【改版】NTR直後、謎の美少女と出会った俺が本当の恋に落ちるまで

若菜未来

第1部

第1話


△▼ (小林玲奈)


 11月、本格的な冬の到来はまだ少し先の頃。


 大学祭の二日目、朝から展示会場前で客引きを務めていた私のお腹はぐーぐーと鳴り続けていた。

 仕方ない、もう午後の2時なのだから。正直くたくただ。


 皆も順番にお昼を済ませており、次は私の番だ。

 駅前まで歩くのも面倒だし、どうしたものか。


 何を食べようかと歩き始めた時、まさとした顔で歩く1人の男の子が視界に飛び込んできた。


 なんだかおろおろ? としているように見える。迷子かな。

 中学生? いやどうだろう、高校生かも?


 うちはマンモス校で学内は広大だ。

 それに大学祭中は各所が賑やかに飾り付けられるため、学生の私たちでさえ方向感覚を失いやすい。

 初めて来た子なら尚更だろう。


 興味が湧いたのか、それとも放っておけなかったのか。

 よく分からない感情のまま、私は気付いたら彼に近づき話しかけていた。


「どうしたの君。中学生、かな? 迷子にでもなった?」


「ちがっ……俺、高校生ですっ。中学生じゃ、ありません」


 彼はぎろりとこちらを睨むと、怒ったように語気を強めた。

 失敗した。この年頃の子って大人っぽく見られた方が喜ぶんだっけ。


「ごめんね! 高校生だよねっ。言い間違えちゃった」

 

 頭に手をやって誤魔化し笑いをしてみる。

 すると彼は小さな声で「すみません」と言い、感情的になった自分を恥じるかのように所在無さげに俯いてしまった。


 純朴、不器用、恥ずかしがり屋?

 どれにしても過去、私の周りにはいないタイプだった。


「でも、どうして高校生がこんなところにいるの?」


「それは……。あ、兄貴が連れて来てくれたんです。俺が家で暇そうにしてたから」


 彼は言いにくそうに口をすぼめた。

 お兄さんに連れて来てもらったことと、家で暇にしていたこと。

 彼にとってどちらが言いにくいことだったのだろうか。


「なるほどー。じゃあお兄さんはこの大学の人なんだ」


「あの、はい。そうです」


 弱々しく自信なさげな声音。

 普通の会話のはずなのにな。私がぐいぐい行き過ぎなのかな? 

 あっ、もしかしてナンパされてると思ってるとか?


「あのね、私ナンパじゃないよ。君が道に迷ってるのかなーと思って話し掛けただけだからね」


「わ、分かってますよ。俺みたいな奴にお姉さんみたいな綺麗な人がナンパしてくるわけ、無いですから」


 自虐の言葉と共に、恥ずかしそうに視線を外す。

 終始自信の無さそうな素振りが無性に可愛く映った。


「そうだっ。自己紹介がまだだったよね。私、小林玲奈っていいます」


 初対面で、もう会う事が無いかもしれないのに自己紹介してどうするんだろうか。

 そう思いつつも私は論理的? に考えることが苦手で、いつも感情のまま動いてしまいあとで後悔する。


「小林、さん?」


 きっと今風なのだろう。

 似合っているかはともかく、だらりと降りた前髪からちらりと覗いた彼の瞳は濁りが無くてとても綺麗だった。


「小林さんはちょっとヤかな。玲奈さんでいいよ」


「はい。分かりました。じゃあ……。れ、玲奈、さん」


 彼はただ名前を呼ぶだけなのに恥ずかしそうに頬を染めた。

 初心うぶそうだし、もしかしたら女の人を下の名前で呼んだことが無いのかもしれないな。


「じゃあ次は君の名前。教えてくれる?」


「はい、あの、拓海です。田中拓海っていいます」


「田中拓海くんか。じゃあ私は拓海君って呼んでもいいかな?」


「え? あ……。はい……」


 せっかく少しだけ会話がスムースになり始めたと思ったのに、彼はまた恥ずかしそうに俯いてしまった。

 駄目だったかな? やっぱりぐいぐい行き過ぎた?


「そうだっ。もし時間があったら絵見ていかない? すぐそこの展示会場っ」


 私は30メートルほど先に見える展示会場を指差し拓海君に示す。


 その時タイミングよくお腹が小さくぐるるると鳴った。

 そうだった、お腹が減ってたんだ……。

 聞こえた、かな?


「絵……ですか?」


 彼に気付いた素振りは無い。

 良かった。ほっと胸を撫でおろす。


「そうっ! 絵、嫌い?」


「いえ、嫌いじゃないです。でも好きかどうかも……分かりません」


「じゃあ是非見て行ってよ! 若い子の感想聞かせて欲しいのっ」


 周りにいないタイプの彼なら、他の人や先生たちとはまた違う感性で意見をくれそうな気がして、ワクワクと高揚感を感じる。


 彼は小さく口を開くだけで、うんともすんとも言わなかった。

 私はその無言を同意と受け取り、半ば強引に「行こっ」と彼の腕を引いてみる。

 すると拓海君は驚いたような顔をし、頬を赤らめた。


 あっ。手のせいかな? 

 自分の常識がいつだって誰かの常識とは限らないものだ。


   *


 展示場に入り、入り口から1枚1枚順に見て回る。

 拓海君は暖色系の絵が好きなようだった。

 全ての絵に独特のコメントを残してくれてとても刺激的な時間が過ぎてゆく。


 私は自分の絵を敢えてどれであるか言わず、見てもらうことにした。

 事前にイメージを植え付けると本心を聞き出せなくなりそうな気がしたから。


 拓海君が私の絵の前で立ち止まる。

 鼓動が高鳴る。


 評価される時はいつだって緊張するものだ。


 彼はどんな感想を言ってくれるのだろうか。

 私の絵を眺め、数秒間無言で見つめていた拓海君が小さく口を開いた。


「なんだかお母さんみたいです」


 それが私の絵を見た拓海君の感想だった。


「え!? お母……さん?」

  

 想像の範疇から逸脱し過ぎていて変な声が出てしまった。


「す、すみません! 変な事言っちゃいましたかね。なんていうかすごく優しくて強くて……あとっ! あったかい感じがして……俺の思ってる母のイメージにぴったりというか」


 拓海君は慌てふためいたように早口でまくし立て、手をバタバタとさせた。

 

 お母さん……か。それは当然誰にも言われたことの無い感想だった。

 すぐには頭に入ってこなかった。

 だけど時間を追うごとに無性に嬉しさがこみ上げてくる。


 実はこの絵のコンセプトは『なりたい自分』だった。

 自画像でもないのにしっかりとでコメントをくれたことにも驚いた。

 ほー、私はお母さんになりたいのか……。

 新しい発見だ。


 驚きか嬉しさかよく分からない感情。

 とにかく柔らかな笑いが込み上げてきた。




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