第3話 13の怪談。

 目を覚ますと、昨夜の曇天とは打って変わり、再び晴天の青空が目に眩しかった。

 そして見慣れぬ場所に少し驚き、昨夜何が有ったのかを思い出し。


『あぁ、起きたかい』


《あっ》

『大丈夫だよ、もう片は付いた』


《あ、うぅん》

『大きくなったら教えてやるよ、さ、握り飯だ。それを食ったら、帰ろう』


《はい》


 そうして館を去る時、奥様は出迎えには来なかった。

 そして俺が尋ねようとした部屋の主も、帰りの車には居らず。


『あぁ、アレは少し残ったんだよ、どうやら奥様の知り合いだったそうだからね』

《へー》


 そうして家に帰ってから、ほんの少しだけ教えて貰ったのは。

 家に帰って少し経ったある日の、朝刊を拾い上げた時だった。


『あぁ、ソレだよ』


 洋館に落雷による火災、全焼、謎の遺体を発見。


 既に奥様は殺していた後だったらしく、素直に自首し刑務所へ、そして件の部屋の主も共犯だった。

 浮気されたから浮気し返し、家を乗っ取ろうとしたらしい。




「えっ、それ知ってますよ、子供の頃の新聞で」

《後に謎の遺体は行方不明の有名霊能者だった、ですよね》


「えー、凄い、もっと詳しく聞きたいんですけど」

《実はね、コレ、公にするなって注意されたんだよね》


「えっ」

《うん、話している途中で思い出したんだ、すまない》


「もー」

《そこで、更に思い出したんだけど、十三仏や十三塚が有るだろう》


「はい」


《それを踏まえて、死に産を掛けるとどうなると思う?》


「死、し、シ。あ、シサン十二、ですけど」

《船の中や山小屋では、13人だと態々藁人形を作って14とするんだよ、十三仏にならない様にって》


「それで」


《死と生、天国と地獄が隣り合わせだと危ないから、真ん中に1本線を引いた》

「足して十三、つまり現世がある意味で十三番目だって事ですか?」


《地獄が分かれている様に、極楽浄土も細かく分かれているかも知れない、けれどどうしても真ん中が必要となって》

「確かに等分に分けたにしても、そうかも知れませんけど」


《天使と悪魔、その善と悪が混ざり合ったのが人間かも知れない、って。件の、その事件で知り合った聖職者がね、そう教えてくれたんだ》

「でも、13は不吉な数字なのでは?」


《少なくとも、彼はそう思ってはいないらしい》


「何か、煙に巻こうとしてません?」

《お詫びだよお詫び、ちゃんと語るよ》


「何か思い出したんですね?」

《十三仏でね》


 そうして神宮寺さんが語ってくれたのは、しっかりとした怪談でしたので。

 後日、掲載させて頂く事にしたのですが。


「それは恩師の方のですし、念の為に」

《あぁ、大丈夫ですよ、最初の頃に確認してますから》


「そうなんですね、ですけど」

《念の為に、ですね、手帳を良いですか?》


「はい、どうぞ」

《粘り強く掛けてみて下さい、まだ現役ですから》


「ありがとうございます。それで、どう、したんですかね」


《あぁ、洋館での出来事ですね。電話で直接聞いてみては?》


「意地悪ですね?」

《それこそ僕が経験した事では無いですし》


「ですけどぉ、凄く気になるじゃないですかぁ」


《こう、予想は、どうなんですか?》


「差し当たっては、イタコさんやユタさんが死者の声を聞いて、動いたとか」

《ですね、事件の事は物に釣られてすっかり忘れていたんですけど、要は死体と殺人鬼が居るので黙っていたそうです》


「そうした事は怖くは無いんですね?」


《人の方が何処か道理が通ってるじゃないですか、嫉妬だとか育ちだとか、そうした理由が有る。ですけど霊や怪異は、何処か理不尽で理解が及ばない、大概は狂ってしまって凶行に及ぶと言う道理は有るんですけど。僕らとは本当に全く違うモノも居る、道理も理屈も何も無い、目に留まったから憑いて殺すだけのモノも居る》


「僕と同じですね、理不尽で不条理なだけ、が嫌い」

《あぁ、ですね》


 そして沈黙の後、隣から嬌声が。


(出ましょうか)

《ですね》




 まだ、逢引茶屋の方がマシだったかも知れない。

 男同士誂いで入るにしても、陰間茶屋から男だけで出るのは、酷く気まずい。


 俺はどんな顔をすれば良いのかと、暫し地面と相談しながら林檎君の後を歩いていると。


「あ、お嬢様」

「あら林檎さん、陰間茶屋へ?」


「はい、確かに美味しかったです、お食事」

「でしょう、甘味が特に、なのに父は。あ、どうも、大戸川の娘です」

《あ、どうも、神宮寺と申します》


「お世話になっております」

《いえいえ、コチラこそ》

「お嬢様、ソチラの方は?」


「愛人候補なの、綺麗な顔でしょう?ふふふ」

「ご関係を隠すにしても、もう少し穏便な方便は無いんですかね?」


「あら、誰の、だなんて言って無いでしょう?」

「余計不穏ですよ」


「気になさらないで、じゃあまたね林檎さん」

「はい、また」


 人は見かけによらない。

 純でウブそうなお嬢さんが、愛人だの陰間茶屋だの。


 対して傍に居た男の方は、色男だと言うのに、酷く困惑して。


《あの、今の方は》

「あ、本物の大戸川先生のお嬢さんですよ。多分、ご婚約なさったとお伺いしているので、その方かと」


《あぁ、だとしても、どうしてあんな事を》


「神宮寺さんだから言いますけど、幾度か破棄になっているんですよ、事情は其々違いますけど。通俗小説家の娘さんともなると、色々と有るかと、本の中身が中身ですから」


《あの、読んだ事が》

「えっ、どうしてですか?」


《中古で流れて来る事は殆ど無いですし、有っても高い、貸本屋に至っては常に誰かに借りられてますし》

「ウチにも社にも有りますし、お貸ししますよ?」


《あ、なら林檎君の寮を見てみたいですね、もしかすれば居るかも知れませんし》

「ですけど怖くなければ見えないのでは?」


《本が有るんですよね?》

「あ、はい、怖いのも有りますよ」


 けれど、陰間茶屋から部屋に行くのは、どうなんだろうか。


《寮、なんですよね》

「ですね、待合室で待ってて頂ければ直ぐに持って来ますよ」


《あぁ、有るんですね、そうした場所が》

「はい、もしかして寮は初めてですか?」


《ですね、実家か恩師の家か、それこそ良く有る長屋住まいですから》

「成程、慣れると便利ですけどね、鍵の閉め忘れも気にしないで済みますし」


《不用心ですね》

「寮母さんがご夫婦で住んでらっしゃるので、つい、と言うか田舎で鍵なんか掛けませんし」


《まぁ、恩師の家でも鍵を掛けてたら遠出の合図でしたしね》

「ほら」


《ほらじゃないですよ、ずっと寮に住む気ですか?そんなんじゃ恋人なんて出来無いですよ?》


「そう結婚したい人って、現れるモノですかねぇ」




 先輩の鈴木さん曰く、仕事より楽しいと思える相手にいつか出会える、だそうですけど。


《君の様な子が居てくれれば、助かるんですけどね》

「本好きなら幾らでもご紹介出来ますよ?」


《いや、僕の性質ですよ》

「あー、真面目にお付き合い頂けるなら、ご紹介しますけど」


 以前の方は勝気でらっしゃいましたし、馬が合わなかったのだとは思うんですけど。

 万が一にも、ですし。


《追々で》

「でしたら僕にも紹介して下さいね」


《君に合う方が居ればね》

「仕事の事を理解して下さるなら、特に拘りも無いんですが」


《顔の良し悪しだとかも、何も?》


「愛嬌は有って欲しいですね、それからだんまりも苦手ですけど、それ以外なら特には」

《それにしても、拘りが無さ過ぎるのもどうかと思うよ?》


「えー、ですけど仕事の事を理解して下さるって、相当の事ですからね?」

《でしょうけど、ご結婚した方も居るんですよね?》


「アレはズルなんですよ、故郷から追い掛けて来て下さったんだそうです」

《あぁ、それはズルい。林檎君には居ないんですか?》


「居ないですねぇ、僕の奥さんになる方は大変そうだって、そうした同情ばかりでしたし。コッチに遊びに来るには良いけれど、住むのは忙しなさそうだって」

《どっちもどっちだと思いますけどね》


「ですよねぇ。あ、コッチです」

《あぁ、はいはい》




 幸いにも、悪霊は居なかったが、生霊が少し。

 ただ害は無いんで、この事は黙っておく事に。


「居たら居たで面白そうだと思ったんですけど、居ないなら居ないで安心ですね」

《ですね、長居しました》


「いえいえ、銭湯に行きましょうよ銭湯、まだ怖いんじゃないですか?」


 誘いは有り難いんだが、いよいよ男色家に。

 いや、怖がりなら乗るべきか。


《ありがとうございます》


 友人と言うか、保護者と言うべきか。

 兎に角、彼は世話焼きが上手い。


「あー、良かった、神宮寺さんと来て」


《もしかして、君が怖かったんですか?》

「えへへへ」


 アレで怖いとなると、もっと怖いモノも有るんだが。

 まぁ、折を見て特に怖くなる様な時に聞かせてみるかな。

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