tp6 二人の足取り探し ――The day the ban on going out was lifted――

 魔力をよく通すものと、ほとんど通さないもの。


 全く真逆の性質を持つ、なんの関わりもない非スペクトラムな自分の二つの身体を自由自在に入れ替えることができる魔法。

 俺の元いた世界では、先生ししょーによって《二つ身デュプレックス》と命名されたその魔法を操ることができる魔法使いは、ここでは、至極ありふれた存在らしい。


 《狐》やら、《鳥》に留まらず、《鸚鵡》に《鴉》と言った、さらに細分化された幾千もの「名前」がつけられ、あろうことか動画がバズるためのネタにされるくらい。

 にわかには信じられなかったけれど、それが宮代笙真や、マーゴット・アデリーから教えてもらったこの世界の常識だった。


 そして、もう一つ。

 この世界に生きている連中には、個人差はあれど、魔力そのものが目で「観える」んだそうだ。


 それこそ、信じられなかった。

 先生ししょーが叶えようと長い間ずっと努力して、ようやく実現化に漕ぎ着いた「夢」がすでに存在しているのと、変わらないんだから。

 この世界のことを教えてあげたら、先生は喜ぶだろうか、それとも血の滲むような僕の頑張りはなんだったのかと悔しがるだろうか。どちらもあり得そうな気がした。


 世界中が《二つ身》で溢れていて、誰でも魔法が観えるから、フル魔法使いでも、セミ半魔法使いでも、ノン非魔法使いでも関係なく、というよりもその三区分は魔法技術の専門書の片隅に申し訳程度にただの定義が書かれているに過ぎないくらい、人々が魔法使いの存在をなんとも思っていない世界。

 俺が、「あらはし」の魔法でやってきてしまったのは、そんな世界における二十六年前の春のことだった。


       ◇


「さあね、そんな人は見た覚えがないから。書き入れ時なんだから、どいたどいた」


 素気すげなくそう言うと、俺たちが事情を尋ねようとしていたそのおっちゃんは、宮代笙真の身体を押しのけるように店の奥のほうへ戻っていってしまった。


「『読ん』でみたけど、嘘はついてないよ。あの人。ねえ、ほんとにこれ、まだ続けるわけ?」


 暑さのせいだろうか。うんざりした口ぶりで、俺の先生と同じ名前と顔と、年の分だけ欠けているところはあれど、最新型のEAPを欺けるくらいには瓜二つな「読み」の魔法を持つ十四歳の少年が、尋ねてきた。


 我慢してほしい。地面からの輻射熱をまともに受けているこっちの方が絶対暑いはずなんだから。

 俺は、顔を顰めて、あと僅かになった大型連休を楽しむ観光客たちが行き来する雑踏の中で無言のまま彼を軽く睨んだ。


 そんな俺たち二人から、少し離れたところで一人だけ涼しそうな顔をして、風を操る《鳥》の魔法と細かい刺繍の施された日傘の下に身をおいたペギーは、今朝まで纏っていた臙脂に白と黒のお仕着せではなく、通気性の良さそうなふんわりしたミントグリーンのワンピースに身を包んでいる。

 レベッカ嬢とまではいかなくても、彼女の侍女になれるくらいの家柄の娘だし、曲がりなりにも成人だから、自由にできる領分は子どもの俺たちより多いらしい。


 いいよな、実家が太いってさ。俺もそうだから、分かる分かる。それにしても、暑い。


 そんなことを思っていると、俺が人からぶつかられないように傍らを歩いてくれていた笙真から、ぐいと手を引っ張られた。


「暑いんでしょ。休もう。また倒れられたら、元も子もない」

「そうだな、魔法で煽ってやっても熱風しかこないし、私も冷たいものが飲みたくなってきた。日本の夏も過酷なもんだな」

 

 俺たちにさり気なく合流して、実はそんなに涼しく思っていなかったことを告白してきたペギーの傘に入れてもらう。


「こんなのまだ夏のうちに入らないよ。山梨の夏はもっと最悪なんだから。熱中症警戒アラートって知ってる?」

「アラート?」

「あたし知ってるよ。今年からはほんとに暑いと、特別警戒アラートに変わるんでしょ」

「ちっちゃいくせに物知りだね。ここにする?」

「……フラペチーノなら、つきあわないよ」

「痩せ我慢しちゃって。他にもいろいろあるんだからいいじゃん」


 二人の少年と少女に挟まれて、道端のローカルのコーヒーショップに連れて行かれた俺は、席に通されると同時に、肩から提げたポシェットを開いた。

 取り出した銀色のスマホには、LINEが届いたことを報せる一件の通知。

 この身体の魔力だと弾かれてしまうので、面倒だけどパスコードを打ち込んで開く。

 すると、もうちょい子どもらしくしなきゃだめと、受信したばかりの絵文字付きのメッセージが入っていた。


 チョコミントフラペチーノと、バタフライピーで青紫に染まったレモネード。それから、アイスティー。

 どう返信しようかと迷っているうちに、店員がテーブルに並べたドリンクを、ペギーの前に置かれた分と交換して口に運ぶ。

 俺はもちろんアイスティーだ。俺の隣で、不思議なツートンカラーが混ざりつつあるレモネードを口にしたペギーは、あっまと呟いたわりに、すぐに飲み干してしまった。


 わかった、気をつける。


 結局、シンプルな短い文で返信して、氷が溶けないうちに、俺はお茶を飲み干した。

 フラペチーノだけでは不足なのか、レジ前に山積みになっていたよもぎのスコーンと黒豆のマフィンを遠慮なく両方二個ずつ持ち帰ることに決めた笙真に向かって、それは奢らないからあとで返してよと釘を刺したペギーが会計を済ませ、俺たち三人は店先をあとにする。


 外国から観光に来ている年の離れた《鳥》の姉妹と、二人とは遠縁にあたる、他所生まれだけど地元育ちの少年。

 宮代笙真のプロフィール以外は、ホントとウソがモザイクになっている三人で決めた役回りに従って、あの日の二人の足取りを辿る形で甲南湖の湖沿いの通りを俺たちが巡り終わったのは、昼をいくらか回ったタイミングだった。


「森へは、どうする?」

 通りの終わりで、日傘と首を傾けたペギーが尋ねてくる。

「行くよ。魔力なら、まだ大丈夫」


 こっちでも先生せんせいになってくれた宮代笙真から一月近くも手ほどきを受け、魔力が十分に残ってさえいれば、どうにか「大事故」――自分の意図しないタイミングで、身体が入れ替わってしまうこと――を起こさないでいられるようになった俺。

 ようやく今朝になって、外出のための最低条件をクリアしたにすぎない俺を慮ってくれているらしいペギーに向かって、おぼろげに観えるようになってからまだ日の浅い、半分以上は残ったままの自らの魔力だけを根拠に無理やりに胸を張ってそう答える。


 ……魔力が減れば、相変わらず事故を起こしかねないし、この世界ではフツーとされている他人の魔法を観ることに至っては、まだ全くと言ってよい程できていないのだから、自分でも全然褒められた話じゃないのは充分に承知している。

 でも、これが今の俺の目一杯の実力なので、どうかガッカリしないでおこう。

 少なくとも、好奇心に手綱を引かれた魔力に振り回されて、気を失うことだけは、あの日を最後にないのだから。


 自らに言い聞かせるつもりでそう思ったのだが、笙真君にはきっと「読ま」れているんだろうな。

 先生ししょーと呼ぶのも、呼び捨てにするのも抵抗があるので、君付けにすることにしたのだけど、彼はそのことについて、どう思っているのだろうか。

 あとで知恵さんに戻ったら、聞いてみようかな。


 そんなことを俺が考えていると、「明かし」の少年と、《鳥》の少女が、それぞれ俺の魔力の残りを勝手に検分し終えたらしい。

 先に顔を上げたペギーに向かって、頷き返した少年が口を開くと、午後三時までにするからねとタイムリミットが告げられる。


 俺は、目を落としていたスマホの画面にロックをかけて、ポシェットにしまった。

 彼が定めた刻限までは、二時間とあと少し。


 笙真を先頭にして、俺たちは宮代統とレベッカお嬢様が年度末に姿を消したという、甲南湖の湖をぐるりと取り囲む森の中へ足を踏み入れた。


 俺のEAPに積まれている二〇五〇年度版の「あなまほ」で、何か一つでもヒントが見つかればいいんだけど、どうなることやら。


 不安を打ち消すように、俺は小さく首を振って、ペギーとお揃いのワンピースを翻しながら、小走りで二人のあとに付いていこうと努めることにする。

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