第3話 令息と子女達。

《そ、本当に、和田鍋家の若旦那さんだったんですね》


「少しは疑ったんだね」

《それはまぁ、はい、世には詐欺師も居りますから》


「それに色男も、僕は遊び人かも知れない」


 私、その噂を耳にしちまったんだよね。

 しかも、絵描きの父親を持つ娘さんと連れ立ってたとか、やたら美人さんと居たとか。


《それは少し、困りますね》

「どう困るのかな」


《もし正妻なら、こんなに夜伽が上手いのもあの女のお陰なのか、とか。出掛けても、あの女とココへ来たのか、とか。気になってしまって、きっと、辛そうだなと》


 近くに居るからね、捨てられたお妾さんの方だけど。


「もしかして知り合いに居るのかな」

《まぁ、知り合いと言うワケでも無いんですけど、近所で泣き暮らしてる方が居るので》


 偶に母さんが話を聞きに行って、ついでに良い茶菓子を食べて帰って来るんだけど。

 まぁ、妾は最終手段よね、本当。


「もし君が選ばなきゃならなくなったら、正妻か妾、どっちにする」


《正妻だ、と言いたいんですけど、学が無いので。高等部は卒業していないんです、母と2人で暮らしているので、それに。1科目だけが好きで、他は全くダメだったので、見合うかと問われると困りますので》


 それでも、最悪はそこそこの相手を見繕ってくれたらな、と。

 当然、本当の婚約者だって居るんだろう、そもそもコレは練習でフリなのだし。


「実は、俺には親が決めた婚約者が居る」


 俺、って言いましたか。


《あぁ、ですよね》

「俺は割と本気で君と結婚したい」


 コレは、試されてるんでしょうかねぇ。


《あー、あの、身の程を弁えるだけの》

「本気だ」


《いやー、私、そう大棚に》

「多少は調べさせて貰った、数学が得意だったろ」


 おや、口調が。


《得意と言うか、好きは好きですけど》

「もっと数学だけを学ばせるなら、どうする」


《だけ、なら、でも稼がないと》

「去年のウチの帳簿、早く出来れば出来る程、金をやる。どうだ、やってみないか」


《ソロバン、有ります?》


「コレと、紙と鉛筆だ、帳簿に薄く書き込んでも良い」

《じゃあ、お言葉に甘えて》




 お言葉に甘えて。


 まさか、そんな言葉が彼女から出るとは思わなかった。

 しかも本当に嬉しそうに金勘定しやがって、腕を捲ってパチパチと。


 可愛いな、何とか正妻にしたいんだが。

 説得材料が計算、だけじゃな。


 いや、早いな。

 コレで間違いが無いなら良いんだが。


「早いな」

《慣れですよ慣れ》


 お、コイツも猫被りが解けてきたな。

 可愛いヤツだな、商売は猫被ってナンボのもんだと番頭夫婦が言っていたんだ、やはりコレしか無いだろう。


「好きだ」


《っく、邪魔しないで下さい》


 ちょっと耳元で囁いただけでコレだ。

 しまったな、この前は無理をさせた。


 何処で止めるかで貞操観念を確認したかったんだが、もう、コレで良いだろ。


 また邪魔したいが、まだ良い返事が貰えて無いんだ。

 それに調子に乗って食ってしまいそうだし、今日は大人しくするかな。




「で、どうだった兄さんの方は」


「食いたくなった」

「いや食うなって」


「まだ食って無い。ウチのウリは金勘定だ、しかも早くて正確、何より計算好きときてる」


「え、もうじゃあ紹介して破棄して貰いなよ」


「頭が回るんで保留にされてる、コレだけじゃ足りないだろうって」

「あー、しっかりしてる」


「そっちはどうなんだよ」


「ダメだった、止めなかったからね」

「許そうとしたのか、体を」


「はぁ、貞淑さは大前提なのにね」

「まさかな、婚前交渉を許そうとするのはダメだろう」


「僕だから、とは言ってたけど。僕の事を殆ど何も知らないのに、体を許そうとするのはね、ちょっと、無理だよね」


「すまんな、先に当たりを引いて」

「まだじゃないか、ちゃんとした返事を貰えるまでは、まだまだ分かんないよ」


「だな、ちょっと不安になってきた」


「何で」


「思いのほか、良い女で」

「はいはい、それならコッチの事を話す。途中で止めて、すまない、君が魅力的で暴走したんだ。けれど自分を大切にして欲しい、すまない、無かった事にして欲しい。って言ったのにさぁ」


「せめて思い出だけでも構いません、ってか」

「そんな、もし逆なら、記念に抱かれたがる男を相手にしたいのかね」


「どうせ私は誰にも愛されないのだし」

「じゃあ愛されるなら誰でも良いんだ」


「違う、アナタだから」

「身分を捨てて君と一緒になっても良いけど、育てて貰った分の恩は金で返す事になっているんだ、一緒に返済してくれる?多分子は望めない程だよ?」


「それでも一緒になりたいの」

「兄にだけ責務を押し付けられないよ、ごめんね、さようなら」


「全く、貞操を守るのは最低限だと思うんだがな」

「はぁ、問答だけで終わってくれたら、良かったんだけどね」


「つきまとい、か」

「手紙をくれるからしっかり返事してるんだけど、全く折れてくれないんだよね」


「俺達を見分けさせるか」

「あぁ、けどなぁ、そうなると婚約者にも試す事になるんだよね」


「俺のはアレだけど、お前のはさして問題無いだろ」

「まぁ、兄さんのアレは流石にどうかと思うけど。何かさ、こう、惹かれない」


「もう、ウリを言って貰えばどうだ。お前が気付かないだけで、良い武器を持っているかも知れない」


「例えば?」


「乳」

「バカ、中身だよ中身」


「猫被りしてるだけなら、剥がしてみれば良い、寧ろ剥がれた状態で話し合ってみれば良いだろ」


「そこにもグッときたんだ」

「おう」


 まぁ、何となく上辺の付き合いしかしてこなかったし。

 コレはコレでアリなのかも知れない。




「もし猫被りしてたなら、剥いだ状態で話し合ってみたいな」


 女漁りをしているらしい婚約者が、急に会いたいと言って来て。

 何かと思えば、本性が知りたい、と。


『それはコチラも同じなんですが』

「お、良いね」


『何で女漁りなんかしてるんですか』


「親が決めた事に従うだけで本当に良いのか、自分でも選ぶべきじゃないか、それと興味と知り合いの為」


『お知り合いの為、と言うのは』

「かなり相手の事に関わるから言えないんだけど、そこが切っ掛けでも有ったし、君の良い所が僕にはあまり見抜けなかった」


『まぁ、当たり障りの無い会話ばかりでしたから、仕方が無いかと』

「それに、出来るなら好かれたいしね、君が僕をあまり好んでなさそうだって言うのも有る」


『それは、お互い様かと』

「まぁ、そうだね」


 破棄しようと思えば破棄出来る、それこそ親が決めた許嫁、と言うだけ。

 お互いに近寄ろう、知ろうとはしなかった。


『男性は妾を持てますけど、女が持つ事は殆ど無い、ですから私は最後には選ばれないかも知れないと思っていました。アナタはどうでしたか?』


「ごめん、選ばれなくてもどっちでも良いと思ってた」

『一応、私が拒否する事は考えてくれていたんですね』


「そうだね、縁結びしないと家が立て直せないなら、だとしたら寧ろ断っていたね。それ程の状況になるって事は、またそうなるかも知れない、つまりはどうせ潰れるだろう。なら今潰れてしまえよ、子にまで背負わせるな、ってね」

『それはそう思います、アチコチからお金を借りた方がまだ良い、借金でもお金の繋がりは繋がりですから』


「そう恩を敢えて売る方法について、どう思う」

『相手によりますね、バカに売ると損になる事も有りますから』


「ごめんね、今までちゃんと話し合わなくて、意外にも君は良い女らしい」


『いえ、私も、そうでしたから』

「僕とヤれる?」


『や、ヤれるってそんな』

「僕にも君にも選ぶ権利が有る。あ、出来るかも、と思ったから聞いてみたんだよ。したくないなと思ったら破棄すべきだ、友人として繋がりを継続させる事だって出来るのだからね」


『他の、女性と』

「した事無いよ」


『本当ですか?』

「男には処女膜みたいなのが無いから証明が難しいけど、どうしたら童貞だって信じてくれるかな?」


『噂では、こう、裏筋が』

「アレは嘘だよ」


『あ、そうなんですね』

「上手い下手も、下手なフリすれば良いだけだろうし、どうしようか。君が逆ならどうする、咥えるのが上手で、君は処女でも男を知ってるんだなー!って疑われたらどうする?」


『それは、凄く困りますね』

「だよね」


 こんなに話したの、初めてだわ。


『「あの」』


「あ、ごめん、どうぞ」


『もう少し、自分なりに調べて』

「ダメ、僕が教えるか一緒に調べたいんだけど」


『あ、え?何故ですか?』

「君に興味が湧いたから」


 私も、と言うのは、少し腹立たしい気がしたので黙っておく事にしました。

 私は、アナタとは違って、どちらかといえば言えば好ましいと思っていたんですから。

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