第14章 殺生石と神宮寺。

屍肉喰らいと古道具屋。

 俺が殺生石の数珠を得た経緯については、1つ別の話をする必要が有る。

 何故、どうして何の変哲もない古道具屋に、そんな物が有ったのか。


『あぁ、俺は触れないなぁコレは』


 稀に曰く憑きのモノが持ち込まれる場合も有る。

 だからこそ良く勘が働くらしく、店主は風呂敷に包まれてている実物を見る前に、相当の寒気がしたらしい。


 今回は特に禍々しく、手を近付けるのも恐ろしかったそうだ。


 そして、持ち込んだ者も。

 悪意は無いにせよ、酷く禍々しい気配を放っていたらしく。


「二束三文で構いません、コレが選ぶ事ですから」


 こうして曰く憑きを頼まれると、断れないらしい。

 断っても逆恨みされるか、果ては余計な品物まで任される場合も有るらしく。


『分かった、ただ俺は触らんぞ、中身を見せてくれ』


「はい」


 そうして売主が風呂敷を開くと、どう見ても岩で出来た数珠が姿を現した。

 ただ出来は良い、良いが、酷く禍々しい。


『俺が聞くべき事は、何だろうか』

「気を付けろ、触れそうになった客に一言だけお願い致します」


『分かった、良い塩梅の所に適当に置いておいてくれ』

「はい」


 そうして店主が念の為にと、証文と金を用意していると。

 売主は品物を棚に置き、音も無しに出てしまったらしく、顔を上げると消えていた。


 タダでの受け渡しは困る。

 店主は急いで追い掛け、売主に証文と金を渡した。


『勘弁してくれ、タダが1番怖いんだ』

「義理堅い方ですね、ですが私も受け取れません。どうでしょう、コレで少し茶でもしませんか」


 関わりは要らないが、少しは来歴が必要だ。

 警官にコレは何だと尋ねられ、曰く憑きだ、その一言で終われば良いが。


 物分かりが悪い者や、万が一にも盗品なら、コチラがこってり絞られる事になる。


『少しは来歴を聞かせて貰えんと困る、それを聞かせてくれ』

「分かりました」




 昔々、私は罪を犯しました。

 大きな罪を犯したにも関わらず、私は1年の刑期で出所させられ、途方に暮れて居りました。


 そこへ、何の用が有ったのか霊能者の方と出会い、外で償ってみてはどうかと言われ。

 私は曰く付きの場所を転々とする事にしたのです。


 死刑相当だろう罪。

 だからこそ、私は死ぬ為、方々を巡りました。


 その中の1つで、あの石に出会いました。


 嘗ては九尾の狐の呪いの欠片だとされ、人を遠ざけながらも祀られていた石。

 その石が割れ、役目を終えたのだと処分されようとしている場に呼び寄せられたのか、私は遭遇する事になったのです。


《あぁ、梓巫女様ですか》

「えっ、いえ、私はただの旅人でして」

『まぁまぁ、どちらでも構いません、今日は目出度い日ですし。どうぞ泊まっていって下さい』


 殺生石とされる岩が割れ、呪いが無事に消えたのだ、と。

 ですが方々を回っていたお陰か、その岩の力なのか、とても禍々しい気配を感じたのです。


「アレは、まだ、そのままかと」


 私は初めてそうした気配を感じ、目にしたのですが。

 村長達は、やはり私は梓巫女だ、と。


《どうか治めて頂けませんでしょうか》

『どうか、お願い致します』


 荒縄が朽ちていても、誰も近付こうとはしない。

 呪いや死を避ける為、当たり前に村の者は誰も触れようとすらしない。


 彼らは、人身御供を求めているに過ぎない。

 なら、私が。


「分かりました、コレも何かの縁ですし、暫くお世話になります」


 こうして方々を回る際、件の霊能者の方に様々な事を教えて頂いており、先ずはその方に文を出し。


 元から肉を断っていたので、直ぐにも身を清め、先ずは荒縄を編む所から始め。

 出来上がった次の日には、その岩へと括り、お祀り差し上げると。


 僅かですが禍々しさが落ち着いたのですが。


《巫女様、もう荒縄が》

「えっ」


 1日も持たず朽ち、荒縄は再び千切れ落ちており。

 私はまた荒縄を編み、翌日に奉納する事に。


 コレでもダメなら、どうすべきなのだろうか。


 そう考え眠ったせいか。

 私は夢を見ました。


 『欠けている、岩が足りない』


 お師匠様の様な声とお姿でしたが、非常に禍々しい気配をお持ちで。

 アレは殺生石、九尾の狐の思念では無いかと。


 であればこそ、欠けているのは本当の事だろう。


 ただ、誰が持ち出したのか。

 何の為に持ち出したのかは分からぬまま、私は先ず気配を探す為、村中を歩き回る事にしたのです。




「どうして、この様な事を」


 石は石匠の手により、何と数珠に変えられておりました。


《分からないんです、ただ、こうすべきだと。それだけしか考えられず、こう、してしまいました》


 私は直ぐに、九尾の狐に使われたのだと察しましたが。

 それも、何故、どうしてなのか。


 私にその数珠は扱えない。

 そう直感しているからこそ、何故なのか、と。


 そうして、その数珠を枕元に置き。

 夢でワケを聞けないものかと、そう試してみる事にし。


 その晩も、お師匠様の姿を模した九尾の狐が、夢枕に立ったのです。


 『悔い改めるだけでは償いきれない、アナタもそうなのでしょう』


 彼女は、私を良く知っている。

 そして私も彼女を知った。


 私は彼女の意思を理解し、コレを適切な場所に置く事にしました。


 いつか上手に扱える者に出会える、そうした場所に置く為、夢現のままに身を任せ。

 そうしたモノを手に入れては、適切な場所に据える。


 コレが、その最後なのです。




『アンタが詐欺師で無いなら、良く出来た由来だな』

「アナタは私をご存知でしょう、ですが私に義理を立てようとして下さった。アレはそうした者を守り害はなさない、ご心配なさらないで下さい、直ぐに手放す事になるでしょう」


 そうして翌日には、俺が手に入れる事となり。

 その来歴を聞く事に。


《それで、その売主は、そんなに有名な方なんですか?》


『少し前に、屍肉喰らいと呼ばれた女だよ』

《屍肉喰らい》


『あぁ、知らないか、そうか』


 どうしたワケか、難破した大型の漁船に女が乗っていた。

 その女と船員が漂着したのは、無人島。


 食料は直ぐに尽き、餓死者が出た。

 そして男は女の為にアザラシが取れたと偽り、食わせた。


 アザラシを食べた事も無い女は素直に信じ、そうして暫く飢えを凌いだ。

 けれども肉が尽き始め、男は女にだけ食べさせ、とうとう餓死寸前となった。


 そして男は、自分の肉を食べろと言い残し、息途絶えた。


 女は何日も泣き暮らしたが。

 飢えには勝てなかった。


 そして男の肉を口にすると、嘗てアザラシだと思っていた肉は。

 人肉だった、と。


 もう、食べてしまっていた。


 女は諦め男を食べ続け。

 流氷が接岸したのを機に、その孤島を脱出し、交番へと出頭した。


 そして女は、アザラシを食べ生き残った、と。


 件の現場には、林檎箱の中に人骨が複数収められていた。

 それでも暫くはアザラシを食べていた、と。


 けれども、急に彼女は証言を覆し、人を食べ生き残ったのだと懺悔を始めた。


《どうして、急に》

『噂では、子が生まれたからだと言われている、その子を産むまでは死ねない。けれども産み終えたなら、死をもってして償う、と』


 けれども、状況が状況だ。

 ましてや腹に子が居たともなれば、その1年で十分だろう。


 そうして女は獄中で経緯を説明し、出所後は行方をくらました。


《その、子供は》

『その女にも、誰にも分からない様に、養子に出されたんだろう。それらの事は語られず、子供の事は新聞にすら載らなかったらしいしな』


《どうして、船に乗っていたんでしょうか》


贖者あがもの持衰じすいさんだったのかも知れないな』

《あがもの、持衰さんは確か男だけでは》


『贖者、要は供物、若しくは人柱。そうして船が沈まない為だったのか、そうした仕事の者だったのかも知れないが。知ってもな、もう、どうしようも無いからな』

《ですけど、もし産まれた子供が知ってしまったら》


『どっちにしても、子供の人生だ、知った所でどうにもならんだろう。お前も、親を逆恨みするんじゃないぞ、恨んでもさして特にならん。そんな時間が有るなら本でも読め、自分の人生を歩け。探っても、運が良くても真相が一辺知れる程度だ、誰にも本当の事なんて分からんくても良いんだよ』


 そんな奇妙な事を話されても、俺は酷く眩しく温かく感じていた。

 そして俺はそのまま数珠を買い、今の今まで持ち続けている。




「あぁ、成程、供物に手を出してしまったから事故に遭った」

《かも知れないね、出生日さえ分からないけれど、彼女が供述を覆した日から逆算すると。十月十日前は、まだ船に乗っている筈、だからね》


 持衰は既に単なるゲン担ぎ、眉唾物とされているけれど。

 時には厄を払う為、持衰は海に身を投げるとも。


 既に手を出されてしまったからか、若しくは誰かが身を投げさせなかったか、単なる事故か。


「物語なら、その古道具屋の店主か、神宮寺さんが子供って事になりそうですけど」

《僕は良く親に似ているし、その古道具屋の店主が子供だったのかも知れない、かな》


「その方は」

《もう亡くなっているし、お子さんも居ない。どうしてか顔もうろ覚えでね、件の女性の絵姿を図書館で見たけど、似ていたかどうかは分からないんだ》


「少し、会長と相談してみますね」

《あぁ、色々と事情が有るだろうしね、そうしてくれると助かるよ》


 そうして、そのまま出版となり、映画化までされました。

 題名は、ヒカリゴケ。


 またしても問題作だと取り沙汰されましたが、また、あの出版社かと。


 事実か虚構か。

 何処までが事実で、何処が虚構か。


 そうした話題へと移ろい、投書も更に増え。


「会長、また来ました、精査をお願い致します」


 獄中からも手紙が増え、僕らの方でも。

 事実なのか虚構なのか。


 そうした曖昧さの中、曖昧な物語を出し続けています。

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