第1話 生霊と記者。

《どうして君は、そうしたモノに当たるんだろうかね》


 僕が神宮寺さんにこうして呆れられてしまったのは。

 臨時出社し、投書を開封し、憑かれてしまったからだ。


 幸いにも神宮寺さんが居てくれた為、僕は無傷で済んだのですが。


「すみません」

《憑かれ易くなっていると注意した筈だよね》


「はい」


《どうして、こんな怪しい封筒を開けてしまったんだい》


 いつもなら封筒は居る人数分だけで分配し、開封。


 僕が開けてしまった大型の封筒も込みで、分配される。

 けれど僕の調子が悪い為、僕は暫く開封厳禁、とされていたんですが。


 どうしてか、その封筒が僕の机の上に有り、速達と書かれていた為にうっかり開けてしまい。


 容易く影響されてしまった僕は。

 ハサミを持ち、まるで女性の様な甲高い叫び声をあげながら、鈴木さんを襲っていたらしく。


「つい、速達と書かれた封筒が置いてあって、開けてしまったんです」


《おい》


 神宮寺さんは今まで聞いた事も無い低い声を出すと、Kさんに詰め寄り。


《ひっ、な、何ですか》


《白状しないんだな。分かった、お前がそう選んだんだ、逆恨みはするなよ》


 僕らは何の事だかサッパリで。


「神宮寺さん」

《林檎君、念の為に神社に行きましょう》


「あ、はい」


 コチラに振り向いた時には既に、いつもの神宮寺さんで。

 僕は訳が分からないまま、神宮寺さんに手を引かれ、神社へ。




『あのねぇ君、察するに君が置いたんだろうが、コレは1つ間違えば。いや、止めておこう、このまま会長に報告させて貰うよ』

《私が行ってくる、流石にコレが逃げ出したら抑えられないし》


『いや、逃げ出したら神宮寺さんが何をするか分からないんだ、流石にそこまで馬鹿では無い筈。分かっているよね、君が信じようが信じまいが、彼は本物だ』

《まぁ、ココまで言ってもダメなら、寧ろその方が良いのかも知れないし。うん、任せた、頼みます》


 林檎君を誰よりも可愛がっているのは、会長、だけでは無い。


『あ、社長』

「おう鈴木君、そんなに急いでどうしたんだね」


『アレが、ウチのKがとうとうやらかしました、社内で』


「まさか、林檎君に何か」

『はい、大型の封筒を置き、林檎君が開けてしまって影響を受け。今、原案作家先生に神社へ連れ出して貰っています』


「あぁ、はぁ、どうしてくれようか」

『先ずは会長に、と』


「あぁ、そうだな、私も同行しよう」

『はい』


 この会社は家族経営では無い、社長と会長に僅かな血縁関係は有るが、それは偶々社長に社長の能力が備わっていたからに過ぎない。

 そう僕らは聞かされているし、見聞きする限りでも社長は有能だ。


 けれども、やっかみは何処からでも湧く。

 結局は、家族経営じゃないのか、と。


 だとしても、彼以上の社長は居ない。

 あの会長に、次期会長だと、既に定められているのだから。


「会長、緊急事態です、失礼させて頂きます」


 幸いにも、今の会長は空き時間だった。


『林檎君とKについてのご報告です』


 そして直ぐに決まった処分は。

 保留、だった。


「どうしてですか」

『また騒動を起こされたら』


 会長が手を上げ、そこで語った事は確かに道理が通っている様には思えた。

 けれども、人はどうしても、天罰覿面を望んでしまう。


「分かりました」

『社長』


「長い目で見て、だ。我々が林檎君を守れば良い、その為の案も補佐も、既に有るのですよね会長」


 そして会長が頷くと、林檎君が提出していた有給休暇申請書を差し出し。


『では、この間に、ですね』


 会長が深く頷き、申請書を引き出しへと仕舞った。


「ではコチラでも案を練らせて頂きます、Kに対しての案を」


 会長が再び頷くと、窓辺へ。


 もし会長が窓辺へ行かれたら、僕らは退出しなくてはならない。

 それが例え社長が相手でも、何処の大富豪だったとしても、もう会長は決して何も仰らなくなるのだから。


『僕らに、会長が納得する案を出せるのでしょうか』

「それこそ社を挙げて案を練れば出るだろう、出るさ、会長がそう判断したのだから」


 そうして僕らは、社を挙げ一丸となり、Kの対処法を本格的に練る事に。




「すみません」


 いつもは食べ物さえ食べさせれば、しゃっきりする林檎君が。

 今日は非常に女々しい。


《まだ、生霊の影響を受けているね》

「えっ、あぁ、そうなんですかね」


《アレには女達の怨念や生霊が詰まっていてね、君はその影響を受けたんだよ》


「あぁ、そう言えば確かに、女性物の様な封筒が多かったかも」

《中身が気になるだろうけれど、一旦は、アレの事は忘れてくれないかな》


 非常に難しい事だろうとは思う。

 読まずとも、アレの中身が僅かに伝わったからこそ、彼は憑かれ暴れたのだから。


「凄く、難しいですね」


《逢引茶屋で女でも引っ掛けて》

「何だか、そう軽薄な神宮寺さんが憎たらしいです」


《だろうね、そうして逆恨みしている女達の封筒、だったのだから》


「読まなくても分かるんですか?」

《アレだけ強いと、少し触れただけで分かるんだよ》


「あぁ、見えなくても、分かるんですね」


 何なら見えていたし、聞こえもしていた。

 ただ、あんまりに下らない逆恨みだからこそ、林檎君には是非にも関わらないで欲しい。


《確かに、少しは不条理や理不尽に巻き込まれたかも知れないけれど、殆どは自業自得。自分だけが悪いワケじゃない、そう思い込みたいからこそ、自分の考えが正しいと思い込みたくて逆恨みをする。君が、そう言ってただろう?》


「はぁ、ダメですね、すみません」

《いえ、元は僕がもう少し強く言えば良かった事ですし、1度社に戻り相談してみましょう》


「はい」


 そして社に戻ると、Kの処分が決まるまで、林檎君は変わらず休職処分のまま。


《辞めさせる事だけが得策だとは言いませんが、今後も魔が差す筈ですし》

『うん、分かっているけれど、会長は案が出る迄は保留にする。と言っているんだ』


《ですけど鈴木さん》

「僕なら神宮寺さんが居るので大丈夫ですし、無闇に野に放つ方が怖いので。お願いします、神宮寺さん」

『うん、僕からも頼みます、神宮寺さん』


 憂鬱な問題の後でも、林檎君に構われると、どうでも良くなる。


 そうして何だかんだ世話になっているからこそ、こうして構い構われ、縁が繋がり続けている。

 けれど。


《僕と居る事で、逆に影響を受け易くなるかも知れない、それが長引けば影響され続ける事になる》


「だから、最近は構ってくれなかったんですね」


 そう寂しそうに言われても困る。

 コレは林檎君の為でも有るのだから。


『あの、神宮寺さん』

《あ、はい》


『コレは、僕らには』

《触れると影響される可能性が有ります、影響された者を見てしまいましたから》

「すみません」


『いや、ココは逆手に取ろう、その女々しさを僕にも学ばせて下さい』


 どうやら、変わり者は林檎君だけでは無いらしい。

 彼は既婚者、いや、既婚者だからこそ知りたいのだろうか。


《分かりました、中身の確認も必要でしょうし、僕が分別します。その中身を読めばそれなりに影響される筈ですから、覚悟して下さいね》

『はい、ありがとうございます』


 そうして選び出した封筒の中身は、やはり逆恨みの文言が書き連ねられており。

 全く何がしたいのか。


 いや、自分と同じ様に苦しめ、そうした怨念も込められていた。


 怨むなら、自分を苦しめた者、その根源へ仕返すべきだ。

 編集でも作家でも無い、最初に自分を傷付けた者へ、怨みを晴らすべきだ。


《ぉお、鈴木さんも影響されてるぅ》

『ぅう、ずみまぜん』

《コチラは少し預からせて下さい、この通り、少し影響力が強過ぎますから》


《ですね、何だか私も影響されそうですし。はい、宜しくお願いします》


 女性の勘は、基本的には鋭い。

 特にこうした物事に敏感だからこそ、巫女は女性の中から選ばれる事が多い。


 そして戦に出るのは男。

 要は向き不向きだ。


 俺とて、男の梓巫女なのだから。

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