第16章 霊能者と霊能者。

梓巫女と梓巫女。

 私は、どちらかと言えば田舎の暮らしは全く苦にはならない方だった。

 食べられる実を探し回る事が好きで、母に花を添えて良く贈っていた。


 実が良く採れた日には母と炊事場に立ち、煮立て、瓶詰めにした。


 それは山菜も同じ。

 幾ら採れても、そのままでは日持ちが悪く、美味くも無い。


 塩漬けだ何だと加工し、農作業が不得手な母だったが、村の台所さんと呼ばれる様になった。


 都会の人は良く誤解するけれど、田舎者だからと言って何でも出来るワケじゃない。

 人には得て不得手が有る、それこそ器用だ不器用だと。


 だからこそ織物だ料理だ、農作業だ洗濯だと分担する。


 ハッキリ言って、楽だよ。

 自分1人で何でもしなきゃならない都会に比べたら、1つの事さえ得意なら、立派に村の人間として扱って貰える。


 と言うのも、私は暫くして都会に住む事になった。

 だからこそ、その差を良く分かっている。


 だが、もう何十年も前の事、今は更に変わっているかも知れないが。

 私には、田舎が合っていたんだよ。


 女の必須、裁縫だ。

 手元が特に苦手でね、しかも不器用だ。


 だが、それも血筋のせいだった。

 動き回る方が性に合う、そうした血が、私の時に特に出ちまった。


 都会で過ごした途端、私は酷く浮いている様に思えた。

 地に足が付いていない様で、根無し草の様に居心地が悪かった。


 ココには私の居場所は無い、早く帰ろう。

 それだけを目指し、その事だけを考える事で、正気を保っていた様な状態だ。


 今思うと、だからこそ、だったんだろうね。

 あの時はエラくモテたよ、単に若くて田舎臭い女が珍しかっただけだろう、と思っていたけれど。


 それも血だ。


 どうしようも無い男がモテる、掴み処の無い女がモテる。

 古今東西、いつでも、何処でも変わらない。


 けれど、選ぶのはコッチ、産むのはコッチだ。

 良く吟味させて貰ったよ、中身がしっかり詰まった者をね。


 けれどまぁ、そう言う男もモテる。

 私は思い付く限りの念書を書いて、その男に差し出した。


 金も何も要らないから、3人の子供分の子種だけをくれ、ってね。


 大笑いされたけれど、念書を気に入られて籍まで入れて貰って、4人分の子種まで貰えて。

 あっと言う間だった、あっと言う間に子供は大きくなって、夫は亡くなった。


 だからさっさと息子に継がせて、私は山奥に引っ込んだ。


 そこからだよ、産道が通ったからか、山に戻るとすっかり見えて聞こえる様になった。

 それこそ人様には見えないモノもね。


 まぁ、酷く焦ったよ。

 とうとう何かの病か何か、憑かれたか何かしたのか、と。


 だから近くの寺に行って相談したんだ。

 けれどまぁ、最悪な生臭坊主で、何を思ったのか手籠めにされそうになったが。


 コッチは元々、野山を駆け回ってたんだ、しかも都会育ちさ。

 大事な部分をダメにしてやって、そのまま山へ走って逃げた。


 大雨だったからね、酷く降っていて、まさか逃げ出すとは思わなかったんだろう。


 けれど私は逃げた。

 良い塩梅の季節だ、数日は過ごせるだろうと、雨水を飲んで野草を食って過ごした。


 そうやって上へ上へ逃げていると、獣道を見付けた、そうして近くには洞窟も。


 幾ら何でも獣は怖い。

 そこで洞窟に近寄ると、炭と煙と、まぁ良い匂いがした。


 山に唯一無いのが塩だ。

 味噌の良い匂いがして、ふらふらと洞窟に入った。




「あぁ、山の人か、けれど随分と酷い姿だね」


 何の事か、私は何も分からなかったけれど、否定も何もせずに火に当たった。


『少しばかり逃げて来たんです、酷いのから』

「あぁ、酷いのは何処にでも居るからね、気を付けた方が良い」


 そう言って狩人は鍋を掻き混ぜた。

 何の肉か山菜だ茸だと入っていて、酷く旨そうに見えた。


 けれども事が事だ、ココでも何か有ったら私が犯罪者になっちまいそうで、鍋をただ眺めるだけにしておいた。


 そして猟師の方も、何も言わずに半分平らげ、外に出た。

 そうして直ぐに引き返して来たかと思うと、使っていた椀を差し出して来た、雨水で洗っていたらしい。


『いや』

「食べたければ食べれば良い、余ったら余ったで後で食う、好きにしなさい」


 そう言って猟師は奥で寝そべって、暫くすると寝息を立て始めた。


 私は外に出て雨水で椀を洗い、鍋を食った。

 良く中身を確かめて、危ないと思えば直ぐに外へ吐き出しながら、とうとう鍋を空っぽにした。


 そんでまぁ、洞窟を出た。

 久し振りに腹一杯になったもんだから、酷く眠くてね。


 そこらの蔦を使って、木に登り。

 落ちない様にと自分を縛って、眠った。




『ぉおっ』


 まだ山の生活にしっかり慣れていなくてね、すっかり寝入ってしまっていて、自分の居場所に驚いた。

 ありゃ恥ずかしかったね、誰にも見られず済んだけれど、こう話せば同じか。


 まぁ、それから下に降り、洞窟を覗くと。

 今度は猟師でも無い、何とも言えない雰囲気の女が、1人だけ居た。


《あぁ、やっぱり。さ、おいで、何処から逃げて来たんだい》


 私は、何でか言っちまった。

 全部、すっかり。


『それで、暫く山に居ようかと』

《いや、アンタはそろそろ降りた方が良い、生臭坊主が何を言い触らすか分かったもんじゃないからね。大丈夫だ、今日はもう降らない、お帰り》


 そこでも、どうしてか私は言う通り、山を降りる事にした。


 あんなに上がるのは大変だったって言うのに、降りるのはあっと言う間だった。

 私は山に追い出されたのか、そう思っていたけれど、ちょっと帰しただけだった。


 家に戻る途中、直ぐに村の人に声を掛けられた。


「アンタ!無事だったんだね!!」


 寺の周囲が土砂に巻き込まれ。

 とっくに生臭坊主は死んでいた、情けない姿で。


 要は体半分だけ埋まって、足が枝みたいに生えていたらしい。


 山は、神様は私を守ってくれた。

 そう気付けたからか、もう他に見えない聞こえない何かの事が、何にも怖く無くなった。


 そう、良く思い出せば山では静かだったんだよ。

 当たり前の事なんだけれど、山には神様が居る、村と違って騒々しく無いのは当たり前。


 あの生臭坊主は、供養まで適当だった。


 私は、生臭坊主に天罰を下す為に、神様の使いになった。

 そう思えたら、また山に戻りたくなった。


 お礼を言わなきゃならないし、お供え物だってしたい。

 けれど作法はてんで知らないもんだから、また、尋ねに入った。




《ほら、大丈夫だったろう》

『ありがとうございます、助かりました、お供物は何が宜しいでしょうか』


 あんまりに黙られて怖くなった私が、頭を上げると。


《ふふふ、私は違うよ。けど供物は料理が良いね、アンタのお母さんの飯は美味しいんだろう、それで良いそうだよ》


 以降、春と秋に2膳用意する様になった。

 そうして何回かお供えしていると、その村の老婆が教えてくれた、大昔は良くそうしていたんだと。


 田舎の暮らしに慣れた私は、幾ばくか暇を持て余していた。

 そうして婆さんから毎日何かしらを教わって、実践し、書き留めた。


 そのお陰なのか何なのか、村もかなり静かになり、家の周りは特に静かになった。


 けれどね、それはゴミがウチに来なくなっただけだ。

 川のゴミと同じく、他所の村で変な事が起こる様になった。


 何処も、昔の面倒な事はやらなくなる。

 そりゃ忙しいだなんだと有れば、神様だって五月蠅く言わないさ、省いて良い事も有る。


 けれどね、限度が有る。


 ずっと省かれたまま、疎かにすれば幾ら神様でも嫌気が差す。

 そうやって守られなくなった村は、収穫が減り、子供が上手く育たなくなる。


 そうなったらもう、減る一方だ。

 しかも、どうしようとも思わなければ、村は絶える。


 けれどどうにかしたいと、子世代が思えば、神様だって見直そうと思って下さる。

 親の罪は親の罪、その事を神様は良く分かっているからね。


「どうか、ウチに来て様子を見て貰えないでしょうか」


 若い夫婦が私を尋ねて来てね、ココも落ち着いた事だし、他所も見てみるかと。

 まぁ、少し飽きたんだろうね、住んでいる村に。


 私は二つ返事で同行してみた。

 勿論、単なる物知り婆さん程度だと、念を押してね。




『アンタ達、ココの地名が何なのか、どう書くのか知ってるかい』


 学が無いとか、どうこうじゃない。

 地名には意味が有る、と教わったのは婆さんからだ。


 竜や龍の付く川は、大概が暴れ川。

 人の手に余る、特に疎かにしたなら、いつか返す事になってしまう。


 もう、その村は返すしか無い状況だった。


 村を歩けば、古い者が居れば知れた事。

 けれどもその村には、不自然なまでに老人が居なかった。


 私は村を出るしか無いと言って、村を後にしようとしたんだが。


 まさか、こんな婆を贄にしようとするとは、思いもしなくてね。

 いや、老人が居ない時点で気付けたかもしれないが、まだおぼこい私には無理だった。


「すみません、ごめんなさい、どうか宜しくお願いします」


 地鎮祭だ何だ、そうした儀式こそ、そうお願いする儀式なんだけど。

 省きに省いて、手を抜き、礼を欠く内容でね。


『幾ら捧げたって無駄だよ、モノには適切な手順ってもんが有る、肝心要の肝を抜いたら意味が無いんだよ』


 まぁ、コレで何年も生きてたんだとの自負が向こうには有るからね、全く聞く耳を持たない。

 と言うかもう、縋るしか無かったんだろうね。


 私を河原に置いて、そのまんま、見張りも無し。

 そりゃ逃げるよ、何の意味も無い人身御供何てごめんだからね。


 けれど、嫌なら匂いがした。

 土砂崩れだ氾濫だ、雨で酷い事になる匂いが。


 だから私は火を付けて回った。

 家さえなく無くなれば、少しは逃げ出すのも居るんじゃないかと思ってね。


 案の定、あちこちから火の手が上がって、村人達は避難場所へと逃げ込んだ。

 そう、神社だ。


 そうした場所は大概、濁流から逃れられる場所に有る。

 私は最後の最後、階段を駆け登った。


 けどね、年には勝てないよ。

 どんどん水位は上がって、私の息も上がって。


 まぁ、阿呆でも命は命、救えないより余っ程マシだと覚悟を決めたんだ。


《アンタは良い子だね、後はコッチで何とかしてやるよ》


 そう言って、あの人が来てくれたもんだから、つい気を失っちまった。

 寝ずに走り回るだなんて、年を考えないとね。




『っ、はっ』


 目を覚ますと、誰も居なかった。


 村はすっかり濁流に呑まれ、跡形も無かった。

 私は、結局は救えなかったのか、と。


 そりゃ努力すれば報われるとまでは思ってねいなかったさ、けどね、少しは生き残ってくれても良いだろうにと思ったよ。


 そうして村に帰った。

 どう言うか悩みながら。


 すると婆さんが亡くなっていてね、もう、どうして何も上手く行かないのかとわんわん泣いてやった。

 年甲斐も無い何て知ったこっちゃない、馬鹿みたいに大泣きしてやった。


 そこで泣き疲れて寝て、村の者が拵えた飯を食って、風呂に入って。


 誰も何も聞かないんだ。

 ただ背中を撫でてくれて、それがまたエラく悔しかった。


 私は何にも出来無かった。

 恩人の臨終にも立ち会えなかった。


 何もかんも急に嫌になって、泣くのも止めて、葬式の手伝いをした。


 動いてれば忘れると思ったんだけどね。

 ダメだった。


 けどね、婆さんの初七日が過ぎるって日に、尋ねに来る人が居た。

 背負箱に弓を持った、梓巫女だ。




「あぁ、アナタがそうなのね、大変だったでしょう」


 折角止まっていたのに、また私はわんわん泣いた。

 婆さんも同じで、似たのは他にも居て、コレで良いんだと。


 全部、そこで分かった気がして、実際に聞いても答え合わせと同じだった。

 あぁ、だからか、と。


『ですけど、何で婆さんは』

「若い頃にね、嫌になったら終わりなんだよ、無理に引きずり回す様な神様は居ない。何も聞こえず見えもしなくなった、そうなったら一切手も口も出せない、向こう側になるんだよ」


 どんなに間違っていても、正す役目を手放したなら、決して介入してはならない。

 婆さんはその禁忌を犯し、夫を失い、足を悪くしていた。


 それが隣村での事、延命出来ていたのは、婆さんのお陰だった。


『あぁ』

「アンタが来て、良い思い出も有ったんだと、そう思えたらしい。それと、もし懲りて無いんなら、コッチに来させろってね」


『私は、隣の誰も』

「あぁ、山の人が分配したから大丈夫だろう、何処かで生きてるさね」


『は』

「あぁ、血筋の事がまだだったね、そこから教えてやるよ」


 稀に、里には山に適する子が産まれる場合が有る。

 7才までに神隠しに遭う子は、時にその血筋が強い場合が有る、と。


 それ以降は、今度は山に戻ろうとする。

 何処へとも無く、居場所は無いかと彷徨う。


 そして道の通じた者には、奇妙な事が起こる。


 それを封じるのも、道を示すのも梓巫女。

 山の梓巫女か、里の梓巫女が導く、と。


『じゃあ、私が山で会ったのは』

「かも知れないけれど、確かめるのはもう難しいだろうね、コチラから会う事は難しいんだ」


 そうして私は更に様々な事を知り、梓巫女として生きる事にした。

 今となっては、アレは試されたんだと分かる、生半可な覚悟じゃ何処かで誰かの餌食になるだけだ。


 幸いにも餌食にならず、弟子も取れた。


 血は繋がらないけれど、それなりに息子だと思っているよ。

 居心地の悪さは、良く分かるからね。




「だそうで。居心地、悪いですか?」

《いや、寧ろ君は居心地が良い方だし、僕は男だしね》


「あぁ、性差が有るかもなんですね」

《にしても、村が全く無くなるなんて。大昔とは言っても、流石に無いんじゃないだろうか》


「それが有ったんですよ、〇〇県や✕✕で。ただ、逆に言えば、それ以上の事は無いんです」

《続報が無い。今では珍しいけれど、昔にしてみれば当たり前、だったかも知れない》


「それもですし、生き残った方に押し掛け取材をさせない為、だったのかも知れません」

《あぁ、生き残ってどんなお気持ちですか、記者がそう尋ね目の前で自死された事件が有ったね》


「はい、アレのせいで、カメラ持ちは何処でも石を投げられたそうです」

《それに加え、最近では椿姫事件が起きた。未だに報道と民間人、それと政治家の三つ巴が続いている》


「それは良いんですよ、三権分立、三竦みは調和を齎す為に不可欠な状態だそうですし。僕もそう思ってます、全員が全員仲良くする必要は無いんですよ、等分に目的が同じで有れば良い」


《その目的は、何だろうか》

「勿論、国の盤石性です。僕らは同じ親、同じ敷地の中で好きに生きさせて貰っているに過ぎない、1つでも共通認識が有れば、幾ら違っても構わない」


《国を壊さないなら、男色家だろうと構わない》

「女色家でも、人嫌いでも、異性装が好きでも構わない。誰かに害を成さないなら、好きに生きて良い、そして同時に嫌悪する権利も持っている」


《まさに、好きにしろ》

「法の範囲内でなら。ただ、その法整備が、ですよねぇ」


《指示はしていないけれど、示唆はした。そして》

「悪意の証明、凄く心配です、椿姫のご姉妹が法廷で証言されるそうですから」


《仕事を暫く休むんだろう、なら見に行ったらどうだい?》


「人気の有る裁判は抽選なんですよ?そこで運を使うなら、僕は別の事に使いたいです」

《新聞部に頼むのは無理なのかい?》


「ですねぇ、余計に無理ですよ」

《そうか、良い気晴らしになると思ったんだけれどね》


「ありがとうございます、すみません、仕事中毒で」

《いや、僕もそうと言えばそうだし。いきなり離れろと言われたら、難しいのは良く分かるよ》


「ですけど本って、僕の人生なんですよねぇ」

《だからこそ、相談してみたらどうだい、先生方に》


「良いんですかね、私的な事ですし」

《血の通った人間なら、寧ろ喜びそうな事だけれど、先生方の仕事の進み具合次第か》


「取り敢えず、鈴木さんに相談してみます」

《そうだね、邪魔したね、原稿はコレで大丈夫だよ》


「いえいえ、ではまたー、何か有ったらお電話しますねー」 

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