。


「佐斗葉さん、祐葉さん、雪嶺さん、恵里菜さん。

あなた方がこの手紙を読んでいる頃にはもう、私たちはもう、この世界にはいないでしょう。

丁度1ヶ月前、湖の近くで夫が襲われ、その衝撃で水をき止めていたダムの壁に亀裂が入り、そのことに獣人たちが気付き、私たちを脅してきたのです。『1ヶ月後の夜、ダムの壁は破壊され、水は町を飲み込む。命が惜しければ、我ら獣人たちに食糧であるお前たち人間の命と、この町を差し出せ。断ったり、返答を1ヶ月後までにしなければ、お前たちは自慢である町の湖の藻屑になる』と。私たちが取れる選択は2つ。『町を捨てるか、捨てないか』です。私たちは答えを出しました。『獣人たちには屈せずにこの町に留まり、大好きなこの町で死ぬ』と。私たちの行動はあなた方からすれば愚かな決断かもしれません。でも私たちはこの町を愛している。この町に産まれ、この町で育ち、この町で生きてきました。他の生き方を知りません。最期まで私たちは自分たちの運命を憎むことなく、最期までいつも通りの日常を過ごすと決めたのです。そして、ダムの決壊まであと3日という時にあなた方がやって来ました。そして上記の事実を知っているのは、大人だけです。子供たちは何も知りません。もちろん澁鬼も。ですから、私は澁鬼だけでも、これからも、他の世界でも生きて欲しいと願い、あなた達に預けることにしたのです。昨晩のサンドイッチには、澁鬼にだけは、彼の大好きなソースをトッピングしました。それには睡眠薬が混ぜてあり、明日のお昼前には目を覚ますはずです。どうか、この手紙を読み終わったら、あの子にはこの事を知らせずにどうか私たちの町が見えなくなる場所まで移動してください。あの子には真実を知らず、これからも生きて欲しいのです。改めて、佐斗葉さん、皆さん、あの子の事をよろしくお願いします」


「うっ......うぅぅぅ......」


ぼくは、最後まで手紙を読み切ることが出来なかった。気がつけば景色は歪んでかすみ、嗚咽が漏れていた。


「うぅぅぅ...あぁ......うぅぅぅっ...!!」

「ぅぅぅぅぅ...ああああぁぁ!!!!」

「......ッッ!!」

「...クゥッ......!」


ぼくらを照らしていた半円はいつの間にか大きな円を描いていた。

そしてまだ眠る澁鬼くんを照らしていた。

それはまるで、彼の母親のように、温かく、優しく、柔らかく、彼を包んでいるようだった。

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