毒蛾の夢。

 私の容姿は人並み以下です、世間を騒がせる様な騒動に、今まで全く遭う事も無く。

 幸運で有ると思うと同時に、魅力が無いのだと、そう思い知らされました。


 そんなある日の事です。

 良く行く場所の片隅に、夜市を出している若い方が居りました。


『どうぞお好きに見てらして下さい』


 男性とも女性ともつかない声で、とても様々な物を売っていました。


「あの、それは?」

『あぁ、生き達磨だったモノです。すっかり中の骨も臓器も取り除き、良く乾燥させたので、これだけ小さくなっているんです』


 今となっては怖い事を言っている、そう思えるのですが。

 当時の私はどうになってしまっていて、面白い事を仰る方だと、そう思ってしまったのです。


 ココで弁解をさせて下さい、手酷い失恋をした後だったのです。

 君の様な女性は良い人だとは思うけれど、僕の好みからして受け入れ難い、と。


 決して表には出さず、気持ちを伝えようとも思っていなかったのですが。

 友人としても、居られなくなってしまったのです。


「どう、使うのでしょうか」


『憎い男に贈るのです、どうしてか相手は喜んで受け取る、そしてすっかり女とは致せなくなってしまう』


 幾ばくか悩み、止めました。

 私をフった方だからと言って、彼を憎んではいませんでした。


 ただただ、この容姿が憎かったのです。


「容姿を、変える何かは、有りませんか」


『有りますよ、コチラです』


 その方が手に取り差し出したのは、硝子の瓶に入った。

 とても毒々しい、蝶でした。


 何でも、一晩枕元に置くだけで、願いが叶うんだそうで。

 私は、とても怪しく感じてしまい。


「お幾らなんでしょうか」

『お代はコレだけ、半分頂きます、残りの半分は叶ってからで結構です』


 蝶1匹でやけに高いなと思いましたが。

 見た事も無い珍しい蝶ですし、私は、買ってしまいました。


 この辛い思いがどうにかなるのなら。

 一時でも夢を見られるのなら、と。


「頂かせて下さい」


 その晩、眠る前に散々、妄想致しました。


 もし、美しい容姿であったなら。

 もし、せめて、それなりの容姿であったならと。




『やぁ、素敵な装いだね、何処かの誰かと逢引きかな』


 目覚めた次の日、本当に私は評判の容姿になっていました。

 けれどいつもの通り、いつもの装いで出掛けただけで。


 私はとても嬉しかった。

 男性に声を掛けられるだなんて、生まれて初めてだったのですから。


「あ、ありがとうございます、ですが生憎と相手も居りませんので」

『それは勿体無い、仕事終わりにココに居るから、寄っておくれ』


 慣れないものですから、少し怖くなってしまい。


「すみません、用事が有るので、ありがとうございました」


 つい断ってしまいました。


 けれど、とても嬉しかった。

 他の女性の様に、私も女として見られた。


 それがとても嬉しかったんですが。




《化粧で化けて媚びを売って、本当に下品》

『本当に、品性下劣だわ、そんな事で得をしようだなんて』

「浅ましい方、行きましょう」


 初めて、女の妬みも受けました。

 今まで仲の良かった筈の友人が、私の容姿が変わった程度で、酷い言葉を投げ付け。


 美人とは、得も有れば損も有る。


 それはこうした事なのだろう、と、思っていたのですが。




《ちっ、声を掛けてやったのに、かまととぶりやがって》


 同性からだけでは無く、男性からも嫌味を投げ付けられる様になり。

 果ては。


「止めて下さい」

「良いじゃないか、君は僕を好いていたんだろう?」


 想い人は、酷い人でした。


「イヤ!」


 私は何とか逃げ出せたのですが。


《おい淫売》

『俺にもヤらせろよ、折角の良い顔なんだ、春を売れよ春を』

「どうせ処女じゃないんだろう、1回は買ってやるよ」


 私が、悪い。

 次の日にはそうなっており。


「お父様」


『どうせ、お前にも隙が有ったんだろう。都会に出て、見合いでもしなさい』


「はい」


 それでも、悪い事ばかりが続きました。


 お断りした方は勿論、見知らぬ方からも後を付けられたり。

 おかしな贈り物をされたり。


 私は、すっかり辟易してしまいました。


 せめて、平凡程度を願えば良かった。

 平凡な方なら、と。


 そう願い、妄想しながら、私は蝶を枕元に置きました。




《おはよう》

『もう、どうかして?呆けた顔をしてらっしゃって』

「まだ寝惚けているのかしら?ふふふ」


 幾ばくか時が戻っておりました。

 そして私の容姿は、平均的な顔立ち、でした。


 あぁ、コレで幸せな人生が送れる。

 そう思っていたのですが。


 程度は違えど、似た様な事が起こりました。


 そして、平均的であるからこそ。

 また、別の問題が生まれました。


「本当に」

《いやね、昨今はそうした事件も有るとは、確かに新聞にも出ているよ。けれどね、君は確かに不美人では無いけれど、そう付き纏われる容姿でも無いだろうに》


 美人で有れば男女の揉め事だ、として片付けられ。

 平均的な顔立ちで有れば、勘違いだ、とされ。


 私は平均以下の顔立ちであった頃が、酷く懐かしくなりました。


 ですので何も願わず、妄想もせず。

 枕元の蝶と共に、眠りました。




「あっ」


 起きてみると、蝶は亡くなっておりました。

 そして私の顔は、いつも通りで。


 周囲も、いつも通りでした。


 私は、焦っていたのだと思います。

 周りには沢山の縁談が持ち込まれている事を耳にし、きっと私は、誰にも相手をされないのだろうと。


 ですが、誰でも良いワケでも無い。


 容姿によって態度を変えず、瑕疵の無い者を責めず、自らの罪を周囲のせいにしない。

 そうして真に真面目で、誠実な旦那様との縁が出来る様に、そうした女になろうと決めました。


 そうでなくてはきっと、例えどんな容姿であろうと私は不平家となり、結局は本当に誰にも相手にされなくなってしまうか。

 とても酷い男と一緒になってしまうだろう、と。




『あぁ、いらっしゃいませ』


「ごめんなさい、どうやら直ぐに亡くなってしまって、埋葬をすべきかどうか」

『元から寿命の最後だったんです、どうでしたか』


「はい、ですので、お代を」

『では蝶を、それなりに高い子ですから、コレでトントンです』


「はい、ありがとうございました。あの、コチラを、お気に召すか分かりませんが」


『おはぎ、好物なんです、ありがとうございます』

「いえ、その子にもと、ありがとうございました」


 そして次の日、感想をと思ったのですが。

 その商人の方にはもう、会う事は有りませんでした。


 ですがそれ以降も、私は夢と願望を抱き続けました。


 私を慈しんで下さる方、優しく、愛して下さる旦那様の為に。

 料理を上手に、字を上手にと。


 日々小さな事ですが、出来るだけの事をしておりました。


 そのお陰か、お見合い話が持ち込まれました。

 他の方と比べると、かなり遅いですが、真面目で誠実な方と結婚出来ました。


 そこでも幸運な事に、婦人会で素敵な女性とも知り合えました。

 そこで美人の辛い面や、平均的であれ、運が悪ければ誰でも不幸になってしまう事を知りました。


 あの蝶は、命を賭し、私に先んじて教えてくれたのです。

 人を見る目の無い、まだまだ世間知らずだった私に、とても良く教えてくれたのです。


 誰にでも、それなりに幸と不幸が有り。

 その幅が、顔や生まれで、多少ながらも決まってしまうに過ぎない。


 特に若い方にお伝えしたい。

 確かに私は結婚致しましたが、結婚により不幸になった方も居ります。


 そして何より、何処かには必ず、結婚しなくとも生きられる場所が有る。

 結婚せずとも死なない場所が有る、ですからどうか、結婚だけでは無い事をお伝えしたく。


 稚拙ながらも、こうして文を書かせて頂きました。


 大丈夫。

 外国よりも小さな土地ですが、様々な場所が有り、世には様々な好みの方が居らっしゃるのですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る