魔法使いたちの//クロスロード ――ver.→D――

なぎねこ

tp1 レセプションは二十(はち)時から ――The beginning of the daydreamer's story――

 聞こえますか、先生ししょー。こちらすばる。解体作業順調です。

 補助電源付端末外演算ユニットほじょたんを三つ、串刺しでオシャカにされちまったけど、雨降り出したから、お客様はそろそろ帰りそうだし、なんとかなり――あ、やべ! これって狐の嫁入りじゃん。


 訂正訂正! たった今ほかのも全部持ってかれちゃった。すみません。そんなわけで残りはスマホしかないけれど多分、大丈夫でーじょーぶ。いざとなったら自力で『読んで』バラすから。


 え、心配? 大丈夫だよ。マジでホントに。

 ……そりゃあ、予定よりはちょい遅れるかもしれないけど、まだ二十はち時からのレセプションの開始まで六時間近くあるし……約束? そんなのもちろん分かってるよ。勘当はともかくこんなタイミングで破門なんて絶対にだからね、死んだって使わないよ。


 それよかさ、今日ばかりは俺もちゃんとドレスコード守るから、アイツには『あとで会場でな』って伝えといて。頼むよ。いいでしょ? ありがとう、さっすが先生。


 じゃあ、両手開けなきゃ作業に支障が出るからスマホはスピーカーにしとっけど、爆弾の解体この仕事が終わったら、すぐにそっちに降りるんで会場内のことはお願いします。


       ◇


 行け、隠れてろと命じた俺の心に沿うように午後の明るい天気雨の中で燐光を纏っていた流線型の銀色ぎんの筐体は、掌から浮き上がると、にわかにその姿を消した。

 回線の向こうで、俺と同じように空飛ぶスマホを従わせているはずの面倒くさがり屋の先生から、先ほど切り上げたばかりの会話をあとでそのまま聞かされるに違いない小鳥の姿が心に浮かんだ。

 幼馴染の少女に要らぬ心配をさせないよう、余計なバッググラウンドノイズなしの音声だけが送られていることを景色に溶け込ませたEAPスマホとのリンク経由で確かめる。

 一秒にも満たない時間でいくつかのアプリとのやりとりを終えた俺は、からになった掌とそこから伸びる指の一本一本に改めて意識を集中させて、そのうちに訪れるはずのタイミングを待っていた。

 

 ――EAP嫌いのやっこさんが一回分の魔法を使い切った瞬間に、ここから飛び出して、今隠したばかりのスマホで目眩ましを喰らわせてやりながら、あの爆弾を攫うことができれば、俺の勝ち。

 

 言葉にしてみれば、実に簡単な内容である。成年間近な宮代みやしろ家の弟子に課された仕事としては、それこそ朝飯前だって言ってもいいくらいだ。


 早鐘を打つ心臓を宥めるため、爆弾の前に立ちはだかっている奴――人殺しを生業なりわいにする《狐の鋏》の女――の殺傷能力に特化した魔法を一発でも喰らったらオダブツだという絶対普遍の事実だけを、都合良く頭の隅のほうへ押込みながら、俺は自分にしか聞こえないささやき声で大丈夫と繰り返す。


 その証拠に、動き回って負った擦過傷はともかくとして、今のところ怪我ひとつ負わされていないじゃねーか。あの《狐》が飛ばす《鋏》相手に。

  

 EAP魔法使い支援プロセッサの恩恵の下、生来の魔法に、“血が通わなくて、冷たい”という意味のチルと呼ばれる人工の魔法を組み合わせての柔軟な手を打つことが可能な俺たちフツーの魔法使いと違い、かたくなに生まれ持ったかせつきの力しか使おうとしない相手とその魔法のことを、これ以上縮めようもない呼称なまえで呼びながら、少しだけ気を良くした俺は、胸の中でさらに独りちた。

 

 これはきっと、先生が言った通り、いや、それ以上に俺がきっちりEAPを使いこなして「読め」ているからに違いない。

 とはいえ、このままここで息を潜め続けるのは、正直言ってちょっとしんどいな。


 下手に動いて補助端の二の舞にされたくない俺と、俺の手数の多さに苛立っているに違いない女。

 《ひとごろし》に比べれば、荒事に慣れていないためだろうか。奴との間に横たわったヒリヒリするような膠着感にとうとう耐えきれなくなった俺は、気を紛らわせようと高架水槽に身を隠したままスマホのバッテリー残量をリンク越しに確かめる。八十四パーセント。


 げ。補助端ほじょたんなしだとこんなにバッテリーの減りが早いのかよ。前のバージョンよりも段違いだんちで直感的な操作が可能ってのはいいけど、こいつはいただけねえな。危なっかしすぎる。


 そう思って眉を寄せた瞬間に、俺を守ってくれているはずのステンレスパネル製の頑丈な水槽が、ぐわんと揺れた。

 

 ひい、よっしゃ、あっちのほうが、先に痺れを切らせてくれやがった!


 相手の余裕の乏しさを示す音とともに転がり込んできたチャンスに身をひるがえし始めながら、EAP支援環境のもと、枷をほとんど無視するように連続起動させた「読み」を駆使し、空気中から伝わる触感を頼りに相手の魔法が途切れる瞬間を探る。


 ……ふうみい――よういつ、今だっ!


 ここがキリになるという、いつか習った先生の教えに従って、五ちょう目の《鋏》の射出を合図に彼我を隔てていたステンレスパネルの陰から身を躍らせた。

 その勢いのままコンクリートの床を蹴り、更に加速する俺の目に飛び込んで来たのは、俺が解体バラさねばならない爆弾を、大切な宝物のように腕にかき抱いた女の姿だった。


 しまった、鋏にばっか気を取られて奴の動きを「読み」損ねた――? じゃなくて、目眩まし!


 《狐》にしては珍しい守りの姿勢と、苦手意識のある視覚での「読み」を省きがちな俺の悪癖。揃い踏みになったその二つのせいで一瞬だけ真っ白になった頭に狼狽うろたえつつも、当初の予定通りに爆弾に狙いを定めることを再決定した俺は、風景に擬態しているはずのスマホに向かって、心の中で、光れよ! 早く早く! と声を荒らげる。

 焦りを見せた俺をせせら笑うように、枷――生来の魔法を練るために必要な時間という重石おもし――を難なく引き千切った女は、目深に被ったフードから覗く唇を引き上げて、水たまりの中から新たな鋏の群れを喚び出した。

 喰らったらただで済むはずのない《鋏》を前に、強張る身体。身を守るために思わず翳しかけた両手を、俺はどうにか意志の力で引き戻す。

 そうやって中途半端に立ち竦む俺の目の前で、《狐》は、抱えていたはずの危険きわまりない代物シロモノを投擲した。え、と思わず呟きながら、俺は目をみはる。大きく振り上げられた腕の反動で、《狐》が被っていたフードから、女にしては短い淡色あわいろの髪がこぼれた。

 挙式を終えた花嫁が放り投げるブーケにも似た放物線を描いて飛んでいった爆弾に向かう、真っ直ぐな射線ラインが伸びることを俺に予告つげるEAP。

 そこで初めて女の狙いに気付いた俺が、踵を返そうとした瞬間、ようやく姿を見せたスマホの放つ最大光量が、フードから晒された女の目をいた。

 「読み」で視覚をゼロにした一時いっときだけの闇の中で、暴力的なまばゆさをやり過ごしながら、俺はほぞを噛む。

 俺達二人の頭上を仰ぎ見るEAPからリンク経由で送られた防眩処理済みの映像ライブの中で、魔法技術を配線内に幾重にも織り込まれた爆弾が、本物の魔法で出来た《鋏》に容赦なく撃ち抜かれた。

  

 爆ぜた光をまともに受けて戦闘不能に陥った女には目もくれず、俺は奴の魔法が爆弾に与えた決定的な影響――起爆時刻が、レセプションの出席者が集い始める午後五時ではなく時刻不詳に変わったこと。つまるところ、爆弾の暴走――が、招くに違いないたった一つの帰結を変えるため、水たまりを跳ね上げながらひた走る。

 ずっと繋ぎ放しだったスマホの先、俺が立つこの高級ホテルの屋上の十二階層下で、今夜のレセプション会場となるバンケットルームにいるはずの先生に、今すぐの避難を大声で呼びかけながら、すでに落下を終えていた爆弾のもとへ辿り着いた俺は、魔力をこめた指先で弾くように鋏が突き立てられたままの外装に触れた。

 触覚を頼りに「読み」取った爆弾の内部構造の恐ろしいまでの緻密さと、EAPが叩き出してきた四十秒足らずの猶予にいよいよ総毛立つ。

 ほんの少しの逡巡の末、爆弾をバラす選択肢を一旦頭から追い出した俺は、EAPと「読み」を組み合わせた総当たりによって、爆弾の正常な動作を阻む要因――《鋏》の解体を決意した。

  そして、瞬くように過ぎた三十と七・五秒後。

 バッテリーがマイナス俺自身の魔力による強制維持モードに移行したEAPの画面をびっしりと埋め尽くす「incorrect正常化失敗」のログ。

 先生と母さんにしたはずの約束をかなぐり捨てて、俺は生来の魔力でいっぱいにした手のひらと指先で、火傷するほどの熱を帯びたスマホをぎゅっと握りしめる。

 あとはただ、ひたすらにこいねがうことしか出来なかった。

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