第2話 僕の枕。

 間の悪い事に、また、今度は完全に林檎君宛に届いてしまった。

 しかも、どうやら髪の毛入りの御髪枕、手紙付きだ。


『あの、神宮寺さん』

《あぁ、大丈夫ですよ鈴木さん、直ぐに処理しますから。但し、林檎君には内緒で、お願いしますね》


『はい、宜しくお願いします』


 折角の呪物だ、アレに渡してやろう。




《おい》


 コチラに林檎さんを任せ、女と仕事を漁っている神宮寺。

 久し振りに会った彼が持っているモノは、また随分と。


『あの、何故、そんな物騒なモノを』

《また、今回はアレに送られて来た。祓う前にお前の仕事のタネにと思ったんだが、どうする》


『はい、頂きます』


 逆恨みをしている者には、そこまで加減をしなくて済む、なので楽だ。


 まさか逆恨み先から更に恨まれている、とは思わず。

 あまりの不運に遭うと、先ずは何処かへ必ず相談する、コチラへ来る事を少しだけ手助けし。


 ココに辿り着くまで逆恨みをし続けたなら。


「あの、コチラで、恨みの相談を受けて下さると」

『はい、ココです』


「実は、少し」

『コレ、アナタのですね』


「えっ、そ」

『かなり前に持ち込まれました』


「まさか、アナタが」

『はい、呪詛返しの一部を行使させて頂きました』


「アナタだったのね」

『いえ、コレはアナタの恨みがアナタへ返っただけです。人を呪わば穴二つ、この言葉、ご存知無いですか』


 大概はココで真っ青になる。

 けれども、もっと厄介なのは、真っ青にならず真っ赤になる方だ。


 そう、コレの様に。


「アナタが」

『いえ、コチラは跳ね返しただけです、アナタが受けた損害はアナタが呪ったモノ』


「そんな、呪っただなんて」

『もう覚えてらっしゃらないかも知れませんが、私が得た分だけ苦しめ、そう思いませんでしたか』


「わ、私は別に、ココまでの事は」

『恨む、と言う事はそう言う事なんです。幾ら具体的に不幸を望まなくとも、不幸になれ、そう思えば時に叶ってしまう。この世には神も仏もいらっしゃいます、だから叶ってしまうんですよ、量も重なれば特に』


「こ、コレは、私のせいだって言うの」

『はい』


 やっと、真っ白になった。

 物分かりが悪い者は、生者死者に関係無く、酷く面倒だ。


「けれど、だからって」

『アナタが恨む様に、誰にでも誰かを恨める。ただ、あまりに筋違いだと、こうして簡単に跳ね返されてしまう』


「筋違い」

『内実までは知りませが、アナタは誰に害されたんですか?彼ですか?違いますよね、もっと前に、アナタを傷付けた誰かが居た筈。その者に、本来は恨みをぶつけるべきです』


「私を、傷付けた相手」

『本来ぶつけるべき相手になら、もっと効果が出ます、真っ直ぐに伝わりますから。ただ、キチンとした手順が必要となる、こうして簡単に返されては損しか無いですから』


「私が、本当に恨むべき相手」

『はい、ですが、ご事情を伺う必要が有ります。本当にぶつけるべき相手かどうか、コチラでも調べます、最悪はコチラが死んでしまいますから』


 歪んだ因果応報を正すのが、山の民に課された使命でも有る。

 だからこそ、神々の恩恵を得られるのだから。


「お願い、します」

『はい』




 会社へ、僕宛に、良いネタになる呪物が送られて来たそうで。

 ですがもう、処置は終えた、と。


「そうですか、ありがとうございました」

『いえ、お礼は神宮寺へ、コチラに振り分けをして下さったのは神宮寺ですから』


「はい、分かりました」


 以前の頻度が、少し常軌を逸していたのだとは思う。


 本来なら、作家と担当は月に1度か2度会うだけ。

 神宮寺さんとは、明らかに会い過ぎだと、今なら分かる。


 分かってはいる。


 けれど、明らかに避けられている事も、凄く気になってしまう。

 せめて理由が聞きたいけれど、思い当たる節も有る。


 僕も神宮寺さんも、結婚適齢だ。


 もし結婚へと動いているなら、忙しくて当然だ。

 仕事と相手、それだけで時間は無くなる。


 コレが本来の、お互いの立ち位置。


『神宮寺とは、親しいそうで』


「あ、いや、お互いに男色家でも何でも無いですからね?」

『あ、そうなんですね、失礼しました』


「あぁ、やっぱりそう見えちゃうんですかね」


『いえ、ただ彼は、何処か魅力的に思えてしまうのだろうなと。私には良く分かりませんが、そう評判なので』

「やっぱり、モテ無さそうで実はモテる、そう言う人ですよねぇ」


『いや、まぁ、実態は知りませんが』

「あ、お知り合いにも隠してるんですね、本当に酷い人ですね神宮寺さんは」


『知り合いと言うより、単なる同業なので』

「あ、そうなんですね、本当にありがとうございました」


『林檎さんは、女性に興味が無いワケでは』

「勿論それなりに有りますよ、でも中身があんまりなので、直ぐに違うとフラれるんです」


『そうですか、お邪魔しました、失礼します』

「いえ、ありがとうございました」




 川中島君から相談とは、珍しい。


『天変地異でも起こるんじゃないのか、とは失礼かと』

『いや失礼、君が悩む、なんて事は稀有そうだからね』


 物事も道理も良く分かっている子だ。

 だからこそ、そう悩みは少ないだろう、と。


『刑事さんは、結婚していますよね』

『そうだけれど、結婚の事かい?』


『はい、どう選びましたか』


『選んだ、と言うよりは、彼女だと思ったのが1番だね。そうして知り合えば知り合う程、彼女しか居ない、と』


 思い込みだと言われればそれまでだが、今まで他に良いと思った相手も居ない。

 だからこそ、私は正解だと思っているよ。


『では、もし他に良いと思ったなら』

『それは現実逃避だ、と考えるだろうね。他が良く見えるのは、大概が現状への不満が有っての事、そして変えようともしなければ不満はそのまま。そうやって現実から目を逸らす者が、時には犯罪者になってしまう、と思っているからね』


『何処が、良いと思いましたか』

『私には無い、とても良い所を持っている、人を信じる明るさが有るんだよ』


『刑事さんの場合は、職業柄では』

『いや、なる前からだよ、親戚が騙され一家離散してね』


 ありきたりだろうけれど、犯罪者が憎くて堪らなかった。

 もし見付けたなら、バレない様に殺してやろう、そう常に考えていた程。


 けれど警官になると分かる事が有る、手順を踏まねば犯罪者の罪を軽くしてしまう。

 簡単には殺せない、どんなに田舎に配属された警官だろうと、ね。


『必ず2人1組で行動する』

『暴走させないのは勿論、何かしらを見逃さない為。けれど復讐を諦めきれなかった、許してしまったら酷い薄情者に思えてしまいそうで、忘れる事が出来無かった』


 漸く犯人が見付かった後。

 逃亡していた為、減刑する、と大して刑務所には居なかった。


『なら直ぐに復讐出来ますね』

『そうだね、民間人なら、そうした行動に出る事も有るだろうね』


 けれど、私は警官だ。

 もし手を出せば、今まで取り締まった犯罪まで、色眼鏡で見られてしまうかも知れない。


 私は、保身に走ってしまった。

 そう思い、死んでしまいたくなった。


『それは良くない』

『そうだね、良くないと今なら分かる、けれど当時は割り切れ無かった』


 あまり隠す事が苦手でね。

 直ぐに上司に様子のおかしさを悟られ。


 その相談先に、彼女が居た。

 大変だったよ、私は患者で向こうは看護師、そうした仲になってはならない存在だ。


『辞めれば良いのでは』

『その通り、彼女は直ぐに別の病院に行き、暫く会えない日が続いた』


 けれど、私は心変わりをしなかった、その事を彼女は認めてくれた。

 そして正式に婚約し、結婚し、家族になった。


『決め手は』

『嫌なら辞めれば良い、食わせる甲斐性は有る、ってね』


『良い女ですね』

『そうだろう、本当に、私は恵まれたと思うよ』


 中には殉職する者だって居るんだ。

 その中で家庭を持ち、子を持てた。


『犯人、心残りは無いですか』


『今でも、もし機会が有ったなら、迷ってしまうだろうね』


 けれど、欲張って今の幸運を逃せば、コチラを不幸にさせたいだけの悪人にとっては思う壺だ。


 それに、親戚も。

 恨みは有れど、もう何かをする気は無い、と。


『良い心掛けだと思います』

『ありがとう。君も、いつか太陽みたいな人と一緒になれると良いね』


『はい』




 俺は別に、俺は。


「私、馬鹿でした」

『はい』


「本当に、ぁあ、被害者の方にも」

『いえ、向こうの方に特に被害は無いので、この件だけで結構です』


「ありがとうございます、ですが、一体」

『何を差し出せますか、今、最大限の謝意として』


 止めろ。

 この女は不味い。


 関わるな、俺がこうなってるんだぞ。


「このお仕事の、見世物小屋のお手伝いをさせて下さい」


 この女、俺を見て。


 クソっ、だから俺はお前とは付き合わなかったんだよ。

 ただヤッただけで、どうしてこんな。


『それに加え、3つ、コチラの要望に応えて頂きます。無理は言いません、死ね、殺せとは望みません。アナタが出来るだろう範囲で、叶えて頂きます、こう言う事とか』


 痛い!

 痛い痛い痛い痛い!


「はい、分かりました」


 クソが。

 俺を。


 俺を見るな。

 見ないでくれ。


《凄い、コレ、生き達磨さんだって》

『わっ!動いたわ、どんな仕掛けなのかしら?』

「本当に凄い、下半身が特に、ふふふ」


《もう、良くご存知ね?》

「勿論、この見世物小屋は2回目ですもの」

『まぁ、もっと見に行きましょう。見慣れず怯えてしまっては、未来の旦那様に申し訳無いですし』


《そうね、何だかコレは、とても奇妙に見えますもの》

「そうよ、本来は素敵だと思えて然るべき、だそうですし」

『行きましょう、ふふふ』


「偉いわね、お役に立てて、ふふふふ」


 見るな。

 俺の中を掻き回すな。


 悪かった。

 謝る。


 だからもう。


『悪かった、止めてくれ。この状況から逃げる為の謝罪は、謝罪とは言いません、良いですね』

「はい、ありがとうございます、本当に私は馬鹿でした」


『はい、もっと学んで下さい、悪しき見本からも』

「はい」

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