夢の話

荒川 長石

I

 Kはまた起きがけに夢を見た。それは朝起きる前にいつも見る夢で、夢から起きるという夢だった。その夢を見た後には、Kはいつも実際に目を覚ました。それは朝起きてからの現実に境なくつながる夢なのだが、それ自体はやはりどう考えても現実ではなくて夢なのだった。

 その夢の中で、Kはいつも、何かとても重要な、落ち着いてじっくりと考えなければならないことがある。Kはそのことを知っている。知っているのに、怠惰からか、習慣からか、あるいは恐怖や臆病からか、その考えるべきことを考えない。かすかな後ろめたさと悲しみが心の中で疼くのをKは感じる。それでも、Kはその考えるべきことを考えず、見ないようにする。

 Kはもっと簡単なこと、昨日やり残した仕事のこととか、仕事の続きの段取りとか、これからやらねばならない仕事の細部とか、いつものやりなれた、手間ではあるが難しくもなく、失敗もない、いかにも仕事をしているし仕事が進んでいるという満足がすぐに得られるような、そういったいつもの「仕事」のことを考え始めてしまう。それは考え始めるとキリがない。内容は内容を呼び、細部は細部を呼び、一度動き出すと止まらない機械のように勝手に回転していく。そして気がつくと、Kはすっかり目を覚ましているのだ。

 こうして、最初に夢に現れた「考えるべきこと」についてはいつも考える機会が失われ、「考えるべきこと」の存在自体も、次の日の朝、また同じ夢を見るときまで忘れてしまう。

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